第11話 騙し騙しの心理戦を名探偵は静かに見守る。

「何も言わねえぞ」


 泡の中で、男は仏頂面をして言った。

 取り調べだの尋問だのの類は、圧倒的に天神の方が得意なようなので、任せて俺は泡の維持に努める。


「あなたはいつもどこから子供たちを連れてくるの?」

「だから答えないって言ってるだろ」


 天神は例によって無表情で詰問するが、男としても頑として情報を明かそうとはしない。


「答えなさい」

「答えない。お前、もう少し頭の良い奴だと思ったんだがな。言え言えの一点張りじゃ、まるでガキだ」

「そのガキに負けて捕まってるのはどこの誰かしらね」

「へっ。とにかく俺は何の情報もやらないぞ」


 お互いに譲らない膠着状態。

 先に打開策を打ったのは天神の方だった。


「なら、ガキじゃないところを見せてあげましょう。もし情報を提供するなら、あなたのことは見逃してあげる」

「あ?」

「情報を言わないなら、このまま警察に連れて行くわ。でも、もし私たちが知りたいことを教えてくれるなら、警察には行かずにこの場で解放してあげる」

「俺を脅すつもりか?」

「どう考えても、不利な状況にいるのはあなたなのだけれど。これでまだ意地を張るようなら、そっちの方がよっぽどガキね」


 男はしばらく黙考した後、何度か軽く頷いてにやりと笑った。

 人を裏切る時の悪役のごとく、陰湿で嫌な笑顔だ。


「乗った。俺も正直、この非道な商売に辟易してたんだ。情報は渡すから、お前が言ったこと絶対に守れよ」

「あなたがこちらに指図する権利はないわ。さっさと言いなさい。子供たちはどこ?」

「この高架橋を抜けて踏切も越えた先に、廃墟になったビルがあるのを知ってるか?」


 俺と天神はそろって頷く。

 子供のころから密かに心霊スポットと言われていた、いつでも中が真っ暗で得体のしれないビルだ。

 周りに建物があるわけではなく、駅の裏手ということもあって人通りは少ない。

 何かを隠すには絶好の場所だ。


「あそこだ。上の方の階に、子供たちを閉じ込めてる。あのビルが丸々、組織の拠点になってるからな。ボスも幹部もみんないるぞ」

「なるほど。分かったわ。その情報に嘘偽りないわね?」

「ない」

「滝くん、この男はもう解放して構わないわ」

「おう」


 俺は泡を解除する。

 男は俺たちの顔を交互に見た後、踵を返して夜の闇へと去っていった。

 アジトであると明かされた廃ビルからは、ちょうど真逆の方向だ。

 天神の横に並んで俺は言う。


「で、あいつをつけるんだろ」

「へえ……」


 天神はわずかに驚きの表情を浮かべた。

 しかし、すぐにいつもの表情になって尋ねる。


「どうして分かったのかしら?」

「お前がそう簡単に人を信用するとは思えない。それも盗賊団のメンバーであるような悪人を。しかも自分の妹を危機にさらしている奴を、みすみす見逃すような人間にも見えない」

「ずいぶんと私について知っているような口ぶりね」

「それだけじゃないけどな」


 あの男がアジトだと言った廃ビルに、実は俺は何度か行ったことがある。

 幼いながらの好奇心ゆえに、心霊スポットと噂されていたあそこを訪れたのだ。

 記憶の限りでは、2階に上がることすら困難な状況で、大規模に修繕しなければとてもアジトに出来るような場所ではなかった。

 そしてその大規模な工事が行われたという話も、まるで聞いたことがない。

 間違いなく、あの男は嘘をついている。


 要はこういうことだ。

 男はもともと、収穫と囮の交換のためにこの場所へやってきた。

 しかしそこにいたのは盗賊ではなく俺たちで、不覚にも捕らえられてしまった。

 情報を提供するか、警察に行くかの二択を迫られ、男は嘘をついた。

 そもそもすんなり情報を言うわけがないもんな。

 子供を無慈悲に囮にするような組織を裏切って、のうのうと生きていけるはずがない。

 裏切り者として追われる人生よりは、しくじって刑務所に入ったという方がまだましだ。


「なかなかの名探偵ね。その通り、あの男は嘘をついている。でも苦し紛れの嘘じゃない。あの状況を利用して、私たちに罠をかけているのよ」

「罠……?」

「ええ。組織からしたら、しつこく嗅ぎまわってる私って相当うざったい存在なの。だから、できることなら消したい。きっと今、のこのこと廃ビルへ向かって行ったら、あの男からの連絡を受けて伏兵たちが待っているはずよ」

「さすがにそこまでは想像できなかったな」

「奴らの常套手段なのよ。不利になった状況を利用して、逆に相手を陥れる。色々調べてみれば、この方法にやられた事例が何個も出てくるわ」

「なるほど。にしても、こうして話している間にかなり差が開いたんじゃないか?」

「大丈夫よ。発信機を仕掛けておいたから」


 天神がスマホの画面を見せてくる。

 そこには俺たちの現在地と、そこから遠ざかっていく赤い点が表示されていた。


「いつの間に」

「さて、向こうも今から私たちが追ってくるとは思ってないころでしょう。行くわよ。あなたと出会ったその日に、偶然にも巡ってきたこれ以上ないチャンス。相手の戦力が廃ビルに分散している今が、アジトを叩く時だわ」


 天神は腰の刀を抑えつつ勢いよく駆け出す。

 その後に続いて、俺も夜の闇へと駆けていくのだった。

 偽のアジトである廃ビルとは真逆の方角へと。

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