慣れない日常

「こんにちは」

「お、早いな哲哉てつや

「早い……?」


 家から電車に揺られて小1時間。

 新宿あらのやど区の昼下がりのビル街を、頭の頂点にある太陽に照らされて、カゲと2人、1つだけの影を引き連れて歩いてきた。

 哲哉てつやは、結構気に入っている最近何となく顔を覚えらえかけていえるパン屋で昼食を取って来たので昼過ぎであり、少なくとも早くはない筈と首を傾げた。


「あはは、きちんと来ているだけさ。

 昼食はきちんと取って来たか?」

「あ、はい。

 きちんと取って来ました」


 正社員になる前から緩いなとは思っていたが、それでいいのか……と哲也てつやは内心思いながらコクリと頷いた。

 哲哉てつやは半年前からアルバイトとして実質的に働いており、この春から正式にこの会社組織に所属していた。

 勤め先の名前は、株式会社永全ながたけコーポレーション旧新宿あらのやど支部。

 正式名称?を『秘密結社ダーク』。

 永全ながたけ財閥の一人娘であり、海外出張で側に居てやれない永全ながたけ知里ちさとの為に彼女の両親が作った組織というなの召使い達の集まりである。


(秘密結社の方は、知らないそうだ)


 哲哉てつやを出迎えたボサボサの髪と剃りきれていない髭を生やして、Tシャツ短パンサンダル&棒付き飴という何とも治安の悪そうな男性の名前ははかり瞬月しづき


 男子小学生のように、冬場でも頑なに半袖Tシャツだけは変えなかったこの組織の初期メンバーにして、一応これでもNo.2である。

 そして、知る限りではこの組織の1番の常識人だ。


「また飴ですか?」

「当初は禁煙目的で食べてたんだがな…慣れるとこの棒がないとどうにも落ち着かなくてな〜」


 口から取り出した棒付き飴は、既に飴の部分は溶け切っており、残っているのは噛まれすぎて軽く曲がってふやけてしまっている紙製の棒の部分だけであった。


「うげ、紙が歯に挟まった……」

「……気をつけてくださいね本当に」

「へいへい〜」


 言われ慣れている瞬月しづきは、哲也てつやの小言を軽く流すと、当初の目的であった印刷機に向かって歩き出す。


「今の所啓示は来てない。

 まぁ、事務所でゲームするなり寛ぐなりしているといい」

「ありがとうございます」


 今日は、招集日と呼ばれるメンバーが集まる日である。

 最近の報告をしたり、ロイデアひいては帯雷体を取り巻く情勢の情報共有が行われる。


帯雷体たいらいてい


 それはロイデアと契約し、ロイデアと融合したことで超能力的なものを使えるようになった人間のことを指す言葉である。

 ロイデアという化け物により、普通の人間には到底辿り着けない地点へと至った彼らを人間社会は認めず、畏怖して、弾圧してきた。

 帯雷体たいらいていのことを部分的に認める国も少なからず出てきてはいるが、この日本にっぽんは未だロイデアも帯雷体も認めておらず、この国で認められている帯雷体たいらいていは、ロイデアを対処する為に結成された組織『特務機関』に所属する隊員だけである。


 それも、常に管理監視という条件付きであり、帯雷体たいらいていになるということはこの国に自由を明け渡すと言うことと同意義とすら言われる。


「あんまり、風向き良くないなぁ…」


 ボソリと溢れたように呟いた瞬月しづきの声に、哲也てつやはカバンを握っていた手を強める。

 哲也てつや帯雷体たいらいていになって半年近く経った。

 しかし、未だに慣れない。

 何も悪いことはしていない、していないはずなのに人を殺して逃げている殺人犯の様な心境に陥っているのだ、ずっと。


 哲也てつやは、帯雷体たいらいていなんてなんて悪い奴なんだと思っていた側だったため、自身がその悪い奴になっている事実と、帯雷体たいらいていと交流していく中で、一般人となんら変わりのない彼らが何故こんな目に…という気持ちで中々感情整理が出来ていなかった。


「まぁ、保守的なこの国で帯雷体たいらいていの容認は難しいだろうな」


 スワンプマンのロイデアこと、カゲがそんな哲也てつやを嘲笑っているかのような目で笑う。

 カゲは、基本的に哲也てつや以外には見えておらず、それは帯雷体たいらいていでも同様となる。

 唯一、ロイデアには視認されるらしいがこの世界に顕現出来る程の大きさを持つロイデアはそもそも喋れないことの方が多いので、問題ないらしい。


「おはようございます」


 カゲに言葉を返したい気持ちを哲也てつやは我慢する。

 カゲは哲也てつやの心を読める機能は持っておらず、話したいなら話しかけなければいけない。

 なのに、彼は時折哲也てつやの心が分かるようなことをいう。

 今は喋りかけれない。

 カゲのことを横目で睨んでから、奥の扉を開ける。


「あ、おはよう!!哲也てつや!!」


 部屋の奥、豪華な社長机に見合わないまだ幼い少女は哲也てつやをみるとぱぁぁと満面の笑みで笑った。


「おはようございます、知里ちさと隊長」

「うむうむ、今日もお勤めご苦労!!」


 彼女こそ、永全ながたけコーポレーションの一人娘の永全ながたけ知里ちさとであり、この『秘密結社ダーク』の隊長である。


 そして彼女もまた、帯雷体たいらいていなのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る