第八話 赤鬼の国立最難関受験

そんなこんなであっという間に二週間が経過し、試験当日。

きてしまったよ、この日が。

警備員の送迎で天原学園の前に降り立った俺は、目の前の景色に息を呑む。

山の中にある広大な敷地、周りの景色に合わない大きな校舎。

そして目の前にあるのは歩道と校内敷地を分ける大きな門。2tトラックも通過できそうな大きさだ。

たくさんの受験生が臆せずに校門を潜っていく。時々何人かが怪訝そうな目で俺を見て、何かを呟く。


「おい、あれ総務省の警備員をカントリーマアムで買収したっていうトドメキじゃね?」

「すげー、奇行種のトドメキ、本物だ。」


奇行種のトドメキ?貴公子じゃなくて?

...大変不本意なあだ名がここらで広がっているらしい。そしてなぜカントリーマアム買収事件がバレているんだ。結局買収しきれなかったのに...。

その後も何人かの受験生が俺の顔に反応したがすぐに歩き去っていく。何人いるんだ、受験生。合格者100人だよな?倍率えぐそう。

まあなんとかなるはずだ。俺のモットーは楽観的思考ポジティブシンキング。ゆったりと行こうじゃないか。



ー・ー・ー



「いたっ。」


緊張で足がもつれて、長い一本道の途中で思わず転んでしまう。ここぞというときにドジをふんでしまうのは私の悪い癖で、小さい頃から治っていない。周りの受験生の冷ややかな視線を感じながら、私は急いで立ちあがろうとする。注目を集めるのは嫌いだ。


「大丈夫?受験当日にコケる、なんて随分縁起が悪いね。」


突然、目の前に受験生の男の子が駆け寄ってきた。黒い髪に目。イケメンと部類されるくらい顔が整っていた。

差し出してくれた手を取り、立ち上がる。

力強い。私、重くないかな...?


思わず見惚れてしまったが、お礼を言わなきゃと思い声を絞り出す。


「あ、ありがとうございます。」


男の子の顔がふっと緩んだ。


「いいってことよ。代わりに手伝って欲しいことがあるんだけど。」

「手伝って欲しいことですか?いいですけど...。」


この人が困っているなら助けてあげるのもいいかもしれない。


「サンキュ。俺は百目鬼伊織とどめきいおり。タメ口でいいよ。」

「私は氷室真冬ひむろまふゆ。手伝って欲しいことって?」

「その前に一つだけ質問が。無許可での異能の行使は禁止されてるよね?」

「ええ。もちろん。」

「ならこのあと異能の行使を許可するものが配られるはず。決行はそのあと。」

「決行?」

「歩きながら説明するよ。」


変な人だ。

受験への緊張は、消えていた。


ー・ー・ー



「受験番号1101、加点10。」


校舎の最上階で、何人かの試験官が双眼鏡で一本道を見ていた。双眼鏡には白髪はくはつの受験生と黒髪の受験生の邂逅を写していた。


「1101〜?あ、二週間前のN市の子だね。C級の。」

「天原受けるんだな。今年は豊作っぽくて何よりだ。」


2人の教師の会話を横目に、試験官は受験生の観察を続ける。


「受験番号3454、減点5。受験番号0086、加点10...」


一人の教師がコーヒーを啜る。


「そろそろ最前列がイベントに差し掛かる頃だな。どう動くか見物だぜ。」


ー・ー・ー



「こちら異能行使許可証です。異能庁から直接許可をもらったもので今日限り学校の敷地内だけで有効です。」

「どうも。」


受け取って、歩き出した俺は氷室さんに語りかける。


「ね?当たったでしょ?」

「じゃあ決行はそろそろ?」

「うん。5分くらい歩いたけど、やっぱり同じ風景を繰り返してる。」

「言われないと気づかないものね...。」


大きな柳の木の横を通りすぎる。先ほどから5回目の通過である。


「氷室さん、こういう異能もあるの?」

「まあ、異能って基本何でもありだから。それにしても百目鬼くん、異能界の常識に随分疎いのね。」

「ん?二週間前だから。」


異能に目覚めたのは二週間前、という意図で言ったのだが氷室さんは理解できていないようだ。そりゃあ、生まれつき異能持ってる人からしたら二週間で国立最難関っておかしいよな(←しつこい)。


「周りの受験生は気づいてないのかしら?」

「わざわざ教える義理もないでしょ。―――よし、そろそろかな。」


捕まりやすそうな大樹に差し掛かり(これも五回目だ)、異能行使許可証を掲げて俺は小鬼形態ゴブリンモードに変身した。練習で成功率は30%だったけど、無事成功したようだ。俺は本番に強いらしい。


うっしゃあ、やるかあ。



ー・ー・ー



「真冬、舌噛み切るぜ。しっかり捕まってろよ?」

「なっ!名前呼び...。」


気が動転する真冬。口調も変わったし、呼び捨てにされた。先ほどのふざけた雰囲気の少年と同一人物とは思えない。服装は変わっていないのに、体が少し大きくなり腕もがっしりとした。肌は真紅に染まり頭には小さいツノが生えている。

伊織は真冬を横向けにし体の前に抱えた。謂わゆるお姫様抱っこというやつだ。真冬は初めてお姫様抱っこされたことに動揺を隠せない。気を紛らわせようと口を開く。


「あなたの能力、鬼?変身系ね...」


しかし伊織は答えない。集中しているようだ。


「行くぜぇ」


ぼそっと呟いて伊織は腰を落とす。同時に真冬は口を閉じてしっかりと捕まった。周りの受験生は道端で女性をお姫様抱っこしている赤鬼を怪訝な目で見つめて足早に通り過ぎた。

伊織がもう1段階腰を落とし踏ん張るのが感じられた。刹那。


ヒュドッッッ!


真冬はのちにこう語る。もう二度とお姫様抱っこされながらジャンプなんかされたくない。逆バンジーの方がまだマシだ、と。


「いいいいいぃぃ!!!」


真冬が声にならない悲鳴を上げ二人は大樹の上についた。


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