第23話 決着。そして戦っている途中にフラグなど立てるものではない。

 ヘル・ディアーと対峙して、およそ30分が経った。

 時刻的には30分でも、体感ではもう2時間は戦っているように感じる。

 それほど激しく、そして絶え間のない戦闘なのだ。


「はあ……はあ……。まだまだ!」

「ふう……。こっからだね!」

「だあ……。負けらんねえ!」


 3人とも息を切らしながら、それでも果敢に強大なモンスターへ挑んで行く。

 少しずつだけど、ヘル・ディアーがよろける回数が増えてきた。

 確実に効いている。


「ぐうっ!」


 有栖がヘル・ディアーの攻撃を喰らって吹き飛ばされた。

 こちらの攻撃が効いてはいるけど、向こうの攻撃もかなり入っている。

 まさに一進一退の状況だ。


 俺たちは今、目の前の1体を倒すことに集中している。

 それでも実際の大ダンジョンになれば、こんなモンスターが続けざまに出てくるのだ。

 1体1体にこれほど時間はかけられないし、体力の消耗だって抑えなくちゃいけない。

 それを平然とやってのけるのが、地獄の三獣くらいソロで倒せてしまうのが、五天を筆頭にする強ギルドのメンバーたちなのだ。


「【回復泡ヒールバブル】!」


 さすがに消耗が激しい。

 特に渚に関して言えば、ダンジョンに入ってからずっと【光星】で灯りをつけ続け、そして今も能力を用いながら戦っているのだ。

 序盤ならともかく、戦闘が長引いている今となっては回復なしではやっていけない。


「ふう……。この先に大ダンジョン級のモンスターがまだ待ち受けてるとかないよね……?」


 隣に立つ有栖が、至極まじめな顔をして言う。

 頭の片隅にはずっとあったのだが、誰も口にしなかった可能性を彼女は言葉にしてしまった。


「変なフラグを立てるのはやめないか……?」

「そ、そうだね! あっはっは~……」」


 有栖は苦笑いを浮かべて口をふさぐ。

 もしこの先、新たに大ダンジョン級モンスターが出てきたら俺たちは戦えるのか。

 その答えを出すのは、目の前のヘル・ディアーを倒してからでいい。


「行くわよ。【光脚】」


 渚は刀の柄を握って、何度も何度もヘル・ディアーを挟んだシャトルランを繰り返す。


「【天神流・居合炎吞】」

「【炎腸刈り】!」

「【雷撃泡エレクロバブル・十字槍】!」


 いったいどれほど繰り返したのだろうか。

 初めてヘル・ディアーが口から血を噴いた。

 内臓には相当なダメージが入っていたはず。

 それがとうとう目に見える形で現れたのだ。


「今だ!」


 ヘル・ディアーの巨体がぐらりと大きく揺れる。

 俺たちは一瞬で互いの視線を合わせ、そして一斉に動き出した。

 とどめが刺せそうになったらやると決めていた渾身の一撃。


「【天神流・居合炎吞】」


 渚が炎をかき消す。

 今回は脇腹の一部じゃない。

 胸部から尻にかけての腹部を一閃した。


「【炎腸刈り】!」


 炎が消えた部分を有栖が大鎌でなぞった。

 ぱっくりと腹が切り開かれ、今までで一番大きな傷が出来上がった。

 俺は精神を集中し、右手をかざして狙いを定める。


「【火炎泡ファイアーバブル】。【雷撃泡エレクロバブル】……」


 喰らえ。倒れろ。


「【二色泡ダブルバブル・電爆】!」


 二色の大きな泡が、ヘル・ディアーの全身を包み込んだ。

 そして激しい爆発が起きる。

 閃光と爆風が近くにいる俺たちをも襲う。

 もうもうと土埃が上がる。

 その煙と土埃が晴れた先でヘル・ディアーは。


「やった……」


 ばったりと倒れ込み、そして動かなくなった。

 そして砂となり、さらさらと消えていく。


「やったわね……」

「良かった……」


 渚と有栖が駆け寄ってきて。

 ばったりとその場に倒れ込んだ。

 とっくに体力の限界を突破している。

 幸いなことに、気絶に近い睡眠状態なだけだ。

 死んだわけじゃない。


「あれは……」


 さっきまでヘル・ディアーがいた場所に、きらりと光る石が落ちている。

 晶石だ。間違いない。それも大ダンジョン級モンスターの晶石。

 価値はかなり高い。


 俺はふらつきながら、必死に歩いて晶石を手に取った。

 このダンジョンで有栖が手にしたクモ型モンスターの物とは、輝きも純度も比べ物にならない。

 これはみんなで倒したモンスターから落ちたのだから、ギルドのものだな。


 そんなことを考えていると、ガクンと目線が低くなった。

 自分が膝から崩れ落ちたのだと気付くのに数秒かかる。

 思うように体が動かない。

 まずいな。ここで意識を失うわけには……


 ふと視線を先にやると、そこには何かが仁王立ちしていた。

 豪炎を纏う熊。地獄の三獣の一角、ヘル・ベアー。


「嘘……だろ……」


 有栖のフラグが現実になっている。

 動け。動け。動け、俺の体……!


「ぐっ……!」


 もう、【回復泡ヒールバブル】を使う体力すら残っていない。

 終わった。終わった。何もかも終わった。


「おいおいおいおい。何が当たったかは知らないけど、1体倒しちゃってるじゃないの」


 絶望する俺の頭上から、男の声が降り注いだ。

 効いたことのない声。

 誰だ……?

 声の主の姿を捉えようと、俺は必死に頭を動かす。

 それでも動かない。

 そもそも視界がどんどん霞んでいく。


「やっぱりうちのリーダーの息子ってのは伊達じゃないんだな」


 父さん……?

 父さんがこの男のリーダー……?

 ということは……


「俺は『東方旅団』大幹部のバレアクス。厄介なのに巻き込まれたなぁ。助けにきてやったぜ」


 男の言葉が終わった瞬間。

 俺はそのまま意識を失った。

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