第7話 天神渚とかいう味方に付くならこっちかなっていう怖い奴。
「人に名前を聞くならまずは自分から名乗れってセリフ、聞いたことないか?」
俺が問いかけると、女剣士は相変わらずの無表情で答えた。
「
天神……珍しい苗字だな。
向こうが名を名乗ったのなら、こちらも名乗らないわけにはいかない。
「俺は滝……」
「やっぱりあなたの名前とかどうでもいいや。そこの2人を閉じ込めてる泡、あなたの能力でしょ? 解除して」
「お前な……」
何とも失礼な奴だ。
ただ争うのも面倒だし、怪我人は早く手当てしなくちゃいけない。
俺はパチンと指を鳴らし、2つの【
「大丈夫?」
天神はすぐに女の子へ駆け寄り、特に怪我が無いことを確かめる。
それから父親の方を向くと……動けないほどの重症だったはずの怪我人が、何ともない様子で立っていた。
天神は刀に手を掛け、父親も間合いを計るように少し後退する。
何がどうなってるんだ……?
「お、お前らな……」
一触即発の雰囲気。
今この場で戦えば、一番の弱者である幼女が巻き込まれてしまう。
天神もそのことは分かっていて、彼女を庇うように立ってはいるが、逆に父親の方には何のためらいもない様子だった。
自分が攻撃を仕掛ければ、娘が巻き込まれる。
あるいは、自分に対して武器を抜こうとしている相手の側に娘がいる。
そんな状況だというのに、まるで迷う様子はない。
重症だったはずが元気に立ち上がり、娘を戦いに巻き込むことを躊躇しない父親。
正体は謎だし失礼だけど、どうやらこの幼女を守ろうとしているらしい天神。
怪しさ満載ではあるが、どちらの側に着くかという点では天神の方に軍配が上がる。
「とりゃっ!」
父親が地面に何かを投げつける。
その瞬間、もくもくと煙が上がった。
どうやら煙幕のようだ。
逃亡しようとしているらしいが、こんな密閉されたダンジョンの中で煙幕をたかれちゃたまったもんじゃない。
「ちっ!」
今すぐにでも追いかけたそうな天神だが、幼女が明らかにぐったりしていて動けそうにない。
おそらく、抱えて追いかけたんじゃ間に合わないだろう。
「天神!」
俺は呼びかけつつ、急いで2人のそばへ移動する。
そして3人を包み込む巨大な泡を展開した。
「【
「どういうつもり?」
「追うんだろ。手伝う」
「あなたが私に味方する理由はないはずだけれど」
「勘だよ」
適当にいなして、俺は泡を操作する。
「浮上、前進!」
通常の泡より強度の高いこの泡なら、人間3人くらい余裕で持ち上げることができる。
ましてや1人は体重の軽い幼女。
泡が破れる心配はない。
そしてこの泡の中なら、煙の影響を一切受けずに突破できる。
「加速するからな。その子、見といてくれ」
泡を動かして進んで行けば、転移門の手前で息を整えている男がいた。
いっそ思い切って逃げればよかったのに、ここで休憩するとは詰めが甘いな。
「何っ!?」
男はかなりのスピードで向かってくる俺たち……というより泡に驚いたようだった。
慌てて転移門をくぐろうとする。
「させるか! 【
ナメクジ型モンスターを倒した時に手に入った、内部がべとべとの粘液で覆われている泡。
スライム以外を倒して手に入れた最初の技だ。
脱出しようともがけばもがくほど、粘液が体に絡みついて身動きが取れなくなる。
案の定、男も泡の中で散々暴れ、そして動けなくなった。
「くそっ!」
分かりやすく悪態をつく男。
もう悪役にしか見えない。
というか悪役だよな。
人を騙した挙句、自分の娘を危険なダンジョンに放置して逃げ出すんだから。
こうなってくると、本当に親娘かどうかも怪しくなってくる。
「その男、このまま地上へと連れてける?」
「泡のままでも転移門はくぐれるから問題ない」
「じゃあそのまま地上へ上がって」
「はいはい」
本当に顔立ちは整ってるんだけど、どこか冷たいというかぶっきらぼうというかツンツンしてるんだよな。
泡を動かしつつ、ちらっと彼女の方を見ると、視線に気づいたのか口を開いた。
「何かしら?」
「いや、別に」
「そう。あ、モンスターが出てきたわよ」
「だな」
ここはダンジョンなのだから、モンスターは出てくる。
こっち側にどんな事情があろうと、モンスターは出てくる。
「【
まとめて焼き払いさらに先へ。
天神がぼそりと呟いた。
「なかなか便利な能力ね」
「まあな。俺もこの能力はすごいと思ってる」
「このシールドの泡に入ったまま、ダンジョンをクリアすれば楽じゃない」
「このレベルのダンジョンならできなくはないけどな。能力はみな一様に体力を使う。泡を維持し続けるのは大変なんだ。今の俺の力量では、中ダンジョン以上でその戦い方をするのは無理だ」
「ふーん、そう」
無表情で全く興味なさそうな気の抜けた返事。
話題を振ってきたからせっかく答えてやったのによ。
幼女の方はといえば、ショックや疲労からぐっすりと眠っている。
そんな子供を膝に乗せ、優しく抱きかかえているのだから天神とて血も涙もない人間ではない……はずだ。多分。おそらく。
地上に戻り、まずは俺たちだけ泡を解除する。
天神は刀に手を掛け、俺の方をちらっと見た。
彼女の前には男が囚われた【
解除して、くらい言えよ。
「子供の前で殺すなよ」
「あなた、私のことをどういう目で見てるのかしら?」
彼女の視線からは、無駄口を叩くなさっさとしろという意志を感じる。
俺は指を弾いて泡を解除した。
泡自体は消えるが、そこから受けた影響は消えない。
粘液だらけべっとべとの男が地面に転がり落ちた。
天神はすかさず刀を抜き、男の喉元に突きつける。
怖い怖い。女の子が寝ていてよかった。
まあ、もし起きていたら天神は別の対応を取ったのかもしれないけど。
「無駄なあがきはやめなさい。全て話してもらうわよ」
「くそっ……分かった! お前が聞きたがってることを話す! だからその代わりに……」
「あなたに交換条件を出す権利はないわ。喋った結果組織に殺されようと、私は一切関知しない」
「そ、そんな」
「さあ、喋らずに今100%死ぬか、喋って死なない確立に賭けるか。賢明なのはどちらかしらね?」
怖いよ怖いよますます怖いよ。
殺すなって言ってるだろうが。
まあ、俺の声などほんのごくわずかしか届いていないんだろうけど。
「分かった! 話す!」
「そう。なら早く」
男も圧力に押され、話すことに決めたようだった。
俺としても、こいつが何者でさっき出てきた“組織”ってのが何なのか、猛烈に気になる。
幼女の様子を見守りつつ、俺は男の声に耳を傾ける。
第一声。
「お前の妹が生きてるかどうかは、俺には分からねえ。死んでる可能性もある」
ここまでまるで無表情だった天神の顔が、わずかに歪んだのだった。
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