第22話 繰り返す。繰り返す。繰り返す。何度でも繰り返す。

「【沈水泡ウォーターバブル】!」


 ヘル・ディアーを水で満ちた泡で包む。

 しかし炎が消えることはなく、むしろ水の方が蒸発してしまった。

 それに伴って泡も弾けて消える。


「まじかよ……」

「呆然としてる場合?」


 渚が刀に手を掛け、呆れたような顔を向けてくる。

 ただ、その表情はかなり引きつっていた。

 俺の左に立つ有栖も、ヘル・ディアーを険しい顔で見つめている。


「【光脚】」


 渚が強く地面を蹴った。

 圧倒的な速度でヘル・ディアーに迫り、瞬間的に刀を抜く。


「【天神流・居合炎呑】!」


 ヘル・ディアーの左脇腹を、渚の刀が一閃した。

 その部分だけ、まとっていた炎が消える。

 しかし次の瞬間には、再び豪炎が復活していた。


「【光照泡ライトバブル】」


 渚はヘル・ディアーの横を通り過ぎて向こう側にいる。

 こちらの灯りが無くなったので、俺は光の泡を展開した。

 それを見て、反対側から渚が剣の切っ先を向けてくる。


「ちょっと! あなたも灯りになる能力を持っているなら、さっさと言うべきじゃないかしら!?」

「今まではお前の【光星】で足りてただろ! ていうかやばい!」

「分かってるわよ! 【光脚】!」


 ヘル・ディアーは、ひとりになった渚の方へ顔を向ける。

 角を突き出そうとしたが、間一髪、渚が回避してこちらへ戻ってきた。

 再び、俺たち3人とヘル・ディアーが正面から退治する構図が出来上がる。


「ひとりで攻撃してもあんまり効果がない。ちゃんと連動して戦わなきゃ」

「有栖の言う通りだな。渚が一瞬なら炎を消せることが分かった。確か地獄の三獣は、炎が消えた場所が弱点になるはずだよな?」


 有栖が頷く。

 渚が炎を消した一瞬の隙をついて、俺と有栖が攻撃を仕掛ける。

 これが現状で唯一の、作戦らしい作戦みたいだ。


「攻撃が来る!」


 有栖が声を上げた。

 ヘル・ディアーは後脚で何度か軽く地面を蹴ると、角をまっすぐこちらに向けて突進してくる。


「【鋼鉄泡メタルバブル】!」


 3人を包み込むようにして泡を展開。

 でも正直に言って、今の俺の【鋼鉄泡メタルバブル】がヘル・ディアーの攻撃に耐えられるかは分からない。

 さっきも【沈水泡ウォーターバブル】を破られているし。


「……っ!」


 俺は高速で泡を右に動かした。

 すんでのところで角も、そして巨体も避けきる。

 このダンジョンの不自然なまでの道幅の広さが、避けるスペースがあるという点で役に立った。


「こっちも攻撃と行くわよ」


 泡を解除するなり、渚が刀に手を掛ける。

 こうなったら、俺たちの消耗とヘル・ディアーに与えるダメージのどちらが先に限界へ達するかの勝負だ。

 こちらには【回復泡ヒールバブル】がある。

 それでも大ダンジョン級モンスターの耐久力、体力は段違いだ。

 全くもって余裕の勝負ではない。


「【光脚】……【天神流・居合炎呑】!」

「今だ!」


 炎が消えるその一瞬。

 その一瞬をついて、俺と有栖が攻撃を仕掛ける。


「【炎腸刈り】!」

「【沈水泡ウォーターバブル・鉄砲水】!」


 渚が炎を消し。

 有栖が脇腹を斬り裂き。

 俺が傷口から体内へ勢いよく鉄砲水を撃ち込む。


「ウォオオオオン!」


 ヘル・ディアーが、少し苦しげな声を上げた。

 確実に効いている。

 しかし。


「再生される!」


 炎が攻撃した場所に復活し、それと同時にダメージが回復されていく。

 完全に回復する寸前に、再び勢いよく渚が飛び込んだ。


「【天神流・居合炎吞】!」

「【炎腸刈り】!」

「【雷撃泡エレクロバブル・十字槍】!」


 繰り返す。

 完全に回復される前に、同じ場所をひたすら攻撃し続ける。

 繰り返す。繰り返す。繰り返す。

 でも何度も繰り返していれば、ヘル・ディアーだって分かってくる。


「やばい!」


 渚が飛び込んだ瞬間、ヘル・ディアーは大きく左前脚を振り上げた。

 そのまま勢いをつけて後ろに蹴りをかます。


「【鋼鉄泡メタルバブル】!」


 俺は渚を【鋼鉄泡メタルバブル】で包んだ。

 しかし同じく鋼鉄のように硬い蹄が襲いかかり、勢いは殺したものの泡は蹴破られてしまう。


「ぐっ!」


 何とか刀で受け止めた渚だったが、吹き飛ばされて壁にぶち当たった。


「渚!」

「うっ……大丈夫よ。陽哉くんの泡が無かったら、刀を折られて直撃だったわね」

「回復しておくか?」

「いえ、まだ大丈夫。【回復泡ヒールバブル】だって消耗するでしょう? 今は攻撃に全力を注ぐべきよ」


 この間に、ヘル・ディアーの炎は完全に再生した。

 有栖が斬り裂いた傷口も塞がっている。


「らちがあかないな」

「そうでもないよ。陽哉の内部への攻撃は、確実に蓄積されてるはず」

「有栖さんの言う通り。さあ、また繰り返しましょう」


 渚はわずかに顔をゆがめている。

 ひょっとしたら、どこかの骨にひびでも入っているかもしれない。

 それでも彼女は刀に手を掛けて飛び込んでいく。

 有栖も大鎌を振り回して突っ込んでいく。

 だから俺が弱気になってる場合じゃない。


「【天神流・居合炎吞】!」

「【炎腸刈り】!」

「【氷河泡アイスバブル・氷柱矢】!」


 絶対に勝たなくちゃいけない。

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