第8話 いと小さき者

自分の店で売っているモノを不意に落としてしまい、それをとがめるか…と、思われた『キリエ堂』の若い店主代理。

しかし彼女は自分の鱗より作り出された装飾品が、姫君が持っているという『皇の御魂』に反応しているという事を知り、それをとがめるどころか逆に畏れおののいてしまい、またその素振りを誤魔化す為に『装飾品をタダで差し上げる』とまで言ってしまったのです。

けれども姫君はそれを受け取らなかった…お互い同士がそんなに知りもしないというのに、しかも自分が相手に対して失礼にあたるようなことをしてしまったはずなののに逆に親切丁寧になってしまった事に不信感をあらわにさせたのです。


        * * * * * * * * * *


そして―――それから数日が経ったある日の出来事、女頭領の執務室にて何かの提案をする姫君が見受けられるようです。


「ほほぅ―――なんと、ここの住民達に『炊き出し』をして差し上げたい…と、こう申すのですか。」

「はい…日頃からお世話になってばかりですので。 わたくしも何か一つお役に立てれば…と。」

「(へぇ~~)しかし、まぁー--さすがと申しますか…」

「姫君ならではですよね、そんな発想。」


「なんだったらさあ、あたしらも手伝ってあげましょうか?」

「え? でもナオミさんは鑑定士としてのお仕事があるのでは?」

「ああ―――あたしの仕事なんてさ、ここの連中が分捕ってきたモノに真贋の判定をつけるだけのものだからさ、そう大した事じゃあないんだよ。」

「ナオミ殿―――『大した事ではない』とは、これは聞き捨てになりませぬよなぁ。 なんでしたら解任してやってもよいのじゃぞ~?」(ニャ)

「あっ、あれぇ? 聞こえちゃってましたか? ヤだなぁ―――…」(ポリポリ)

「まあっ、お二人ったら…」


「それより―――どうなんです?」

「ええそうですわね、ではよろしくお願いいたします。」

「へへー--やぁりぃ!☆」

「それでは不肖私めも参加させていただきます。」

「えっ?シオンさんも?」

「はい。 一応私はあなた様のお世話係を仰せ付かっていますので。」

「そうですか…ありがとうございます。」

「ふふふ…妾も、手伝って差し上げたい処―――なのじゃが、生憎と頭領としての仕事も手一杯なものでしてな、いや実に残念ではあることよ。」

「い、いえ―――第一にこの事はわたくしが言い出した事なのですし…それに頭領様も組織の上に立つお方なのですから、余りご無理はなさらないで下さい。」

「(…フ―――)姫君が、そう言われるのであれば仕方のなき事よ。」


「それでは―――材料の買出しに行って参りますね。」 「さ・て・と―――あたしはここの厨房に行って準備でもしてますかね…。」

「それでは、私も―――…」


「――――待て、シオン。」


「(え?)は、はい。 済みません、用が済み次第後で追いつきますので…」

「はい、分かりました――――」


さて―――姫君がなした提案とは…

日頃少なからずのお世話になっているという夜ノ街の住民達(早い話が盗賊連中)に対して『炊き出し』をしてあげる…と、言う事でした。

するとその場に偶然居合わせた鑑定士と女頭領の側近も姫君に協力したいと申し出たのです。 そして実の処、女頭領も協力したかった―――ようなのですが…いかんせん自分は組織の上に立ち従う者達をすべからく管理統治せねばならないのでさすがに断念せざるを得なかったようです。


それより、これから下準備にそれぞれが取り掛かろうとしたところ―――女頭領が自分の側近兼姫君のお目付け役に対し待つように促したのです。


「―――いかがなされたと言うのです、。」

「(…)ふッ、まぁよいわ…実はなぁ、シオンよ。 そなた…姫君のお傍についておって―――いや、それよりあのお方と行動を供にしていてどのように感ずるか…率直に忌憚きたんのなきよう述べてもらえまいか。」

「は―――あ…いや、でもお傍につく―――と、申されましても、全くといっていいほど手がかかりませんで…むしろ逆に私めのほうがご厄介になっている有り様で…しかも、あの方と行動を供にしていると実に居心地がよいのです。」

「ふぅむ―――そうか…(やはりな)」

「しかも―――今のようにここの連中が盗賊かぶれであってもご奉仕をして差し上げるなど、今までの我らからではとても考えのつかないことを率先してやりなさるなど…」


「ふむ―――そうか!よしっ! 決めた…決めたぞ!シオン!」

「は?はあ?『決めた』…と、言われましても一体ナニをです?」

「(フッ―――)なぁに決まっておろうが、かねてからの『計画』の事じゃよ。」

「(かねてからの…)そ、それはもしや、ここの独立化を?!」

「うむ―――その通りじゃ。」

「いや…しかし、その一件はカ・ルマよりの協力が得られず断念したはずでは…」

「なぁー--紫苑よ…」

「は…はい。」

「なれば、他の処と折衝すれば良きことではないか―――! カ・ルマは新興勢力ゆえにこちらの条件を飲ませやすい…と、思うておったのじゃが―――そちらがダメならば、まだ近くに2つもあるではないか。」

「は、はあ…でも、『ラー・ジャ』はその矜持きょうじかたさの余りここを快く迎え入れてはくれまい―――と、公主様自身が言い置いたことでは…」

「だったれば―――残りの一つがあるではないか。」

「(もう一つ―――…)は、は…ぁああっ! ま、まさか『フ国』の事を言っておられるので?!」

「それ以外のどこがあるというのじゃ―――」

「い…いけません!いけません! ラー・ジャならともかく…あそこは私達の故国『ヴェルノア』と隣接している事もあり、通商も外交も頻繁に行われているのですよ?!当然あそこの大臣クラスは私などはもとより、公主様―――あなた様のお顔を…」

「知っておったらどうだというのじゃ。 確かに、以前はそのことを気兼ねにしてフ国と結ぶのを妾自身が嫌っておった―――だがの、その時と今とではここを取り巻く環境は明らかに異なってきておるのじゃよ。」

「公主様―――では…」

「うむ、妾の肚は既に決まった! 妾たちの素性が明るみに出るなど、あのお方を前にしてはほんの些事にも過ぎぬ事よ、そうであろう?シオンよ…」


「はっ。(それにしても…なんと晴れやかなお顔なのだ―――宮城に於いても、私はこの方のこんなお顔を拝見したことがないというのに…それほどまでにあの姫君の存在が大であるというのか…)」


「ははは―――! 愉快!いや実に愉快じゃ! 妾は生まれてこの方、こんな想いをしたのは初めてじゃ―――あのお方…姫君と共に生きていくと言う事が、こんなにも清々しく感ぜられるとは…おお―――そうじゃ!なぁシオンよどうであろう、いっそのこと姫君を我等の主と頂きおくと言うのは。」

「は―――はぁああ?! あ、あの…公主―――様? 今 一体なんと…ひ、姫様をこのギルドのかしらとして頂くのですかぁ?!」

「ダメかな?」

「さ、さああー--ど、どんなものでしょう…でも、やはり断られると思いますよ?」

「ううむ―――ならばこの組織一度解体するというのはどうじゃろう?」

「(え―――?)ギ…ギルドを、解体?」

「そうじゃ―――このならず者達のかしらに納まらせるのが不当であれば、一度ばらけさせて従う者だけを選別すればよい…それに幸い、今回の姫君のなしように不服を唱える者などおろうはずもなかろうしなぁ。 その上で―――フ国の傘下として収まる…というのはどうであろうか?」


「(こ…この方は、なんと遠大なる夢を描いておられるのだ!)」


この女頭領と、その側近の会話―――その中には中々に重要な事項が見え隠れしていたのです。

それは―――実は彼女達がどこから来た何者であるというのか―――と、いうことと…このガルバディア大陸に存在する、7つの大国のうちほとんどが名指しで出たということ。(これには、あのカ・ルマも含む)

そしてなにより一番重要だったのが、女頭領が姫君とこれから共に生き、一つの大事業をなそう―――と、言うことだったのです。


          * * * * * * * * * *


そして今までにナゾであった、この者達の素性が明らかに――――…


「(アルディアナ=ヴェルノア;23歳;列強一の軍事力を誇る『ヴェルノア公国』の第一王位継承者)

さぁて―――こうはしておれぬ、このむねを早速フ国のショウ王にしたためておかねばのぅ。」

「(シオン=コーデリア;26歳;上記のアルディアナの良き理解者にして懐刀的存在、今現在はアリエリカのお目付け役も兼ねている。)

公主様―――…(この方は…変わられた。 特にあの姫君と会われて以来――――こんなにも生き生きとした表情は故国を抜け出られた時以来だ…私も今少しばかりこの方の為す事に準じてみるか。)それでは、私めはこれからいかがいたしましょうか?」


「うん?? 何を言うておるか、そなたはこれから姫君のお手伝いをするのであろうが。」

「(あっ!そうだった…)そうでした―――ついうっかりしておりました。」

「フフフ――――しっかりと頼むぞ、シオン。 妾はこれより文章を練らねばならぬからな、それが書き終わり次第『ウェオブリ』に赴いてもらう事になろう。」

「はは――――っ、かしこまりました。 それではこれより準待機をしております。」


こうして――――今まさに、ここに歴史が…時代が動かんとしていたのです。

第一王位継承者とはいえ何一つ自由にならない母国を飛び出し、自分の側近とともに流れ着いたならず者達の巣食う町『夜ノ街』。 そこで彼女達は気の向くままに行動をし―――そして気がつけば…自分達はこのギルドの盗賊共を手足の如く動かせられる存在となっていたのです。

けれども、かの亡国の姫君とお会いになってからは今までの毒気が抜けたかのように清々しい表情になっていたのです。 それであるが故に―――前述したように姫君を自分達の主と頂く事や、盗賊ギルドの解体…そして機を見計らってのフ国への参入など――――これらを話している最中のアルディアナの表情は、それはそれは清々しくも活き活きとしていたのです。


ですが―――この…『盗賊ギルドの解体』という事は、今までに盗賊家業を生業なりわいとしてきた者達にしてみれば、“寝耳に水”であり―――しかもこの時の、この二人の秘事を傍耳そばみみ立てて聴いていた者がいるのをアルディアナとシオンは知る由などなかったのです。


         * * * * * * * * * *


それはさておき――――

先にアルディアナの部屋を出た姫君は、炊き出しの食材を揃える為に街中を歩いていたところ、ある一人の人物と出会っていたのです。


「あのぉ~~~もし?」


「(アリエリカ=ガラドリエル;22歳;元テ・ラ国の姫君であり、今の世の『皇の御魂』を引き継ぐ人物。(とはいえ未だ本人は無自覚))

はい―――(あら?) あの…どちら様で?」


「どうも…私は、小間物屋『キリエ堂』の店主、キリエ―――と、申しますじゃ。」

「(キリエ堂―――)えっ?するとお婆さん、あなたがあのお店の主なのです?」

「えぇ~~そうでございますよ…このような婆で、ビックリなさいましたか?」

「え…あ―――は、はい。 (はっ!)あ…す、すみません失礼なことを―――お気を悪くなされましたか?」

「いえいえ…中々に素直で、よろしゅうございますよ?」


その人物とは、以前に立ち寄った事のある『キリエ堂』―――そこの店主でもあるこの老婆キリエがアリエリカ姫に会いに来たというのです。


なぜなのでしょう?  それは――――


「あの、せ…先立っては、お店の大事な売り物を落としてしまいまして…真に申し訳のないことをしてしまいました。」

「いいえ、いいんですよ…それより、うちのがとんでもなく失礼な事をやらかしたようで…こちらこそ、申し訳なく思っております。」

「そうですか…実は、わたくしも急にあのような事をされましたので―――それで、少し頭に血が上ってしまって…少し言い過ぎました―――と、あのお若い代理の方に申し上げておいて下さい。」

「(…)いいや、いいんですよ…あの時は、あなたのなさり様が正しかったんだ…。 それを―――なぜか急に態度を変えてしまった、あのバカに非があったのさ…。」

「(え?)は、はあ…。」


それはどうやら、自分の孫に当たるあの若い代理の不祥事の謝罪のために、店主であるこの老婆が直々に赴いてきたところのようです。


ですが――――…


この時アリエリカ姫は少しばかり奇妙に感じられたのです。

なぜなら―――今のこの老婆は、あたか、思わせぶりな発言をしたのだから―――…


けれども、いくら深く考えても、どうしてこの老婆があの時の出来事を克明に知りえたか―――の、点と点は線に結びつけることはできなかったのです。


そう……彼女達がではない限りは――――


それからアリエリカとキリエ婆は、もっと互いの事をよく知り合おうと道すがらに会話をしたようです。


「ほぉ~すると何かね? あのギルドの荒くれ者共に炊き出しをしてあげなさると。」

「ええ、ただでさえ国ナシのわたくしに、上等のお部屋や満足な食事まで頂かせてもらっているのです。 それにわたくしはあそこの一員でもありませんのに、皆親切な方ばかりで…」

「(親切…ネぇ~。 ま、恐らく一部の人間だけだろうけども、さ。)ん―――? おや?」


この時アリエリカは施しの主旨を話し、キリエ婆も賛同の意を表そう――――と、そう思った時、近くの茂みから二人が歩いている目の前に、一匹のそれは小さな愛らしい小狐が出てきたのです。

――――が、この小狐…よく見てみると傷やアザだらけになっていたようですが…。


「あっ―――?!」

「(この子は―――『フェザーテイル・フォックス』…スピリッツの一種、それがどうしてこんなにも…)」

「(酷い…どうしたらこんな傷だらけに―――)」

(ピク!)「フ…フゥゥ―――――ッ!」


「あっ!いけません!いけません! この子は小さいからとて気性は荒く、それに―――」


「―――さ、おいで?」 「フゥゥ~~~――――ッ!」

「(なぜかしら…このわたくしに対してもひどく警戒している感じがする―――)さ―――怖くないから…おいで?」


手傷を負い、何かしら人間に対して警戒しているようなスピリッツ。 それでもアリエリカはなだめるように優しく手を差し伸べたのです。

ですが――――…


「フウゥッ!」 「(ッ―――!)」

「フゥゥ――――…」 「ほら、怖くない…怖くない…」

「ゥゥ…ゥ……」 「ほら、怖くない…。」

「……。」 「ね?怖くない―――ただ、怯えていただけなのよね?」

「み…みぅぅ」 「よしよし―――いい子。」


そう、その怯えていたスピリッツはなだめようとしていた姫の指を噛んだのです―――が、姫はその事を気にも留めるでもなく、逆に『怖くないから』と諭すように接したのです。。 その誠意が通じたものか、そのスピリッツは噛むのを止め、患部を優しく舐めあげた後、姫になついたようです。


その一部始終を見ていた、老婆は―――


「(やはり―――この方は今も昔も変わりはない…と、言う事か。)」


この老婆、なにやら不思議なことを言っているようですが、『今も昔も』と言う事は伊達に百年近くも生きてはいないようです。

こうしてスピリッツとの間に生じた誤解も解け、買出しの続きをしようとしたところ。


「みぅ―――!みぅ―――!」 「えっ?どうしたの?」

「みぅ~~!みぅぅ~~~!」 「(どうしたと言うのかしら…この子。)」


「もしかして―――」 「えっ?」

「仲間がいるのでは?」 「(はっ!)と、なるとこの傷は…」

「うぅ~~ンどうでしょうねぇ…? 仲間の助けを呼びに行く為に…」 「そうですか、分かりました。」

「どう―――なされるので?」 「キリエさんは、この子の事をよろしくお願いいたします、わたくしはこの子の仲間を見つけ次第、助けて差し上げたいと思います。」

「でも…この子は、見てくれの通り人間ではないのですよ?」 「―――お願いいたします。」


何かしら―――訴えたげなスピリッツの声に、アリエリカは疑問を抱いたようなのですが…所詮は違う種族同士、完全なる意思の疎通が出来ようはずもなく困り果ててしまうのです。 しかしここでキリエ婆が、自分が今まで培ってきた経験から…なのでしょうか、ひょっとすると傷だらけのスピリッツに仲間がおり、その助けを求める為にこんな所に出てきたのではないか―――と、いう推測を立ててみたのです。

その事を聞き何かを思い立ったアリエリカ、しかしそれは想像上にかたくなく、このスピリッツの仲間を助けよう―――と、言うのでしたが…けれどキリエ婆は『この子は人間の子ではないのだから』と言い、姫君を何とか思い留まらせようとするのですが…実は、この言葉はキリエ婆がアリエリカを試すために言い置いた言葉―――それを証拠にスピリッツをキリエ婆に託し、仲間を救出に向かったアリエリカを見送った後での、この老婆とスピリッツとの会話が―――


{安心をし、お前のお姉さんはきっと助かる…あのお方がきっと助けて下さるよ、乃亜。}

{キリエさまぁ…}


今の会話は人間の言語でなされたものではなく、スピリッツとの間でなされる言語、『精霊言語』であり―――だとすると、その言語を流暢に話せるこの老婆もやはりスピリッツなのでしょうか?


        * * * * * * * * * *


それはさておき一方で、アルディアナの意を汲んだシオンは…


「(フフ―――公主様も存外やんちゃなところがおありだったようね、それにしてもアリエリカ様、公主様の計画をお知りになられたらどういった反応をなされるのか…フフ、これは少し楽しみね。)」


ギルドの女頭領であるアルディアナの無謀とも遠大とも取れる計画を前に、少々浮かれ気味だったようですが…アリエリカと合流するために待ち合わせの場所に差し掛かった時、この街の子供数人が集まって何かをしているのを目撃したのです。


「(うん?何をしているのかしら、あの子達…)」


「へっ―――!この化け物め!」 「そんななりしてオレ達を騙そうッたって、そうは行くか―――!」 「これでも――――喰らいやがれッ!」


「(なんて言う事!あんな小さな女の子1人を数人がかりで? でも―――なぜ…)」


そう、その子供達は手に持っていた棒切れや石、果てまたは足などで―――

倒れてぐったりしている小さな女の子に向かい罵倒を浴びせながら叩いたり蹴ったりしていたのです。

しかも、どうやらその女の子―――かなりの時間暴行を受けていたらしく、ぴくりとも動けなくなっていたようなのです。


「(いやしかし―――無抵抗の者をああまで嬲る理由なんてないはず・・・助けなければ――――)え?」


そしてシオンもこの理不尽な暴力に対しただちに止めさせようとしたところ―――子供等の間から垣間見えたこの小さな女の子の正体にその足と思いを止まらせてしまったのです。


なぜなら―――その小さな女の子の身体には人間の子にはあるまじき、動物…それも狐の耳と尻尾を確認してしまったから…


「(う―――ウソ…に、人間じゃあない? じゃあ、なに―――?あんなに小さいとは言え人外の者がこの街に出回っているというの?)」


スピリッツ―――とはいえどもそれは人外の者。 それがここ―――『夜ノ街』に出てくると言う事などシオンにしてみれば初耳だったのです。

そして、それであるが故に―――――立ち止まってしまった足…しかしこの後シオンは思いもかけない光景を目の当たりにすることとなるのです。

なぜならあのアリエリカが息せき切りながら到着をしたから。


「(はァっ―――はぁッ―――)あなた達…今すぐ、その子からお離れなさい―――」

「ぁあ?なんだ、あんた…」 「『この子から』って、こいつが何モンなのか分かってて言ってんのか?」

「『何者』ですって?」

「あぁ~そうさ、こいつはなぁ人の子じゃあないのさ。」 「見なよ、こいつの頭と尻にあるモノを。」

「狐の―――耳に、尻尾…」

「だっろぉ~~?」 「こいつはなぁ―――人の姿を装ってオレ達を化かそうとした悪い奴なんだ!」


アリエリカはこの小さな女の子の身に降りかかっている災厄を払い退けようと周りにたかっている者達に向かって退くように諭したのです。

けれども―――今まで暴行を働いていた者達はこうも言ったのです。

『自分達を騙そうとした者を、罰してナニが悪いか』と…

するとアリエリカは―――


「だからといって、大勢でこんな小さな子を甚振いたぶる理由がありますかッ!お退きなさいっ―――例え人外の子供といえども、無害なこの子をこれ以上甚振いたぶると言う事はこのわたくしが赦せませんっ!」


それこそは純粋な怒り―――アリエリカがアリエリカであるが故の行動。

例えそれが人外だからとて、小さな子供を―――そんな…種族が違うから…と、たったそれだけの理由で痛めつけてはいいものではない―――と、アリエリカはそう言ったのです。

その気迫は、少なからずも虐めていた子供達をたじろがせたようですが―――


「へっ―――よく言うぜ、のクセによう!」

「な―――なんですって?!」

「だって…そうだろう?オレ達は今までこの街に住んでいたけれども、あんたみたいな綺麗な顔立ちをした女なんて見たこともなかったぜ?! それに、よく聞いてみりゃあそのお上品そうな喋り方、さぞや今までいいトコでお暮らしになってきたんでしょうねぇ! そんな人種に―――はっ!オレ達が今まで、あんたみたいな人間にどんなに虐げられてきたか…おそらくあんたも、自分の家が没落したもんだからこんなトコに落ち延びてきてるんでしょうがよ!」

「そ…そんな、言い方って―――」


少し、この子供達の集団の中では歳の大きなリーダー格の口から漏れた事―――それは『余所者』という心無い言葉、しかも身にまされる『家の没落』…少なからず当たっているその言葉に、アリエリカは――――忘れよう、忘れよう、としていた事…自分の故国テ・ラ滅亡の経緯を克明に思い出さざるを得なかったのです。


今、地べたにてぐったりとしているスピリッツと…あの時自国にて展開された大虐殺と―――そう変わりはないことに胸を痛めるアリエリカ。


「(わたくしは…この子すら、救う事が出来ないと言うの―――?)」


国が亡び、自分以外の全員が皆殺しにされ、それでも生き延びて故国の復興の為にとうのていで行き着いたこの町で、ようやく明日を活きる目標を見つけたと思っていた矢先に、無体な行為を目撃してそれを止めさせようとするも―――心無い言葉のお陰もあって苦い経験おもいでが蘇ってくる…そして今更ながらに思う―――自分は消え逝こうとしているかそけき生命のひとつも救えない存在だと。


しかしその時――――


             ―――コぉラぁ~~~!


「い゛っ―――こっ、この声は…」

「お前達~~いっ!そんなトコで、ナニやっとるんかァァ~~~っ!」

「げっ、やっ―――やっべぇ!キリエのくそババぁだ!」

「なッ―――なんじゃとおぅ~~~ッ! またんか―――ッ!こんのくそガキ共はぁぁ~~~~っ!」

「み、皆、逃げろ~~~っ!」


まさに雷鳴一喝とはこの事か、雷の如き怒鳴り声を上げたのはこの街の外れにある『キリエ堂』店主の老婆だったのです。 しかもこの老婆が自分たちの天敵であることをよく知っているのか、老婆が到着する前に蜘蛛の子を散らしたように逃げ出したようです。


「まぁッたく…今日びのくそガキ共ときたら私の事をくそババァだのといいやがる…」

「…。」

「おおっ――と、あなたの前でこんな汚い言葉…適当ではありませんでしたねぇ。」

「い…いえ、でもそれよりお婆さん、どうしてあなたがここへ?」

「え?えぇ~~そりゃあやっぱり…この婆めにも少し思うところがありましてねぇ~? それよりも…ほら。」

「あ…この子。 そう、仲間を迎えるのに…」 「いいえ―――そうでは、ありませんよ…」

「(え――?)あの…それはどういう意味なのです?」 「ほら、お行き…」


「みぅ! みぅ、みぅぅ~~」


そしてキリエ婆の肩口からひょっこりと顔をのぞかせたのは先程のスピリッツ(小狐形態)だったのです。 するとそのスピリッツはキリエ婆から促されるままに自分の仲間であろう、この動物の耳と尻尾を持った少女の下に駆け寄り、痛めつけられた患部をいたわるように舐めてあげたのです。

するとどうでしょう――― 意識を失っていたはずの少女は取り戻したらしく、薄っすらと目を開け始めたのです。


そして、次の瞬間――――


「みぅ!」(ぽんっ!)

「えぇ―――っ? こ…この子?」


「ね…ねぇちゃまぁ……」 「ノ…ノ・ア―――」

「ね―――ねぇちゃまぁ!ねぇちゃまぁぁ!」

「ああっ、ダメよ! そんなに揺り動かせては…」

「でも…でもぉぉ~」


小狐の感情が高ぶってしまったのか、今そこに横たわっている少女となんら変わりない姿になってしまったようです。 しかも驚くべきことに、この者達は人の言語も話せた―――それに横たわっていた少女は、自分の傷を舐めて癒してくれたのが自分の妹だという事と、その安否が分かり安心してしまったのか…

また、その目を閉じ、そのまま……動かなくなってしまったのです。


そのむごすぎる事実を突きつけられ、何も出来ないでいたこのお方は。


「ね―――ねぇちゃ…う…ぅぅぅ~~~」

「そ…そんな……ゴメンね…ゴメンなさいね、こんな…こんな、ひどすぎる事ってないわよね…赦してなんて、いえないわよね。」


「え――?(このひと…おねぇちゃまのために、ないてる?)」


別に自分がしてしまわれたことではないのに、アリエリカはむごい仕打ちで亡くなったスピリッツの少女のために、自分達の種族『人間』がしてしまった過失に、もう、どうにもならない事に…その目から泪がこぼれてしまったのです。


すると―――その泪は、たった今亡くなったスピリッツの顔に程よく降りかかり…


「(なっ…あれは?!)」 「(ジョカリーヌ様…)」


「ぇえっ?!」 「ね、ねぇちゃま?」


アリエリカ姫の―――いえ、今の世の『皇の御魂』を受け継ぐ者の泪を受け、既に絶命してしまったであろうと思われたその少女の身体が突然に光り輝き、そしてなんと…そのスピリッツの少女は生命反応を取り戻したというのです。


(ぼ~~っ…)「(これは…泪―――? 一体誰の…こんな、あたし達のために…泪を流してくれるのって―――)」


朧げな意識の中で、薄っすらと目を開けたスピリッツの少女の見たものとは―――


「(この、人…この瞳―――この…温かいぬくもり…そうだ―――この方は…)


             ―――ジョ…カ……


「(えっ?!『ジョ…カ……』?)」


「どうやら…気付きなさったようですねぇ…。」

「えっ? あ…は、はい。 わたくしも、一時はどうなる事かと…それが―――本当に、よかったです。」


「あ…キリエ様ぁ―――  みゅゥ…みゅぅみゅぅみゅぅ。」

「あぁ…そうだねぇ、うんうん…よしよし。」

「あ…あの、今、この子と何を話していらっしゃったのです?」

「え?あぁ―――いやぁ、なに…『助けてくれてどうもありがとう、これから私達姉妹あなた様のお傍にいてもよろしいですか』って。」

「そうだったのですか―――分かりました。 この子の負ってしまった深い…深いきずは、せめてわたくしが癒して差し上げようと思います。」

「(フフフ)そうですか…。 いいんだって、『コみゅ』『乃亜』。」


「ありがとう―――ございますっ!」 「ありがとう…ですみぅ。」

「そう、あなた達コみゅちゃんと乃亜ちゃんというのね。 わたくしはアリエリカ―――こちらこそ、よろしくね?」


「ハイっ―――ですみゅ!」 「あいあいさぁ~」


こうして双子のスピリッツ、コみゅと乃亜はアリエリカと一緒に住まう事となるのです。


        * * * * * * * * * *


ですがその前に、コみゅがキリエ婆に『精霊言語』で話しかけていた事…それは本当にその通りだったのでしょうか?

いえ――――実は…


『この方が、今の世に復活なされたジョカリーヌ様なのですね。』


それを、ああした穿うがった解釈で伝えたと言うのは、それはアリエリカがまだ自分の持てる力…いてはこれから自分に降りかからんとする宿命に無自覚だったからに他ならなかったのです。




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