第19話 炎を閉じ込め斬った俺たちは未知のダンジョンへと踏み出す。

「これは……」


 慌てて駆け付けた俺たちの前に、細かく振動しながら少しずつ膨張する光の球がある。

 駆けつけた探索者は俺たちくらいで、それ以外の周りにいた人々はさっさと避難していた。


「ダンジョンの卵ね」


 光の球をじっと見つめ、渚がぼそりと呟く。

 新たなダンジョンが生まれる前に現れる光の球。

 通称“ダンジョンの卵”だ。

 その大きさや輝度によって、生まれようとしているダンジョンの規模を判断することができる。

 今、俺たちの目の前にある光の球は、それほど大きくない。

 せいぜい小ダンジョンの1.5倍くらいのサイズの中ダンジョンだろう。


「ダンジョンの卵なんて生で見るのは初めてだな~。それで陽哉、どうする?」

「私たちを仲間に引き入れたのだから、陽哉くん、あなたがギルドリーダーなのよ。それで指示は何かしら?」

「そうだな……」


 ダンジョンの卵がかえる、つまりこの膨張を続ける光の球が破裂して新たなダンジョンが生まれる瞬間、地上では爆発が起きる。

 そして近くに居合わせた探索者は、力量に応じてではあるが、その被害を最小限に抑えるよう努力することが原則となっている。


「近くに俺たち以外の人はいないよな?」

「大丈夫そうよ」

「うん。私たちだけだね」

「よし。じゃあ作戦はこうだ」


 俺はたった今、咄嗟に思いついた作戦を2人に伝える。


「まずは俺が【鋼鉄泡メタルバブル】で卵を囲み、とりあえずの被害を防ぐ。でもそれだけじゃ、爆発の威力を全くのゼロにすることはできないと思う。だからあえて、泡に弱い2か所を作る」

「弱点を2か所ってこと?」

「そう。きっと爆風や炎が、その2か所から分散して抜けていく。その先で2人が待ち構えていて、残る爆発の威力をかき消すってわけだ」

「悪くない作戦ね。構わないわ」

「うん。私もそれで大丈夫」

「よし。じゃあ取り掛かるぞ。渚はここから見て右手、有栖は左手に行ってくれ。あんまり時間がなさそうだし、急ぐぞ」


 卵はかなり限界まで膨張し、振動の幅も大きくなっている。

 もうあと5分も経たないうちに爆発するだろう。


「【鋼鉄泡メタルバブル】!」


 出来るだけ硬度が高い【鋼鉄泡メタルバブル】で、ダンジョンの卵をすっぽりと包み込む。

 渚も有栖も指示通りの場所に行き、武器に手を掛けて準備を整えた。

 そしておよそ1分後。

 凄まじい音が響き、ダンジョンの卵が盛大に爆発する。

 俺の【鋼鉄泡メタルバブル】が、威力の半分くらいは外に出さず閉じ込めた。

 しかしもう半分は、さらに二手に分かれて泡を飛び出して行く。

 狙い通りに泡の弱点から左右へ。

 そしてその先に待ち受けるのは渚と有栖。


「【天神流・居合炎呑】」


 迫りくる炎と爆風の柱へ、天神が素早く刀を抜く。

 真っ二つに斬り裂かれた柱は、まるで標的を失ったかのように消え失せた。

 そしてもう一方。


「【充炎刃】!」


 有栖は大鎌の切っ先で柱を受け止める。

 そしてそのまま、大きく鎌を振り上げた。

 大鎌で受け止めていた威力が、はるか上空へと放たれて再度爆発する。

 しかし地上に被害は出ていない。


「何とかなったな」


 戻ってきた2人に言うと、渚は当然だという表情をし、有栖は誇らしげに胸を張った。

 最初に出会った時から思ってたけど、やっぱり俺たちはなかなかのチームワークだ。


「さーてと」


 俺はさっきまで卵があった場所へと向かう。

 そこではぽっかりと穴が口を開けていた。

 これが新たなダンジョンの入口だ。

 いつも探索しているのは、この入口に扉を取り付けたものである。


「入ってみるか……」

「ダメに決まってるじゃない」


 俺が冗談で呟くと、渚の冷静なツッコミが入った。

 そう。今はまだこのダンジョンに入ってはいけないのである。

 あと数時間のうちに、ここへお役所の方々がやってくる。

 彼らによって新たなダンジョンの位置、また卵のサイズから想定される規模が登録された上で、ようやくダンジョンに入ることができるのだ。

 そしてこれは爆発の被害を防いだご褒美といっていいのだろうが、俺たちにはこの新しいダンジョンへ最初に入る権利が与えられる。

 未踏破のダンジョンに挑む機会なんて、五大ダンジョンかこういう新しいダンジョンしかない。

 非常に貴重な機会なのだ。


「未踏破のダンジョンなんて初めて! 楽しみだな~」


 有栖も早く入りたいという気持ちを全開にしている。


 そして途中で渚の家に戻ったりもしながら6時間後。

 ダンジョンの入口で、仕事を終えた女性の公務員が俺に尋ねる。


「72時間以内であれば、皆様にはこのダンジョンでの優先探索権があります。ダンジョンの規模は中ダンジョンと想定されますが、こちらの権利は行使されますか?」

「はい、します」

「分かりました。ではただ今より72時間は、このダンジョンに皆様以外は入れないよう手配いたします。あくまでも安全第一で、焦らず探索を行ってください」

「分かりました」


 後ろを振り返れば、渚と有栖はすでに覚悟を決めた顔をしている。

 何が待っているかは分からない。まるで未知のダンジョン。

 ぽっかりと口を開けたその入口へと、俺たちは踏み出していくのだった。

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