第一〇話 赤鬼、躊躇なく殺る
落ちながら異能発動、なんて器用なことはできない。近くにいた氷室さんを抱えて受け身をとった。
「痛った!痛!今のダメージでシンデレラ症候群になったんだが!?!?」
「落ち着いて。床は落下時の衝撃吸収をしっかりできるようにできてるみたいだわ。」
「痛くない!落下ダメージない系のゲームか?」
「...あと五秒以内に速やかに手を離せば許してあげるわ。」
手?
手、と言われたことで思わず指を動かしてしまう。
ふにっ。
...なんだこの柔らかい感触は。
目を開けると俺の上に仰向けで抱えられてる氷室さん。俺の手には氷室さんの胸。
胸。
「百目鬼伊織、躊躇なくいきます!」
感触を脳内保存してから胸に当たっていた手を自らの顔へ。
そのまま己の顔を殴りつけた。
あべしっ!!!
ー・ー・ー
「落下中私を庇おうとして抱えたら」
「はいそうです申し訳ありません。」
「そのまま倒れて手が胸の位置に」
「はいそうです申し訳ありません。」
「手って言われて指を動かしてしまったと」
「はいそうです申し訳ありません。」
初めて女の子の胸を揉んでしまった衝撃と申し訳なさから自らを殴りつけた拳によって数分間伊織は気絶していた。
「私を庇おうとしてくれたのは...その、ありがと。胸のことは事故ってことにしてあげる。」
氷室の姉御...ありがてぇ...。
俺が気絶していた間、他の落ちた受験生は歩き去ったみたいだ。そりゃそうだ。10分しか時間ないし。
10分?
氷室さんの腕時計(持っていたらしい)を見ると8:08。終わった。
「ごめんな。俺が付き合わせたせいで時間に間に合わなくて。一生をかけて償うから。」
「そういうこと軽々しく言わないの。いいのよ、気にしてないわ。あのランニングマシンの関門を越えられなかった受験生もいるはずだもの。ここまで来れただけでも満足よ。」
なんだかしんみりした空気だ。俺はこの瞬間公立の学校に行くことが決まってしまったし、共学の最難関校を受けることさえ叶わなk
『みーなさーん、聞こえてまーすかー?』
うっせえな人が感傷に浸ってんだろ空気読めや。
『学校に一人も受験生が来ないのでー、学校から様子を見に行ったらー、大きな穴が空いてましたー。大変ですねー。大変です。』
語尾を伸ばす口調にイライラする。だからなんだっていうんだ。今年は合格者なしか?
というか、この穴確信犯だろ。自然にできた穴の底に強力な衝撃吸収剤が敷き詰められててたまるか。さりげなくスピーカー設置してんじゃねぇよ。
『大変なのでー、試験開始時刻を1時間遅らせまーす。頑張って脱出してくださーい。穴の中には
...え?まだチャンスある?
あと1時間で穴脱出しろってこと?
「うっしゃあああやってやんぞこらああ!」
「テンションの上がり方!?」
要は穴を脱出して校舎に行けばいいんだ
。
「
本日三度目の変身。だいぶ慣れてきた。
「背中に掴まれ。大ジャンプだ。」
真冬を背負い、ジャンプした。つもりだった。実際は地面から一ミリも浮いていない。
「!この床!」
「...衝撃吸収作用が強すぎるのね。」
ここからは脱出できない。地上が見えているのに皮肉なもんだ。
俺は異能を解除して氷室さんを仰いだ。
「妖がいるって匂わせてきている...。隠されてるけど監視カメラも至る所にあるわ。つまりこれは、おそらく異能の実技試験よ。」
「なるほど。1時間の制限時間内で妖を何体倒して脱出できるか、っていう試験なんだな。」
「多分ね。」
なるほど。じゃあまず妖を見つける必要があるわけだ。俺は氷室さんと共に衝撃吸収材ゾーンを抜けて洞窟の奥の方へ歩く。
今なら主席で合格できそうな気分だ。
ー・ー・ー
数分ほど分かれ道を勘で進む、ということを繰り返すとようやく何かを見つけた。
「俺の目に間違いがなければソーダ味のゼリーが飛び跳ねているようにしか見えないんだが?」
「あれは...スライムよ。」
「ゲームじゃん。」
おっと。脊髄反射でツッコミをしてしまったぜ。
「そう。ゲームのスライムから名付けられたはずよ。液状の体で這うようにして移動して、相手の頭を包んで窒息死させてから体に吸収するの。」
うわぁ...えぐぅ...。殺し方えぐぅ...。
「恐るべきはその群生性よ。一体見つけたら20体いると思え―――」
「言われたことを即時身をもって経験する、という体験は初めてだよ。」
彼女がスライムについてのありがたい話をしている間に、いつの間にかソーダゼリーに囲まれていた。ちくしょう。うまそう。
「いくら可愛らしい見た目だからと言って躊躇してたら......あなたにいう必要はなかったみたいね。」
「ソーダゼリーパーティだぜぇ。」
俺は素早く変身し、スライムに殴りかかる。
ポヨン。
「!?」
スライムは吹っ飛ぶが、ろくなダメージはないように見える。なるほど...体の大部分が水分だ。物理攻撃だと吸収される。どうやって倒す?吸収の限界まで殴る?
「ずっとあなたに助けてもらってばかりだから...そろそろ貢献しなくちゃね。」
「?」
刹那、彼女の体から白い湯気が上がった。それはまるで、寒い日に暖かい息を吐いた時のような湯気。
「
たちまち20体ほどのスライムが凍りついた。
なるほど、体の大部分が水分なら、たちまち凍りついてしまうだろう。そして凍りついた体は―――。
「そういうことかよ。」
破壊音にしては美しい音を立ててスライムは崩れ落ちた。
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