第13話 見えない攻撃と避けられない攻撃は別のものである。
駆けこんだ部屋は、かなりの広さがあった。
このビルが本来の目的で使われていた時は、おそらく大広間のような場所だったのだろう。
そしてその中心で、3人の子供たちが倒れ込んでいた。
みんな眠っているだけのようで、呼吸はしているし脈もしっかりしている。
もちろん、ここにいるのはいわば囮になる前の状態の子供たちであり、盗賊団としても手荒には扱えないのだろうが。
「【
防御壁にもなるこの泡でまとめて3人を浮かべ、助け出す用意を整える。
女の子が2人に男の子が1人。
「妹はいるか……?」
俺が尋ねると、天神は青い顔で首を横に振った。
予想される最悪のシナリオに、彼女の体は少し震えている。
そこへドタドタと何人かが駆け込んで来た。
下にいた盗賊たちが、もうここまで上がってきたのだ。
シールド代わりの【
「お前……せっかく教えてやったのに、アジトには行かなかったのか?」
やってきた盗賊のなかには、高架橋のところで俺たちが捕まえた男がいた。
「騙されるほどガキじゃないの」
天神は刀に手を掛ける。
彼女の妹が今も生きている可能性はただ一つ。
今夜のうちに囮として連れ出され、実行役に引き渡されている場合だ。
それなら、まだダンジョンには入っていないかもしれない。
「どうする」
「こいつらを倒して情報を聞き出す。闇雲に探し回って見つけられる可能性は、限りなくゼロに近いわ」
「同意だ……っ!」
俺たちの間で作戦がまとまった瞬間に、盗賊たちの先頭にいた男2人がそれぞれ飛び掛かってきた。
「【鉄砕拳】!」
「【
「【
「【天神流・居合炎呑】」
ひとりは金属の能力者、ひとりは炎の能力者のようだ。
俺は泡で、天神は刀で攻撃を受け止めつつ、反撃へと転じる。
「【
「【天神流・不殺峰】」
「ぐあっ!」
「ぐふっ!」
電撃と刀の峰打ちによる殴打を食らい、男たちはそこへ突っ伏した。
ただこれで終わるはずはなく。
またしても援軍がやってきたらしい盗賊たちによって、波状攻撃が仕掛けられる。
ひとりひとりは決して強くなくても、数いるというのは面倒だ。
「はあああ!」
天神は夜叉のごとく鬼気迫った目で、刀を振るい続ける。
しかしこの先、情報を聞き出すことを考えると、多少の手加減をして殺さないようにしなければいけない。
その力加減をした上で、何とかこちらが優勢を保っていることを考えると、俺たちはここにいる盗賊たちと比べてかなり実力で優っているようだった。
「全く……」
ようやく盗賊たちの壁を突破し、子供たちを連れて逃走できるかというその時。
ため息とともに、2人の盗賊が新たにやってきた。
片方は男、片方は女。
男の方は特に武器らしきものは持っておらず、女の方は天神と同じく日本刀を腰に提げている。
「気を付けて。幹部よ」
雑魚、この組織の言葉でいえば平をあらかた片づけた天神が、刀を鞘に納めつつ言った。
誘拐されてきた子供たちは、相変わらず泡の中で眠っている。いや、おそらく眠らされている。
それを指差して、男の方が口を開いた。
「それぇ~、返してくんないかなぁ~? 俺たちのぉ~、大事な商売道具ぅ~、なんだよぉ~」
間延びした話し方が、何とも癇に障る。
俺はできる限りの目力で彼を睨みつけると、きっぱり返答した。
「返すわけないだろ。この子たちは俺らが助け出す」
「う~ん。じゃ~あ~、君たちはぁ~、ここでぇ~、死んでもらいまぁ~すぅ~」
男が俺に向かって右手をかざし、少し首を傾けて見下すような視線を向けてくる。
女の方も天神を見つめ、刀に手を掛けた。
俺らもそれぞれ、向かい合う相手に対応するべく構える。
「こいつらは幹部の岸辺兄妹よ。兄は風の能力者、妹は音の能力者。これまでの盗賊団メンバーよりはるか上にいるから注意して」
早口で天神が説明を添えてくれた。
俺は黙って頷き、岸辺兄とにらみ合う。
4人の中で、最初に動いたのは岸辺妹だった。
「【音速走】」
広間の入口で軽く地面を蹴ると、あっという間に中央付近にいた天神の元へと到達する。
速い。
音の速度に達しているかと言われれば、それは微妙なところだが、全く目で追えないレベルではある。
「月影流・波居合!」
「天神流・受流居合」
天神は、目の前で抜かれた岸辺妹の刀を、ほぼ同時に抜いた刀で受け流す。
キインという高い音が響き、激しい火花が散った。
岸辺妹の太刀筋は、まさしく波のように揺らいでいて不思議な軌道だ。
どうやら能力を用いた攻撃ではなく、純粋な剣術らしい。
対する天神も、今は特に能力を使った様子ではない。
ただどちらも、剣術に能力を組み合わせて使うことはできるはずだ。
「よそ見はするなよぉ~?」
岸辺兄は俺に向けて手をかざしたままだ。
照準器のごとく、ピタリと俺を捉えている。
「【
武器はない。
火の弾も水の弾も生成され向かってくる様子はない。
ただ俺は反射的に、防御へと回っていた。
「【
泡を展開した1秒後、激しく何かが外からぶつかって揺れる。
そして俺の背後の壁には、斬りつけたような傷がついていた。
横をすり抜けていった攻撃が残したものだろう。
「守ったかぁ~。どうだぁ~? 俺のぉ~、風の刃はぁ~?」
攻撃を防御されたにもかかわらず、岸辺兄は余裕の表情を見せている。
まるで俺に負けることなど考えていないかのように。
「攻撃ぃ~、見えねえだろぉ~。避けられないだろぉ~? だからってぇ~、防御壁の中にいたんじゃぁ~、何にもできねえぜぇ~?」
「確かに見えないな」
「だろぉ~? その防御壁だってぇ~、じわじわ削ってやるぜぇ~? 【
またしても攻撃がやってくる。
まったくもって風の刃を見ることはできない。
でも。
「避けるとしたらこうだろ?」
俺は泡を動かし、攻撃を避けてみせる。
最初は右に、次は左へ、そしてもう一つ左へ。
「あぁ~!?」
全ての攻撃は、まるで泡に当たることなくただ壁に傷をつけた。
岸辺兄の顔からわずかに余裕がなくなる。
「確かに攻撃は見えないな。ただ、軌道は見える」
「何ぃ~?」
攻撃には軌道がある。
岸辺兄から俺の元へと、攻撃がやってくるまでに通る道がある。
そして岸辺兄の能力は風。
わずかではあるが、その軌道上にあるものを巻き上げる。
この廃ビルの広間にたまっていたほこりが、本当に微妙ではあるが巻き上がっていた。
攻撃は見えなくても、軌道は見える。
軌道が見えれば避けられる。
「本当に避けられない攻撃っていうのは、軌道が見えない攻撃。言い換えるなら軌道のない攻撃だぜ」
さっき岸辺兄がしたように、今度は彼に向けて俺が手をかざす。
「【
岸辺兄の体を泡が包んで浮かびあがらせる。
俺の泡は狙った場所へと即時に出現させられるのだ。
軌道もへったくれもない。
これこそが見えない攻撃。
「……十字槍】!」
「ぐああああっ!」
X字状に、電撃が岸辺兄の体を貫く。
手加減はしてる。死にはしない。
こいつには今から、天神の妹の居場所を聞かなきゃいけないからな。
幹部なら、どの子供がどこの囮に使われるかくらい知っているだろう。
対するもう一方の戦いも最終局面を迎えていた。
天神が速度で圧倒し、岸辺妹は肩で息をしている。
「音が光にスピードで勝てるわけがないのだけれど」
天神は無表情で冷ややかな視線を浴びせた。
そしてギリギリの状態で刀を構える岸辺妹に、重ねて言い放つ。
「それに……月影流が天神流に勝てるわけがないでしょう?」
「ああああ! 月影流・荒涼暗月!」
「天神流・月光断」
今度はキインという音は響かない。
それよりも高く、パキンと音が響いた。
岸辺妹の刀が真っ二つに折れていた。
天神流と月影流。
どうやら妹とは別に因縁がありそうだが、今は後回しだ。
「この子はどこへ行ったの?」
天神は妹の写真を取り出すと、岸辺兄妹に突きつける。
負けを認めた妹の方が、掠れた声で言った。
「ボスが連れて……あなたたちが来る直前に……東地区の中ダンジョンへ……」
「まだ生きてるのね?」
「そこまでは知らない……。でも……ここを出たのはついさっき……」
ここまで言って、消耗のせいか岸辺妹は意識を失った。
もうこの場で立っているのは、俺と天神しかいない。
妹が生きている唯一の可能性が、奇跡的に繋がれた。
中ダンジョン。俺がまだ足を踏み入れたことのない領域。
だけど今はもう、行く以外の選択肢は残されていない。
外でパトカーのサイレンが聞こえる。
アジトに入る直前に、天神がこの場所を通報しておいたのだ。
ここにいる奴らは全員逮捕され、子供たちもちゃんと保護される。
「行くわよ」
「当然だ」
俺と天神は盗賊団との最終決戦場、中ダンジョンへと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます