第25話 超えるべき壁に守られて。

「ファントムってのは、WDROが持ってる影の戦力、平たく言えば暗殺部隊なんだよ」


 渚の家。

 例によって和室に座って、俺たちはバレアクスの話を聞く。


「どうして世界的なダンジョン調査機構が、暗殺部隊なんか持っているのかしら?」

「具体的な理由までは俺も知らんのよ。でもまあ、きれいごとだけでは政治も経済も成り立たないからな。ダンジョン調査もそうなんでしょ」

「それにしたって、俺が狙われる理由がまるで……」

「理由は簡単」


 バレアクスはびしっと俺を指差し、静かな口調で言った。


「お前の『泡』の能力。これをWDROは潰しに来たわけ。おそらくあいつらは、お前以上に『泡』の能力について詳しい。そして何らかの理由で、お前の能力を問題視してる」

「『泡』が原因……」

「そうだ。うちのリーダーも何か知ってるっぽかったけどな。だからこそ、お前を守ろうとしたんだろうし」


 渚も有栖も少し不安そうな表情を浮かべた。

 彼女たちの気持ちは俺にも分かる。

 これからたくさんのダンジョンを攻略していこうというなかで、まさかWDROが敵サイドにまわるとは思っていなかった。

 俺たちの様子を察したのか、バレアクスは得意気に胸を張って言った。


「安心しろ。お前らが大ダンジョンに挑めるようになるくらいまでは、俺たちがバックについてる。そこから先は、《新世界の宝物ザ・ニューワールド》を狙うライバル同士だけどな」

「『東方旅団』が後ろにいれば襲われないの?」

「今のところは。知識という要素が加われば話は別だけど、純粋な戦力ならWDROよりも五天の方が上なのよ」


 確かにバレアクスはダンジョンの中で、WDROは超極大ダンジョンを攻略“しない”のではなく“できない”のだと言っていた。


 人工ダンジョンしかり。

 ファントムしかり。

 五天とWDROの力関係しかり。


 どれだけ世界が見えていなかったかを、痛いほどに思い知らされる。

 今の俺たちは、まだ守ってもらっている側なのだ。


「取りあえず任務は果たしたかな。それじゃあ俺は帰るわ」

「もう?」

「忙しいんだよ」


 バレアクスはすっと立ち上がり、にやっと笑った。


「エジプトのダンジョンも、最終層まで攻略はしたけど全部を見て回れたわけじゃないのよ。見落としてるエリアもあるだろうし、まだ調査は続いてるわけ」

「そんな忙しいなかで、俺たちのためにありがとう」

「良いってことよ。リーダーの命令だし、俺もリーダーの息子ってのを見てみたかったからな」


 すたすた歩き始めるバレアクスを、俺たちは玄関先まで見送る。

 口笛を吹きながら去っていく大きな背中を、俺たちは見えなくなるまで黙って見つめていた。

 そして3人、そろって大きく息を吐く。


「悔しい」


 有栖が呟いた。

 渚も静かに頷いている。


 いつか超えると決めた目標に、超えなければいけない目標に、俺たちは守られた。

 知識が足りない。

 力が足りない。

 だからこそ、鍛えなくちゃいけない。

 俺は有栖の配信に感化されたあの日から、本気で『泡』の能力を鍛えてきた。

 でも実際にバレアクスの戦闘を見れば分かる。

 もっともっと死に物狂いで鍛えなくちゃいけない。

 ファントムくらい自分たちでぶっ飛ばせるようでなきゃ、とても『覇天の新星』にはなれない。


「目標が明確になったな」


 俺の言葉に、残る2人はそろって頷いた。

 はっきりと目標を目の当たりに出来たという意味では、この時点でバレアクスに出会えて良かったのかもしれない。


「待ってろよ、父さん」


 この日から、俺たちのより激しい鍛錬が始まった。

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