第9話 天神渚は破壊神になりたいのだと語る。
男を警察に突き出し、さらに幼女の保護もお願いして署を後にする。
時刻は午後10時。
まあまあ遅い時間になってしまった。
ただ男が言っていた引き渡しの時刻は夜中の1時。
もう残り3時間しかない。
「駅の方まで行って場所を確認するか?」
「そうね……。あまり早く行って勘づかれても面倒よ。それよりも私はお腹が空いたのだけれど、あなたはどう?」
「俺も空いてる」
「ならまずはお腹を満たしましょう」
天神はすたすた歩いていく。
慌てて後を追いながら、意外と落ち着いているなと思った。
今の彼女を見て、妹が命の危機に瀕している、あるいは最悪の場合もう亡くなっているかもしれない状況だと思う人はそういないだろう。
まあ、男から情報を聞き出す時も刀は震えていたし、これからの食事だって心を落ち着かせるために必要な時間、もしくは単なる強がりなのかもしれないが。
「で、どこに行くんだ?」
「ラーメンよ」
「ラーメン……意外だな」
「何がかしら?」
「いや、何となく。雰囲気的に」
「よく分からないけれど、ちょうど通り道に美味しい店があるのよ。この辺りでは1番の店ね」
まるで何軒もラーメン屋を食べ歩いているかのような口ぶり。
ますます意外だ。
かなり華奢な部類に入る彼女の体型から、ラーメン通だとは想像もつかない。
「ここよ」
10分ほど歩いて、天神はとある店の前で足を止めた。
黒字で「ラーメン」と書かれた赤提灯が、並んで明るく灯っている。
昔ながらの良い雰囲気がある店だ。
「いらっしゃいませー!」
店に入り、天神は慣れた様子で食券販売機の前に立つ。
一切迷う様子はなく、3回ほど異なるボタンを押した。
醤油ラーメン、大盛り、ライス。
この華奢な体のどこに入るんだろう……?
「何がおすすめだ?」
販売機にとりあえず1000円札を突っ込み、天神に尋ねる。
「どれも美味しいけれど、特におすすめは醤油よ。ラーメン以外だと餃子も絶品ね」
「なるほど」
醤油ラーメン、大盛り、ライスと天神と同じメニューを選択し、さらに餃子を付け加える。
これだけ頼んで1000円で足りたのだから、かなりリーズナブルだ。
財布に優しい。
「固め、多め、濃いめで」
「同じく」
空いている席に座り、店員に好みを伝えつつ食券を渡す。
ラーメンが来るまでの間、天神は何かを考え込むように壁を見つめていた。
俺としても邪魔をするのは忍びないので、時々店内を観察しながら無言を貫く。
「お待たせしましたー。醤油の固め、多め、濃いめですね。ライスと餃子、今お持ちします」
至って普通。特に見た目に変わりはない美味しそうな醤油ラーメンだ。
海苔が3枚とチャーシュー2枚、そしてほうれん草と煮卵が載っている。
「いただきます」
天神はさっさと割り箸を取り、手を合わせて1人食べ始めた。
俺も続いて食べ始める。
「美味っ!」
「言ったじゃない。美味しいって」
脂多め、タレ濃いめの濃厚なスープが、中太の麺によく絡む。
もちもちとした歯触りの麺にとろとろのスープが絡んで、何とも言えない快感が口の中にもたらされた。
それにしてもこれ、相当なカロリーだよな……。
「餃子とライスです」
餃子は1皿に5つ。
野菜の味がしっかりしていて、天神の言う通り絶品だ。
「ここの餃子、美味しいでしょう?」
「ああ……っておい」
天神は何の断りもなく餃子を箸でつかみ、ラーメンのスープに少し浸して口に運ぶ。
さらにもうひとつパクリ。
さすがに3つ目は食べなかったけど、過半数残すことが配慮じゃないからな?
「なあ、天神」
「何かしら?」
「無事に妹さんを助けられたらさ」
「ええ」
「俺と組まないか?」
「はい?」
「俺、一緒に探索者やる仲間を探してるんだよ」
天神は、相変わらずの無表情で俺の話を聞いている。
俺とて、何で急にこいつを勧誘しだしたのか分からない。
ただ、彼女を仲間にしろと勘に近い何かが告げている気がした。
そして俺自身、彼女の持つ雰囲気というかキャラクターに惹かれている。
別にキツイのが好きなドMってわけじゃないけど。
「あなたの探索者としての目標は何?」
「最強になって《
俺は迷うことなく言いきった。
それを聞いて、初めて天神がわずかに笑う。
「上等ね。いいわよ。私、強いから。あなたの仲間になってあげる」
「まずは妹を救ったら、な」
「もちろんよ」
俺は右手を差し出す。
しかし、それが握り返されることはなかった。
天神は無表情に戻ってラーメンをすすっている。
せめて美味しそうな顔をしろよ。
「言っておくけど」
「何だ?」
「《
「当たり前だ。もし良ければ、お前がそこまであの正体も分からない宝を見つけたいのか教えてくれるか?」
天神は少し間を置いて、そしてはっきりと答えた。
「世界を壊したいのよ」
「世界を……壊す……?」
「そう。私の目標はこの新世界を壊し、ダンジョンのない世界を取り戻すこと。以前の世界が100%安全じゃなかったのは分かってるわ。それでも、ダンジョンがなければ盗賊も存在せず、妹や他の子供たちが危険に晒されることはなかったはずよ」
凛とした顔。
鋭い目の奥に見える確固とした決意。
なるほど。
こいつは諦めないな。
誘って正解だ。
「さあ、早く食べて。麺が伸びては店に失礼だし、これからに向けて準備をしたいから」
「分かった」
俺は餃子をスープに浸してかぶりつくと、さらに麺をすするのだった。
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