少女の姿をした悪魔

「……戻らなきゃ」

「やめとけ、戻ったら死ぬぞ」


ぼんやりとした思考から戻った哲哉てつやは、うわ言のように呟き来た道を戻ろうとしたが、バッサリとそれをカゲが切り捨てる。


「分かってたのか」

「だから最初に謝っただろ。

あーーー、ある程度予想はしてたがそれでも面倒だ」


冷静沈着なカゲが珍しく感情のままに舌打ちをして、忌々しそうに目を細める。

哲哉てつやも、踏み出した足を元に戻し迷いながらも駅の方へと足を進める。

カバンから、スマホを取り出し誰かと電話をしているふりをして怪しまれない工夫を忘れない。


「彼は帯雷体たいらいてい……なんだよな?」

「そうだ。

逆にあれが帯雷体たいらいていでなければ、そちらの方が末恐ろしいだろ」


わいわいと駅に近づくにつれて、都心部程ではないが人気が出てきた。


「彼は?いや、彼らは?」


あの青年が契約したロイデアは一体どのような悪魔なのだ?とカゲに目で訴えるが、彼は軽くこちらを見るだけでその口を開けようとはしない。


「自分で聞け」


少しの間の後にそれだけいうと、瞬きの間にカゲは消えてしまった。

ガタンゴトンと電車の音だけが辺りに響いた。

だらんとスマホを耳にかざしていた手を下に下ろして哲哉てつやは、先程の光景が脳裏によぎったのを頭を振りなんとか排除してもやもやとした、自分の不甲斐なさに歯を噛み締めながら明るい駅へと足を進めるのだった。



わたしからも謝っておこう。

すまなかった、学正がくしょう哲哉てつや隊員」

「え、あ、はい」


次の日、出社すると奥の社長椅子に座っていたのは永全ながたけ知里ちさとではなく、彼女の顔の姿をした別の誰かであった。


「約半年間自己紹介をしなかったことについて詫びを入れよう。

わえの名は、ラプラスの悪魔のロイデア。

永全ながたけ知里ちさとと契約しているロイデアである」


小さな足をブラブラとさせ、椅子をギィと鳴らして少女の形をした悪魔ロイデアは淡々と告げる。


はかり瞬月しづきは、棒付き飴の棒の部分を噛み締めながら知里ちさと哲哉てつやの間にあるソファーに座り、事の成り行きを見守っている。


「えっと……よろしくおねがいします」

「……恨み言のひとつでも出てくるかと思ったが……随分と聞き分けの良い新人なのだな」


背もたれに体重を掛け、悪魔は目を細めて笑う。

その黒い瞳の奥が、ギュッと細った時に黄色く見えた気がした。


「あーー、なんか色々起きすぎて…」


帯雷体たいらいていになって、約半年。

だが、不幸中の幸いなのか人間をやめても哲哉てつやは特に非日常に悩まされる事はなかった。

カゲという、哲哉てつやにしか見えない同居人が出来ただけ、ロイデアの対処は新人の哲哉てつやには荷が重いと判断されて未だ哲哉てつやはしたことがなかった。

故に、昨晩の出来事は青天の霹靂だったのだ。

帯雷体たいらいてい、その力の恐ろしさを身を持って知り、そして自分自身もそうであるという事実に哲哉てつやは少し、気が滅入っていた。


「君に昨晩あそこに行かせたのは他でもなく、彼に会わせる為だ。

そして、その為にわえは君に会わなかった。

君が、何もまだ知らない力を持ってしまっただけの一般人であれば危険は無いと出たからだ」

「出た?」


踏んだからでもなく、予想したわけでもない……出たから?


「ラプラスの悪魔……は知らんな、その顔は」


いつの間にかカゲが横に現れたが、こちらの顔を見るとはぁとため息をつき前を向く。


「ラプラスの悪魔は、ピエール=シモン・ラプラスによって提唱された未来計算機の話だ」

わえには見えないので分からんが……どうせ君の共犯者が何かしらの説明をしているだろうが、わえからも説明しよう」


ラプラスの悪魔は、背もたれから身を起こし見るからに背丈に合っていない机に手を置いた。


「私の能力の説明は受けているであろうが、『未来予測』と言えば分かりやすいだろうか。

未来予知ではなく、あくまでも過去からなる未来をしているだけではあるが…まぁ、そこそこの精度をしているとは自称しているぞ?」


パチンと目をウインクさせて、ラプラスの悪魔は言う。


「何故、昨日の彼に会うのに俺は貴方には会わないほうが良かったのですか?」


たったそれだけで何かが変わるのだろうか?と哲也てつやは単純に疑問に思った。

ラプラスの悪魔は、ああと言うとさらっと告げる。


「それは、あれが正義のロイデアの帯雷体たいらいていだからだな」

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