雷鳴

 目を瞑り、来るはずの衝撃の訪れを静かに待つ。

 しかし、その時はいつまで経っても訪れなかった。


「……へ?」


 代わりに訪れたのは、ベッチャという何かが地面にぶつかる音だった。

 思わず、目を開けてパッと前を見る。

 そこにいたのは、夜風にサラサラと美しい金髪を靡かせている哲哉てつやと然程年の変わらなそうな青年だった。

 見た目は、日本人だが配色がどうにも外国人である。

 染めているか、血が入っているのか……珍しいが決して奇妙という訳ではない普通の青年がそこにはいた。


「大丈夫ですか?」


 の付いた手袋をハンカチで拭いていたが、思った以上に取れなかったらしい彼は手袋を外し素手で哲哉てつやに心配そうな顔をしながら手を差し出す。


「立てますか?怪我は?」

「な、ないです。大丈夫です……それより手袋……」

「特殊な加工をしているので心配しないで下さい、それより災難でしたね」


 青年の手を借り、哲哉てつやは立ち上がる。

 青年に隠れるように、あの堅気ではない男はいつの間にか地面に突っ伏しており赤い液体が少しずつ青年の靴を侵食していた。

 その赤い液体を視認したとき、哲哉てつやは思考が一瞬晴れたような気がしたが、直ぐに元に戻ったので目眩か?と


「うおっ……貴方がこいつを?」

「ええ、血塗れのヒーローなんてカッコ悪いのでいつもはしないのですが、罪無き市民が悪人に襲われるとなれば話は別です」


 哲哉てつやは改めて、しっかりと青年を見る。

 夏には少し暑そうな気もするがラフな長袖の服を着ており、現在は片方は素手であるが確かに革とも違う光り方をしている黒い手袋を嵌めている。

 そして、手袋で覆った手の中には同じく光るが一丁異質に存在感を放っていた。

 だいぶ至る所に血が飛び散っており、だいぶ至近距離で銃を放ったのだなと思い哲哉てつやは少し申し訳なくなる。

 そんな表情が顔に出ていたのだろう、青年は袖で顔に付いた血を拭きながら困ったように笑う。


「そんな顔しないで下さい、元々といえばこちらの……いえ、なんでもないです。

 最近は物騒です、どうか気をつけてお帰りを」

「名前を……」

「正義のヒーローは、名前を名乗らないものです」


 それもそうだなと哲哉てつやは納得した。

 勿論、残念ではあるがとはそういうものだと

 自身を殺そうとした男だったものと、自身を救ってくれた青年をその場に残し軽い足取りでその場を後にし最寄駅までの道を歩く。


 その足に迷いはない。

 その足に迷いはない。

 その場を後にすることに違和感などなく、をそのままにすることに対しての疑問もない。


 ところで話は変わるが、空は雲一つない快晴である。

 何処かでハァとため息が聞こえた気がした。

 パチンと音が鳴る。


「わっ!!雷?え?晴れてるよね?」


 江戸えど区の何処かで、女性はいきなり響いた爆音にビクッと肩を跳ねさせた。

 音はかなり大きかった、結構近くで落ちたのかも知れない。

 何かあったのだろうかと、不安そうな顔で女性はカーテンを閉めた。


 場所は戻り、住宅街のど真ん中。

 今日、ロイデアの騒動があった港エリアと駅の中心辺りに広がっている閑静な住宅街である。


「え……はっ……へぇ?」

「目覚めたか、この契約者」


 尻もちを付いて、目をパチパチと白黒させている哲哉てつやの靄のかかったような頭を雷鳴の音が祓っていく。

 哲哉てつやの目の前には、はぁぁぁと頭に手を置き何ともいえない顔で哲哉てつやを見下ろすカゲが立っていた。

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