差異

「……ロイデアは全盛期の力を保持すると聞いたことがあるが?」


 開始の合図をした初老の男性が、口を開ける。


「ええ、それ本当ですよ。

 ロイデアは、常に全盛期の力を保持しています。

 強くなっていくことがあっても、弱くなることはありません」

「なら、差異というのは些かおかしくないかな?

 常に全盛期を維持するのであれば、差異がどうであれど関係ないだろう?」


 記島きじま陽紀はるきは何とも言えない顔で初老の男性の方を見る。

 質問の中身自体は別に大したことはない、よくロイデアに対して間違って認識されている代表例であり、陽紀はるきも幾度となく講演会で説明してきた。

 一般的に、ロイデアの勢力を決めているのは認識と規模だけといわれており、差異は専門家が使う専門語であった。

 最近は、詳しい書物では差異のことを記述していることも増えたが、まだまだ『差異』の重要性は理解されていない。

 何とも言えない顔をしているのは、質問をしてきた彼がそれを知らない訳がなく、分かりやすくいえば周りの奴等の為にわざわざを質問している状況に、そんな所を尊敬すると同時にもう少し周りを信じてやれと陽紀はるきは思う他ないのだ。

 陽紀はるきはこの会議にいつもいる訳ではなく、今回はカナダの帯雷体許可という事件があったため参加している。

 次に参加するタイミングも分からないので、彼としては周りの若造共に知らしめるいい機会だと思っているのだろう。


「……この世界に顕現しているロイデアは、恐ろしく弱体化されています。

 もし、この中にあれらがロイデアの力だと思っている人がいるのであれば、今すぐ考えを改めて下さい。


 最果ての地、白の箱庭、世界の行き着く先……あちらの世界のロイデアは、こちらの世界のロイデアが手榴弾に思える程度には強いです」

「正直に言いましょう。


 もし、ロイデアがの勢力でこちらの世界に顕現した場合…勝ち目はありません。

 最悪人類滅亡、良くて文明崩壊でしょう」


 周りがザワッとした。

 ロイデアは確かに今もなお、人間社会に影響をもたらしてはいるが、一歩一歩ずつ人間側も対処方法を生み出してきた。

 そのせいで、1部では気の緩みが起きている。

 ロイデアは、人間の支配下に堕ちたと思っている人間がいるのだ。


「ロイデアが顕現する際、加えられる弱体化こそが『認知』という要素です。

 これだけが、実態を持ち被害を出すロイデアを弱体化する事が可能な世界の法則最終防衛です」

「ほう」

「全盛期の認識と範囲と、顕現するその時点の認識と範囲、その差異が大きければ大きいほどロイデアは圧力を受け顕現時の個体は弱体化します。

 その原理は未だ解明されておりませんが……ロイデアという存在の生存機構なのかも知れませんし、地球という惑星の安全機構なのかも知れません。

 ただ、この仕組みにより顕現した瞬間に消失する個体がいることもまた事実なのです。

 ……まぁ、これ以上は今は良いでしょう、話がズレますのでね」


 陽紀はるきは、これ以上興味があるなら対策機関当局に講義を申請してくださいと付け加えて話を戻す。


「当局としては、帯雷体の広がりは何としても止めなければいけない事項と判断しております。

 帯雷体の広がりはすなわち、超人社会への移行ということをどうか忘れないで下さい」


 陽紀はるきは、次の対策機関の定例会が大荒れになる未来は避けられないな…とげんなりして話を纏める。


「当局は、ロイデア出現確率の高い国と長く連携をしてきました。

 帯雷体への対処の遅れが出ている事は、日本支部長として謝罪します。

 が、日本が帯雷体を容認は日本だけではなくひいては世界中に対して影響をもたらすということを、どうか頭の片隅に置いておいて欲しいのです」


 陽紀はるきはそういって、頭を下げた。


「慎重かつ正しい英断を、どうかお願いします」


 静かな空間に、誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。

 誰もがかける言葉を模索していた、時に世論にボッコボッコに非難された事がある人物も中には存在しているが、それでも一般人よりは綺麗事ではすまない現実を目の当たりにしてきた。

 日本に住む限り、地震と津波とロイデアという災害から逃れる術はなく、誰も彼もその脅威は身に沁みている。

 ロイデア出現大国の日本にっぽんが帯雷体を許可するということは、日本にっぽん人が思っている以上に世界への影響が大きい。


「……定例会は以上だ」


 初老の男性が、重い空気を打ち破り口を開けた。


 その声にひとり…ひとりと席を立ち、部屋を出ていく。

 その顔は暗く、足取りは重く迷いが皆あった。


 どうしょうもない現実が目の前にある。

 現実が目の前にある。


 そんな彼らを、陽紀はるきは何ともいえない目で見送るのであった。

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