第24話 親から子へ、子から親へ。言葉が伝えられ、託される。

「んっ……」


 チクリという腕の痛みを感じながら、ゆっくりと目を覚ます。

 もうさんざん見慣れたダンジョンの天井。

 意識を失う前は限界状態だった体力が、不思議なことに回復している。


「起きたか」


 体を起こしたそこにいたのは、黒髪短髪で筋骨隆々とした男だった。

 俺の腕には、緑色の液体が入った注射針が刺さっている。

 渚と有栖も同じように注射針を刺され、壁に寄り掛かって座っていた。

 ヘル・ベアーは影も形もなく、近くにモンスターの気配もない。


「これは……」

「上級ポーションだ。体が軽くなっただろ」

「はい」

「改めて俺はバレアクス。お前の親父さんのギルドで大幹部なんて役職をやらされてる」

「父さんの……」

「ああ。『東方旅団』だ」


 エジプトの超極大ダンジョンを制覇したことで、五天の中でも現状最強と称される最強の探索ギルド。

 リーダーは咲井玄優。副リーダーは咲井紅羽。

 俺の両親だ。

 そして『東方旅団』事実上のNo.3である役職が4名の大幹部。

 それぞれが名のある探索者であり、バレアクスのことも俺は知っていた。


「あれ……私たち……」

「ううん……。ありゃ、何だか体が軽い」


 渚と有栖が同時に目を覚ました。

 2人ともポーションの効果で回復しているようだ。


「バ、バレアクス……」

「何で『東方旅団』の大幹部がこんなところに……」


 2人とも唖然とした表情でバレアクスを見つめる。

 当の本人は優しく笑うと、ダンジョンの壁を軽くつま先で小突いた。


「こんなところって言うけどな……。このダンジョンはとんでもない代物だよ。ただのダンジョンじゃないことは、もう気付いちゃってるんでしょ?」


 俺たちはそろって頷く。

 やけに広い道幅。

 明らかに中ダンジョン級ではないモンスター。

 急に使えなくなった転移門。

 明らかに異変はあった。


「正直言ってねえ。俺がここへ来たのは、君たちを助けるためじゃないのよ。目的としては、このダンジョンのデータを取りにきたっていうか。まあでも君たちがいなけりゃ、ここにこのダンジョンは生まれなかったっていうか……」

「結局のところ、このダンジョンは何なのかしら?」


 しびれをきらしたように渚が言う。

 バレアクスは肩をすくめビビるようなふりをしてみせると、おもむろに口を開いて言った。


「人工ダンジョン《バベル》。それがこのダンジョンの名前だ」

「人工ダンジョン……?」

「そう。ここは人工的に造られたダンジョンなんだよ。構造も、そして出てくるモンスターも、その全てが意図的にコントロールされてるわけ」

「そんなことがあり得るの……?」

「あり得る。こんなとんでもないものを造れる機関が、世界にたった1つだけある」

「WDRO……」

「ご名答」


 俺が口にした単語に、バレアクスはにやりと笑った。

 有栖が矢継ぎ早に質問する。


「WDROは何のためにこんなものを? しかも私たちがいなけりゃ生まれなかったってどういうこと?」


 しばらくの沈黙の後、バレアクスはゆっくりと首を横に振った。


「教えない」

「どうして?」

「たとえ俺が君らに答えを教えたとして……。君らには何をすることもできないからな。これは俺の一存じゃないのよ。リーダーの意志だ」

「父さんの……?」

「そう。滝陽哉くん、お父さんからの伝言を預かってるから伝える」


 バレアクスは俺の両肩に手を乗せた。

 ごつごつとした分厚い手。

 しかし確かな温かみがある。

 同じように温かな笑顔を浮かべて言う。


「『今のお前はまだまだ弱い。だからこそいろいろなものを見て、感じて、そして這い上がってこい。俺は五天の座でお前を待ってる』。っとまあ、こんな感じだ。だから俺も今は答えを教えないのよ。答えは今から君たちが探しな」

「俺たちが探す……」

「そう。きっと君たちは、俺たちと同じような景色を見る。だけどその時、君たちがどう感じるかは俺たちと違うかもしれない。何が正義で何が悪か、何が本物で何が偽物か。君たちが俺たちに並んだ時、答え合わせをしようじゃないの」

「……分かった。父さんに伝えて。『俺たちは五天を超える《覇天の新星》。必ず追いつき、追い越すから待ってて』って」

「確かに託った。その言葉を現実にするために、今は俺が君たちを守ってあげよう」


 バレアクスが第一層へと戻る転移門の方を睨みつける。

 よく目を凝らせば、そこには3人の人影があった。

 全員が黒いマントに身を包み、黒い仮面で顔を隠している。

 先頭を歩く仮面が、低く落ち着いた声で言った。


「なぜ『東方旅団』の大幹部がここにいる?」

「そりゃお互い様でしょ。新世界の影がどうしてここにいる?」

「ふん。無駄な駆け引きはよそう。その男を引き渡せ」


 仮面が俺をまっすぐに指差す。

 バレアクスは俺を庇うように立つと、首を横に振った。


「断る」

「だろうな」


 仮面の集団が一斉に動く。


「【金剛鎖】」

「【海王弾】」

「【ヘルフレイム・メテオ】」


 3つの攻撃が一斉にバレアクスへ襲いかかる。

 彼に避ける意志は見られない。

 防御の意志も見られない。

 それでも顔には余裕の笑みが広がっている。


 3つの攻撃が直撃したその瞬間。

 バレアクスの体が盛大に発火した。

 いや、体が炎そのものになった。


 鎖は溶解して消え去り。

 巨大な水の弾丸は蒸発して跡形もなくなり。

 豪炎の隕石もバレアクスによる圧倒的な勢いの炎に相殺され消え失せる。


 能力を極めに極めた者だけがたどり着ける姿。

 例えば炎の能力者であれば、自身の体そのものに炎の性質を持たせることができる。

 今のバレアクスがそうだ。

 五天クラスともなれば、能力を極めた探索者がほとんどである。


「ねえ、君たちさ」


 バレアクスは3つの仮面に呼びかける。


「俺は『東方旅団』の大幹部。五大ダンジョンの一つを仲間と覇した男。分かるでしょ?」

「……」

「なぜ君たちWDROが五大ダンジョンの探索に乗り出さない? なぜ五天に五大ダンジョンを任せてるの? いや、乗り出さないんじゃない。乗り出せないんでしょ。任せたくて任せてるんじゃない。任せざるを得ないんだ」

「何が言いたい」

「WDROがどういう計画を立てているかまでは、俺たちも知らない。でも間違いなく、今の君たち3人では俺に勝てない。そうでしょ? WDROの影、暗殺部隊ファントムの一員」


 WDROの暗殺部隊……?

 ダンジョンの調査機構であるはずの組織が、どうして暗殺部隊なんて持っているんだ……?

 しかも名のある探索者のバレアクスではなく、まだまだ無名のはずの俺を狙っているように見える。


「この子たちが一人前になるまで、バックには『東方旅団』がついてると思って行動することだね。別にリーダーの息子だから守るわけじゃないさ。どうして俺たちが彼らを守るのか、その理由は君たちが一番よく分かってるでしょ?」

「引こう」


 仮面集団は踵を返して去っていく。

 頭の中に大きな混乱を抱えたまま、俺はその後ろ姿を見つめていた。


「まあ、教えられることは教えてあげようじゃないの。さっさとここから出るぞ」


 バレアクスが先陣を切って転移門へと歩き出す。

 俺たちは互いに顔を見合わせた後、そのあとについて行くのだった。

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