第21話 転移門は便利なもの……だったはずなのに。

 ダンジョンには転移門というものがある。

 これは扉やライトとは異なり、そもそもダンジョン自体に備わっているものだ。

 基本的には1つの層に2つ。

 最初と最後にこの転移門がある。

 転移門には“ログ”というものを刻むことができ、この“ログ”を刻んだ同じダンジョン内の転移門同士であれば、自在に行き来することができる。


 入口の転移門にログを刻んでおけば、探索の途中でも入口に戻って外に出ることができるのだ。

 そしてまた同じダンジョンに入る場合、前回最後にログを刻んだ転移門から再開できる。

 小ダンジョンや中ダンジョンでは、そこまでこのありがたみは実感できないが、大ダンジョン、さらに超極大ダンジョンともなれば、転移門が大いに活躍することになる。

 そして俺たちも、この中ダンジョンの第一層の端にある転移門へとたどり着いていた。


「ログを刻むわよ」


 まずは渚がログを刻む。

 ダンジョン側は俺たちが仲間だなどと認識していないので、ログはひとりひとり刻む必要があるのだ。

 層の終点にある転移門にログを刻めば、次の層へ向かえるようになる。


「これでよしと」


 最後に有栖が作業を終えて、俺たちは次の層へと踏み出す。

 やはり第一層と変わらず、かなり道幅が広い。

 戦うスペースが大きくなるという点では、広いというのは良いことだ。


「おっと。今回は出てくるのが早いね」


 モンスターの気配を感じ取り、有栖がにやっと笑った。

 俺も渚も、モンスターが近づいてくる気配は感じている。

 むやみやたらに突っ込むよりも、ここで様子をうかがった方がいいだろう。


「もう少し奥かしら」


 渚が【光星】を動かして、ダンジョンの奥の方を照らす。

 ぼんやりとモンスターの姿が浮かび上がる。

 あれは……


「な、何で……」


 有栖が後ずさりしながら呟いた。

 全身がオレンジの炎に包まれ、真っ赤で鋭い目を持つ大きなシカ。

 角の先端は刃物のように尖り、きらきらと輝いている。


 ヘル・ディアー。


 地獄の三獣と呼ばれる3種のモンスターのうちの1種で、他にはヘル・ベアーとヘル・モンキーがいる。

 豪炎を身にまとうこの3種は、大ダンジョンに生息するはずのモンスターだ。

 中ダンジョンの、それも序盤になど出てくるはずがない。

 出てきていいはずがない。


「ど、どうする……?」


 さすがの渚も表情をひきつらせ、俺に指示を求めてくる。


 どうする。どうする。どうしたらいい。

 3人で戦って勝てるのか?

 あるいは有栖が本調子であれば、俺と渚も加わって勝てたかもしれない。

 でも今の俺たちでは……。


「《新世界の宝物ザ・ニューワールド》を手に入れるには、大ダンジョンのさらにその先を見なくちゃいけない。でも今の俺たちは、まだそのレベルにはいないって分かってる」


 ここで死んだら、全てが終わってしまう。

 何も手に入らないまま、何も成し遂げられないまま終わってしまう。

 それだけは避けなくちゃいけない。


「ここは……引こう」


 悔しいけれど、ここで無謀な賭けに出るべきじゃない。

 渚も有栖も頷き、3人で転移門をくぐろうとする。

 しかし。


「く、くぐれない! 転移できない!」

「そんな馬鹿な!」

「逃げられないわ!」


 転移門はまるで反応しない。

 第一層に逃げることができない。


「くっ……!」


 振り返って見れば、ヘル・ディアーはゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 どうやらはなから、逃げるなんて選択肢は与えられていなかったらしい。

 俺たちが生き残るためには。

 この目の前のモンスターと戦って勝つ以外に、方法はないようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る