第8話 失礼。ぶっきらぼう。怖い。『自分勝手。』←New!

 天神の顔は、すぐさま元の無表情に戻った。

 しかし、わずかに刀の切っ先が震えている。

 未だに何の話も見えてこない俺としては、彼女の妹が何か危険にさらされていることと、彼女が動揺していることくらいしか分からない。


「俺は下っ端中の下っ端なんだ。何せ任されてるのが小ダンジョンだからな。お察しの通り、能力もさして強くない。だから持ってる情報も少ないんだよ」

「情報がないわけじゃないのでしょう? 前置きはいいから知っていることを話しなさい」

「悪いけど」


 俺は話に割り込む形で手を挙げた。


「まるで何の話をしてるのか分からない。この男は一体何者で、組織ってのは何なんだ?」


 俺の問いかけに、天神はあからさまにめんどくさげな雰囲気を醸し出しながら答える。


「ダンジョン盗賊は知っているわよね?」

「もちろんだ」

「この男は盗賊団の一員。彼の盗賊団は幼い子供を誘拐し、それを囮にして、やってきた探索者に不意打ちをかけて品物を奪うの。どう? これだけ言えば、もう分かったでしょう? 私は早くこの男から情報を聞き出したいの。邪魔しないでくれるかしら?」

「ああ、悪かった。大体分かった」


 つまりこういうことだ。

 今、俺の元で眠っている幼女とベトベトの男は本物の親子ではない。

 男は誘拐犯であり、幼女は家族から引き離された被害者なのだ。

 俺がダンジョン内でこの子の悲鳴を聞いた時、男が脅して声を上げさせていたのだろう。

 そして男自身は、怪我をした父親のふりをする。

 俺がメガゴブリンと戦っている間に、背後から襲って物を奪うという算段だったのだろう。

 実際、こういう強盗の手口は何度か聞いたことがあった。


 普通であれば、盗賊は直に探索者たちを襲う。

 ただ実力の低い盗賊団であればあるほど、こういう姑息な手段を使うのだそうだ。

 理由は至って簡単。まともに戦ったら勝てないから。

 つまりこの男も、そしてその組織というのも、大した実力ではないのである。

 それにしてもかわいそうなのは、この幼女のように誘拐され恐ろしいダンジョンに連れ込まれる囮役の子供たちだよな。

 話の流れからして、天神の妹もこの盗賊団に囚われているようだ。


「子供たちを隠している場所はどこ?」

「わ、分からない。いつもこういう時は、上の奴が決まった場所に子供を連れてきて、俺に引き渡す。だから場所は本当に知らないんだ」

「信用されてないのね」

「うるせえ!」

「じゃあ、その所定の場所を教えなさい」

「……くそっ。駅の近くにある高架橋の下だよ。『Money』って書かれた落書きが目印の場所だ」

「次に子供を引き取るのはいつ?」

「明日の夜中1:00だ。今日の収穫と引き換えに、報酬と新しい囮を受け取ることになってる」


 聞いているだけでも、頭がおかしくなりそうなほどに残酷な話だ。

 幼い子供たちは、能力を持っていたとしても上手く使えない場合がほとんどだ。

 そしてこの盗賊たちとて、物品を盗んだ後にいちいち子供たちを保護し連れ帰っているわけでもないだろう。

 表に現れないとはいえ、天神の不安は相当なものだろうし、俺としても怒りが込み上げてくるのを感じていた。


「これで俺が言えることは全部だ。他は本当に何も知らないんだよ」

「……そう」


 天神が刀を降ろす。

 その瞬間、男は急いで逃亡しようとした。

 しかし、その腹部を天神の刀が一閃する。


「ガハッ……!」


 強烈な一撃を食らい、男はその場に倒れ込んだ。


「お、おい!」

「安心しなさい。峰打ちよ」


 何だ……。

 思いっきり斬り伏せたのかと思った。

 それにしても、峰打ち云々のセリフを現実で聞く日が来るとは。


「そいつ、どうするんだ?」

「警察に突き出すわ」

「妥当だな。話の流れからの推測だけど、お前の妹がこの組織に囚われてるってことで間違いないか?」

「その通りよ。一応、警察にも伝えてある。だけどなかなか捜査が進まないから、自分でも調べてるのよ」

「なるほど」

「それじゃあ改めて」


 天神は俺に正面から向かい合うと、右手を差し出した。


「名前は天神渚。能力は光よ。よろしく」

「何の自己紹介だ……?」

「あら、ダンジョンであなた言ったじゃない。『追うんだろ。手伝う』って。私が妹の行方を追うのを手伝ってくれるんでしょ?」

「は?」

「さっきの会話を聞いてたら分かると思うけど、私はもう組織に顔が割れてるのよ。あなたのようなまだバレていない協力者ができて、内心とても助かるわ」

「お前な……」


 失礼。ぶっきらぼう。怖い。

 そのイメージに、新しく自分勝手が追加された。

 顔だけはきれいなんだけどな。顔だけは。


 ただ俺としても、今さら断れないのが現実だった。

 抱きかかえている幼女の確かな温もり。

 これ以上、この温かさが奪われるようなことがあってはいけない。


「滝陽哉。能力は泡だ」

「やはり泡なのね。でも泡の能力者なんて、聞いたことがないのだけれど」

「俺も自分以外には知らない。ただ、それなりに付ける能力だってのは見てもらった通りだ」

「ええ。じゃあ改めてよろしく、滝くん」

「よろしく、天神」


 差し出されていた右手を俺は握り返そうとする。

 タッグが結成される瞬間……かと思いきや、すんでのところで天神は手を引っ込めた。


「さあ、行くわよ。ついてきなさい」

「はいはい」


 こいつとの付き合い方、何となく分かってきたような気がする。

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