閑古鳥

「み、み、み、みてません!!なにも!!はい!!」

「見てんじゃねーか!!おい、待てやゴラァ!!」


 180度顔を回転させ、確実に堅気ではない男とは真反対の大通りに哲也てつやは駆け出す。

 なんだなんだと不審がる人もいるが、そんなことはお構いなしで人混みを分けて再び裏路地へと駆け込み、鎮圧するのを物陰に隠れて待っていて今に至る。


「本日2度目だが、現実逃避は終わったか?」

「終わったよ!」


 ロイデアは、被害は小さかったが持続性が高かったらしく消滅するまでに3時間弱かかった。

 夏といえど、流石に暗くなっており見つからずに帰ること自体はそこまで難易度は高くない。

 だが、この見るからに異常な事態と啓示がこの地に降りているという事を加味するとこのまま下がるのは良くない気が哲也てつやはした、確証があるわけでもなくただの勘でしかないが。


「カゲ、何か知ってたりしないのか?

 さっき、思わせ振りな態度をしていたけど」

「……私に聞く前に、契約者お前の掌にあるその機械に聞いた方がいいのでは無いかな?まずは。

 周りぐらいは見ていてやろう」


 カゲは、スマホを指差すとそう言い残して哲哉てつやの前から姿を消した。


(そうだ、自主性だ自主性)


 カゲは賢くてつい頼ってしまう哲哉てつやであるが、ロイデアにも性質がある。

 学問を型とするロイデアは、思考停止を良しとしない。

 加えて、考えて考えても結局100点満点の正解なんて存在しない『哲学』の学問に属するカゲはその傾向が特に強い。

 詰まるところ、聞く前に考えろということだ。


「まぶしっ」


 箱の物陰、スマホの光を出来るだけ下げてから検索エンジンとSNSを使って何が起きているのかを探してみる。

 中心からは少し外れているとはいえ、曲がりなりにも首都の近辺。

 出てくるのは楽しそうな写真や投稿ばっかりだ。


「……ん?」


 スクロールしていた指が止まる。

 それは、アカウントの名前の方に江戸在住と書かれておりそちらで引っ掛かったようだ。


『最近、夜によく怒号が聞こえてこわ〜い>_<

 江戸区でも繁華街から外れているし、本当になんなんだろう…( ; ; )』


 江戸区 反社とそのままの流れで検索するとサイトなどはなかったが、蓄積されてきたネットの何処かで誰かが置いていったのであろう写真が何枚かヒットした。


「……指定暴力団閑古鳥カッコウ組」

「まあ、そこまで行けたのであれば上々だろう。

 移動する、着いてこい」


 瞬きの間に、いつの間にか見下ろすようにカゲが立っており踵を返して月光の方へとスタスタと歩き出した。

 哲哉てつやも、驚きながらもスマホをカバンにきちんと仕舞ってから彼の後を追う。


「やくざの抗争とかそういう話?

 なら、なんで啓示が降りるんだおかしくないか?」

「元々は、千木ちき県で活動していた反社組織だったがどうにも、何処かで良いお頭に当たったらしい、東宮あずまみや都にもその影響力を広げている。

 主に、港……というより交易手段だな、交易の確保を最優先に動いておりこういった小さめの港は大抵影響下にあると考えて良い」

「結構ヤバめのやくざじゃん……なに?薬の密輸でもしてるの?」


 カゲは、月光に照らされた道の真ん中で突っ立っている。

 影を持たず、世界に存在していない彼を哲哉てつやは不思議そうな顔で見ている。


「最初に謝っとく、すまん。

 そしてこれはアドバイスだ、痛い思いをしたくないのであればな。


 動くな、余計な事は一切喋るな。

 はかりも、啓示も嘘は言っていない」

「何を言って」


 パチンという乾いた音と共にカゲの姿が消える。

 それと同時に、頬に硬いものが擦れて生温かい何かがツゥーと哲哉てつやの肌を伝う。


「手間掛けさせやがって、ふざけんなよ雑魚がぁぁぁ!!」

「やくざ!?」


 視線の先にいたのは、諦め悪く追ってきていたやくざの男であり、驚きすぎて哲哉てつやは足をもつれさせて尻もちを付いた。


「痛っ」

「おいおい、情けねぇなぁ!!」


 男は下品に笑いながら、銃をカチッとリロードしてゆっくりと歩いている。

 掌に力を込めようとした哲哉てつやの頭の中には、先程のカゲのアドバイスが再度流れた。


『動くな、余計な事は一切喋るな』


(ええい、どうにでもなれ)


 パンと乾いた銃の音が、静かな港の夜に鳴り響いた。

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