第12話 信頼がなければ目標は達成できない。
「止まって」
天神が突如として止まる。
ぶつかりそうになりながら、慌てて俺も停止した。
ちなみにスーツケースに入れられていた女の子は、通り道にある交番で保護してもらってきたので、俺たちはすでに身軽な状態だ。
といっても、途中まで彼女を抱えて走っていたのは俺だけなんだけど。
「向こうの動きが止まってる。アジトが近いか、こちらに気づかれたかね。おそらく前者だろうけど、少しだけ様子を見るわよ」
天神のスマホの中央で、赤い点が止まったまま点滅を繰り返している。
それにしても、かなり走ってきたな。
高いレベルのダンジョンで戦うことを見越して、基礎的な体力の強化もしておいてよかった。
ちなみに新世界になって以降、能力者の基礎的な身体能力はそれ以前と比べて飛躍的に向上しているそうだ。
旧世界に生まれて新世界を迎えた人は、能力を手に入れた瞬間に体の感覚が変わるのを感じたそうだが、新世代である俺にはその感覚は分からない。
「アジトが近いんじゃないか? だいぶ、というかほとんど人通りもない場所だし」
「そうだと思う。こちらへ向かってくる様子はないし……距離を詰めてみましょう」
今度は走ることなく、慎重に赤い点へと近づいていく。
すると、これまた大きな廃ビルが見えてきた。
ただ、駅の方にあるものよりはきれいなようだ。
ここならアジトとして使うことも可能だろう。
「正面突破は無謀だよな?」
「そうね。少し周囲を見て、入れそうなところがないか探してみましょう」
廃ビルは有刺鉄線のフェンスで囲まれていて、正面の入り口と思わしき扉には厳重に鎖と錠がかけられている。
突破しようと思えばできなくもなさそうだけど、確実に中の盗賊に気づかれる。
子供たちの救出を最優先に考える以上、彼ら彼女らを巻き込むような戦闘は避けたいところだ。
「あそこに割れている窓があるわ」
天神がビルの5階くらいを指さす。
よく目を凝らせば、確かに割れている窓が一つだけあった。
しかし夜の暗闇の中で、あの位置の割れ窓に気づけるとは。
「よく見えたな」
「光に関係する能力者は、総じて目が良いらしいのよ」
「なるほど。侵入できそうなのは、あそこだけだろうな」
「そうね。壁をよじ登りましょう」
「それもいいけどさ。【
俺は自らと天神を大きな泡で包む。
そしてそれを浮上させた。
これなら、音を出すことなく、そして無駄な体力を使うことなく侵入することができる。
「確かにこうすれば楽ね」
「だろ。もうちょっと頼ってくれてもいいんだぜ」
「そうね。でも安心して。あなたのことは、不思議と信用できるから」
「俺も不思議とお前は信用できる」
俺と天神が感じている不思議が、同じものかどうかは分からない。
それでも彼女を仲間に誘った時がそうだったように、彼女も俺を信用してくれているのは嬉しい限りだ。
何より今から待ち受けているかもしれないのは、俺と天神、そして子供たちの命をかけた戦い。
ここでお互いを信頼できないようじゃ、とても目標を成し遂げることなんてできない。
そもそも戦わなくて済むのが一番だが、あいにく俺はそこまで楽天家ではなかった。
「入れるかしら?」
大きく膨らんだ泡のサイズに対して、窓に空いている穴は狭いように見える。
でも問題ない。
「安心しろ。俺の泡は柔らかくて強い」
泡は尖った窓の割れ目に触れ……しかし破れない。
割れた窓の形に合わせて歪み、上手く抜けていく。
「ほらな」
「ええ。まあ、私は信じていたけれど」
「よく言うわ」
こそこそと喋りながら、建物の床に着地する。
泡を解除して、忍び足で歩き始めた。
「この階には人の気配がないわね」
「だな。子供たちを監禁するなら、上の階の方が都合がいいはずだ。エレベーターなんて機能してないだろうし、階段を探そう」
「そうね」
ひんやりとした廃ビルないの空気、そして月明かりのみが頼りの暗さが相まって、圧倒的に気味が悪い。
でもここに潜んでいるのは、幽霊なんかより遥かに恐ろしい現実の悪人だ。
一番怖いのは人間とは、よく言ったものだよな。
「これで上に行けそうね」
壊れているであろうエレベーターの横に、やはり暗くて先が見えない階段がある。
建物の外観に対してきれいに整備されており、誰かが頻繁に利用しているようだ。
「この様子からして、子供たちが上にいるのは間違いなさそうよ」
「そうだな。行こう」
「もちろん」
警戒しつつ、慎重に階段を上っていく。
折り返しの踊り場地点まで言ったところで、人の声が聞こえてきた。
「幹部級が3人、それに加えて平も何人か出ていったけど何があったんだ?」
「なんでも、あの俺たちをつけまわしてた女剣士をぶっ潰すチャンスなんだと。倉本さんが奴に捕まったんだけど、逆に罠にかけたそうだぜ」
「なるほど。じゃあ俺たちは、いつも通りここを守っとけばいいわけだな」
「そういうことだ。ここにいる子供たちは、大切な仕事道具だからな」
天神の読みは完璧に当たったようだ。
それにしても子供たちを“仕事道具”とは、本当に胸糞が悪い。
敵は2人。こちらも2人。
さすがに、その目をかいくぐって子供たちを助けることは出来ないだろう。
――私があいつらの動きを封じるから、すぐに気絶させて。
天神がスマホに打ち込んだ文字を見せてくる。
俺は黙って頷いた。
それを確認して、天神は刀に手をかけて飛び出す。
「【閃光抜刀】」
「うあっ!」
「なっ!?」
天神が刀を抜いた瞬間、激しい閃光が男たちを襲う。
ずっと暗闇にいた彼らは、何も見えなくなりその場に転がった。
月明かりで少し目を慣らしておいた俺は、間髪入れずに自分の仕事をこなす。
「【
生み出した2つの泡。
ただ、男たちを包むようにではない。
「行け」
鋼鉄のように硬い泡が、猛スピードで男たちを直撃する。
完全に気絶させ、動きを封じた。
「なんだ今の音は!?」
「どうした!?」
「侵入者か!?」
下から大声が上がり、何人もの足音がする。
急ぐしかない。
俺と天神は顔を見合せて頷くと、目の前にあった扉の奥へと駆け込んだ。
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