さとりの歩み

花里 悠太

第1話 さとりの力

とある国立大学のキャンパス。

その一角にある休憩スペースでポーカーをしている学生がいる。


「ほい、ワンペア。俺の勝ちだね」

「あー、またやられた!なんでワンペアでそんなに突っ張ってこれるんだよ」

「なんとなく?ブラフな気がしただけだよ」

「くそ、今日も勝てなかったか」

「じゃあ、代返とノートよろしくな」

「わかったよ。ったく……」

「毎度ー」


勝った学生は手をひらひら振って、負けた学生を見送った。

彼の名前は神野 聡。

この大学の2年生で、サークルにも部活にも属さず、卒業するための単位を確保するために最低限度の講義に参加し、バイトに勤しむ学生である。

先程までポーカーで対決していたのは、同じ講義に参加している同級生。

どちらが授業をサボるかを争っていた。


「毎回毎回、勝てないのにご苦労なこったなあ」


一人つぶやく。この勝負を挑み出したのは相手の方である。

しかし、ポーカー対決を始めてから聡は一回も負けていない。


「せっかく時間が空いたんだけど何をしようかねえ」


急に講義をサボれることになった聡だが、何をするかを決めてなかった。


聡は大学を学びの場としては捉えていない。この大学で学べることに興味も持てていない。

大学を出ると言うことが今後の人生で有利に働くという情報を信じて受験し、良い大学に入れたので大学生活を送っているだけだ。

そのため、ほとんどの授業にまともに出ていない。

最短距離、最小限の努力で卒業することを目標にしている。


聡がゲームでもしてようかとスマホを取り出した時、隣のテーブルに座っていた女性から声をかけられた。


「神野君、ポーカー強いんだね、なんかコツとかあるの?」


記憶が定かではないが、同じ講義を取っている女性だ。

聡には、ポーカーを吹っかけてきた同級生と仲が良かったような気がする、といった程度の印象しかない。


「あんなもん、コツとかでもないよ」

「えー、でもすごく強かったじゃない。何か裏技的なやつがあるんじゃないの?」(どうせイカサマでもしてんでしょ)


聡は話しながら、表面上にこやかに話しかけた女の子の思考を“読む“。

彼女の頭の中は、聡に対する疑念と苛立ちでいっぱいだった。


げんなりした気持ちになりながら聡は彼女に答える。


「ごめん、教えられるようなコツは本当にないんだ。」

「またまたー、何かなかったらあんなに連勝できないでしょう」(私の彼氏を馬鹿にしておいて、許せないんだから)


色恋沙汰が絡んでいることに気づき、げんなりが加速する聡。

色々とめんどくさくなってきたので冗談混じりに本当のことを話す。


「じゃあ、話すけど、相手の考えを読むだけだよ」

「考えを読む?」(どう言うこと?)

「ポーカーなんて相手の考えが読めれば勝てるでしょ」

「そりゃそうね。でも、どうやって読むの?」(何言ってんだろ?)

「それが教えられないというか。なんとなく読めるだけなんだよ」

「メンタリストみたいなやつってこと?」(胡散臭いこと言い出したわね、こいつ)

「あー、あんな感じ。」

「じゃあ、私が何考えているのかとかわかる?」(試してみよ)


思考は読めるが、会話と思考読み取りの2面進行は結構きつい。

聡は聖徳太子の偉大さを噛み締めつつ、回答する。


「あー、ごめん。あいつと付き合ってるなんて知らなかったんだよ」

「え、なんで」(あれ、知られてないはずなのに)

「今後はあいつとポーカー勝負とかしないからさ。今日はこのくらいで勘弁して」

「え、本当に考えが読めるの?」(嘘でしょ、こわ)

「いや、もしかしたらそうなのかな、ってカマかけただけだよ」

「そっか」(ムカつく)

「じゃあな」


そそくさと荷物をまとめ、席を立つ聡。

まだ何か言おうとしている彼女を残して、聡は休憩スペースから出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る