第9話 竹林に隠棲する者

さて、ここで場面を一転させ―――この国は『西国一』との呼び声も高い列強』一つ『ラー・ジャ』……(ここでお気づきの事と思いますが、ナオミとステラが一時その話題で気まずくなってしまったのがこの国名)

その都である『ワコウ』より外れる事数十里に竹林があり、その中には草庵が…そう、なんとこの閑散とした場所に居を構えている人物がいるというのです。

その人物がどうやら今、庵にいるようです。

その様子を垣間見るのには―――程よく鍛え上げられた肉体、七尺(約210cm)はあろうかという体躯、凛とした顔立ちに無精ひげもちらほら―――

そして最も印象深いのはなつめ色の肌―――に、琥珀色の瞳―――

そしてその者が武一辺倒ではないという証に、自室に積み上げられた書物の数々。

その人物とは、一体何者――――


それはそうと、この草庵に誰かが訪ねて来たようです。

ここの主が在宅かどうかを掃き掃除をしている童子に話しかけるその人物。


「あぁ~これこれ、今ここの主人は在宅かな?」

「えっ? あっ、ハイ、先生なら今ご自分の部屋にいると思うよ?」

「ちょっと―――知らない人通しちゃいけないって、先生から言われているでしょ?」

「あっ―――そっか…いっけね。」

「あぁいや、一応は事前に会う約束をしてたのだがなぁ…。」

「えっ?! あっ…そ、そうでしたか、済みません。」

「へへッ、オレしぃ~らね♪」

「コ―――コラッ! (って)ああ―――っ、す、済みません、先生ですね? 先生でしたら奥のほうに―――」


「ねぇ―――誰だろ?あの人…」 「さぁ…でも着物の帯まで黒い―――だ、なんて、ちょっと気持ちが悪いわね。」


そう、今のこの姉弟の会話を聞いての通り、この客人は来ているその着物の帯まで『黒』いそうで…だとすると、今までにも出てきたある国の特徴と重なってきませんか? そう、それは言うまでもなく…『兜』『鎧』『旗指物』『馬具』までもが『漆黒』で統一されているという『カ・ルマ』の特徴と同じ…


それにしてもこの客人、この辺鄙へんぴな場所まで来て何をするつもりなのでしょうか。 けれどそれはご多分に洩れず、この家の主を自国に引き抜こう――― と、言うようですが果たしてどうなのでしょうか。


「私めは―――偉大なる主の命を帯びたる者で外交での人事補佐をしている者です。 本日に於かれましては貴殿のご機嫌よろしい時に訪れた模様で―――…」

「(…)そのような社交的なことは―――よい。 ところで、このような肋家あばらやにそなたは一体何用で参られた。」

「フッフフフ…いや、さすがは―――と申しておきましょうか。 私が、何の目的で訪れたか…既にお察しでいらっしゃる。 貴殿もご存知の通り今は乱世のご時勢、群雄も割拠しておる次第にございます。」

「(……)続けろ。」

「人心は既に麻の如く乱れており、わが国の主はその事を第一にお嘆きにあらされておりまする。 そこで…近隣の各国に私のような者を遣わし、能吏のうり募集つのっている…と、言う次第です。」

「それで―――このワシも、その目に留まった、と?」

「はい、然様さようで。 こちらはわが主直々にしたためたの書状にございます、一度お目通しのほどを。」

「ふむぅ…。」

「聞けば―――あなた様の家系は代々この国の軍師をなされておられる…とか。」

「その噂…どこで?」

「いえいえ、噂などと滅相もない、事実―――で、ございますよ。」

「フフフッ―――『噂などではない』…か。」

「はい―――然様で。」

「皮肉―――な、ものだな。」

「(ぅん?)」

「確かにワシが元いた家は軍師を幾人も輩出してきた、だが―――」

?」

「(フッ)余りに凡愚だったものでな、勘当された始末でなぁ――――と、こう言う事まではご存知なかったようですな。」

「(な、なんと…)い、いやしかし、貴殿の部屋に積んであるこの蔵書の数々は―――」

「はははは!ああ、いや、これか。 実は今更ながらに焦りを覚えてしまってな、必死になって読もうとしてはいるのだが…困った事にはその内容が全く頭の中に入ってこないのだ。 それで今では、もっぱら肘掛や枕にするのに丁度よい高さと硬さなのでな、そちらのほうに重宝している始末よ。」

「(な―――なんと…)」

「…と、こう言ってしまえば少しはがっかりされたかな?」

「!!」

「(…)まぁ、この書状は開かずこのままにしてお返しいたそう。」

「し―――しかし?」

「この凡愚に対し、其許そこもそのような高官をこの庵に迎え入れた事は身に余る光栄と存ずる。 ―――が、しかし、ワシは今はどこにも在籍するつもりは毛頭ない。」

「し、しかしそれではその稀代の才能をこのようなところで喰い潰してしまわれるおつもりか―――タケル=典厩てんきゅう=シノーラ殿!」


その時客人であるカ・ルマからの特使は確かに言ったのです。 今自分の前に坐するなつめ色の肌をした偉丈夫に、その者の本名である『タケル』と…。

そう、この庵の主こそラー・ジャ国随一の名門シノーラ家の嫡流だったのです。

けれど彼自身が言うのには『名家には不相応であるが故に勘当された身』であるとし、しかもどこの国へも仕官をするつもりもないのだとか。


「(タケル=典厩てんきゅう=シノーラ;24歳;男性;以前に使っていた『ステラバスター』とは世を忍ぶ借りの姿)

稀代の才能…フフフ、モノは言いようですな。 まあそなたの主にはいいように言い捨てておいて下され、カ・ルマ国外交特務次官補殿。」

「うう、むむぅ…勿体のないことを、大王はそなたを軍務の責任ある立場で迎えようとして下されておるというのに…それでは失礼いたす。」

「ご期待に応えられず、申し訳ない。」


すると今度はタケルがこの草庵を訪ねてきた者の官職を言い当て、グゥの音も出されぬようにした挙句、ていのよい形でこの時の要求を突っぱねたのです。


そしてカ・ルマからの客人を追い返したあとで―――


「すまないが、入り口に塩を播いといてくれ。」

「え? は、はい。」


『塩を播く』と言う行為は“場を清める”意味があり、やはり―――というか今の乱世の元凶ともなっている処の者を招き入れてしまった事に苦々しいものがあったのには相違なかったようです。


しかし―――今回はこのままでは終わらなかったのです。

それというのもその日から二・三日後、今度はこの国の若者がこの庵を訪れたからなのです。


「ご免―――」

「あ、はい。 (って)あっ、こ…これは。」

「今典厩てんきゅうのヤツは在宅か?」

「はい、少々お待ちを。」


この若者、何者なのでしょうか。 タケルの事をあざなである『典厩てんきゅう』と呼ぶ辺りを見ると余程に親密な間柄のようではあるのですが―――するとこの草庵に住み込みで働いている女性に呼ばれ奥の方からタケルが…そしてこの若者を見た彼の第一声が―――


「なんだ、誰かと思えば弾正だんじょうではないか。」

「(ノブシゲ=弾正だんじょう=タイラー;24歳;男性;タケルとは旧知の、この国の若武者)

久しぶりだな。」

「どうしたんだ、お主程の重臣がこんな処に…。」

「そいつは、お前自身が心得ている事なんじゃないのか。 カ・ルマのやつらが隣接しておる小国をその版図に加え、しかも我等の国ラー・ジャをも蚕食さんしょくしようとしているというのに…それをこともあろうにその家臣の一人と会っていたそうじゃないか。」

「あぁ、そのことか。」

「お、おい!『そのことか』じゃないだろう? 全く…お前というヤツは時機が時機だけにそれはまずいと思わなかったのか?!」

「そんな―――そちらの事情も知らんし、そんなことは思ったこともない。」

「お―――おい…。」

「ただワシが会ってみたかったのは、かの国がどんな矜持を持って世を騒がせているのか知っておきたかったまでの事だ。」

「それでは…」

「無論、カ・ルマに赴く気など毛頭もない――――し、かといって、元の鞘に納まるつもりも…ない。」

「ん、な――――…」

「ワシの役目は…あのお方を死なせてしまったあの時で既に終わっている。」

「ジィルガ―――様…。」


その若武者の名は『ノブシゲ』―――そうこの者こそタケルというおとこを知る唯一無二の親友だったのです。

そのノブシゲが彼に会うなり切り出したこと―――それは、二・三日前にカ・ルマの高官と会っていた事を知ったがゆえに彼を諌めに来た…の、でしたが、実はそれはタケル自身の考えがあっての行動だと言う事を彼の口から聞くに及び、ホッと胸を撫で下ろした次第なのです。

でも…タケルはこうも言い置いたのです、『今更に元の鞘に納まるつもりはない』…と。

それにどうやらタケルが自国の都より離れた処に居を構えていると言うのも、過去の経緯いきさつに問題があったからのようです。


そして――――


「そうか…戻る気はないのか。」

「残念ながら―――」

「そうか―――ならば仕方がないな。 実は一縷の望みを賭けてはいたんだが、お前のその頑固なところは昔と変わらんからな。」

「すまんな。」

「まぁそう言うな、実を言うとな少し安心をしている。」

「ほぅ。」

「お前みたいな切れるヤツを国外に流出させてしまうことにな。 2年前にいきなりここから姿を消したときには肝を潰したものだったのだぞ。 だがまあ、すぐそのあとにお前の後を追った『きょう』から文がしたためられてきたから胸を撫で下ろしたんだがな。」

「フッ―――そうか、分かった。 それじゃあ次にここを空ける時には一言知らせておく事にしよう。」

「ああ、是非ともそうしてもらいたいもんだ―――」


            「「あっはっは」」


「それではそれがしもおいとますることとしよう。 ナニ心配するな、他のヤツらにはそれがしがいいように言いくるめておいてやる。」

「いつもすまんな、『若年寄』殿。」

「うむ、ではこれにて―――」


『若年寄』とはラー・ジャ独特の家臣団の名称のひとつであり、その内の一人でもあるこの『ノブシゲ』という男…成る程、自分以上に頭が切れ、弱冠にして『緋刀ひとう貮蓮にれん』の継承権と『皇の御魂の所持者』の護衛を勤めた経緯のあるタケルという男を『国外に流出させたくない』とは、タケルの実力を認めていたからこそいて出た言葉だったのです。


        * * * * * * * * * *


そして―――旧知の友を見送った男は、ふと空を見上げ。


「(ふむぅ雲の流れが―――速い。 まるで激動の世が到来するのを暗示しているかのようだ……)―――『ぬえ』。」


「(ユミエ=クアトロ=ペルサス;22歳;女性;この草庵の住み込みで働いている女性…と思われていたのだが、本来の名前とは別の名前で呼ばれて反応した彼女は一体何者…?)

…はい。」


「すまないが―――これより、かの地にいるお前達のかしらである『きょう』に繋ぎを取り、至急『巣』に戻ってくるように伝えてくれないか。」

「お頭に―――ですか。」

「うむ、頼めるか。」

「分かりました―――では他の者はいかがいたしましょうか。」

「取り敢えず今の処は、よい。 今はあいつを呼び戻す事の方が先決だ、よろしく頼む。」

「御意―――」


この家のお手伝いかと思われた女性の名はユミエ。 でも今タケルが別の名で呼んでも彼女は反応したのです、そう―――『ぬえ』という名に。

実は、この二ツ名は彼女のもう一つの名であり、どうやらこのユミエの他にもまだ仲間が存在しているようなのです。 ―――が、今は取り分けて彼女の仲間の長であるという『きょう』に連絡つなぎを取るようです。


そして『ぬえ』ことユミエが足を向かわせた先が―――なんと夜ノ街だったのです。(だ…とすると、もう既にこの街の中には彼女の仲間のトップが潜り込んでいるのでしょうか)


一方―――― こちらギルドでは…


「オツカレ様――――と…。 いやぁ~大盛況でしたね。」

「そうですね、皆喜んでお代わりしてくれて―――」

「ウフフ、ええ本当に。 ああ喜んで頂けるならわたくしのやり様もムダではなかったものと、こう思います。」

「そんなことないです。 お蔭でアタシ、お代わりしすぎてお腹が一杯になっちゃいました。」

「あたちも―――」(けぷ)

「まあっ―――この子達ったら、お上手言って…」

「えへへ―――」(ぽ♡) 「えへへ―――」(ぽ♡)

「あはは!この子達、真っ赤になってら――」

「それにしても乃亜ちゃんは、お姉ちゃんにベッタリなのね。」

「みぅ…」

「甘えん坊さん―――なのよね?」

「みぅ!」(ぽ♡)


「はいはい…ご苦労様でした。」

「あっ―――キリエさん、どうもありがとうにございます。 あなた様が加わり台所を仕切っていただけたお蔭で、料理のほうも実にスムーズにお出しする事ができまして…皆様方に成り代わり、あつくお礼のほう―――申し上げさせていただきます。」

「いえいえ―――この婆めも生きておるうちに何か善い事をしとかないと、一体何のためにこの世に生まれてきたのか…分かりませんからねぇ。 これでいよいよ、いつ死んでも報われる―――と、言う事ですよ。」

「おいおい―――縁起でもない話を言うもんじゃないよ?婆さん。」

「そうですよ―――この上はご老体にもまだまだ長生きしてもらって、我々若輩者に生きるすべを教えていただきませんと―――」

「おや、言ってくれるじゃあないかね。 これじゃあすぐにおッ死ぬワケにも行かなくなっちまった…って事かい?」

「つ・ま・り―――そぉゆうコト、だね?」


             「「「あっはっは」」」


「さてと―――それじゃあ、あと残るは…後片付け、だけだね?」


「あっ――! そ~~だった。 そう言やアタシ、明日の朝一でアイテムの真贋つけなきゃならなかったんだったよ―――というわけで…お先ぃッ!」

「あ…そうそう、私もこれからこの事の報告を、アルディアナ様にしなければなりませんでした―――と、言う事で…」


「お―――大人って。」 「ずるい。」


「あっ!こらっ!ちょいとっ?! はあぁ~~全くなんて子達だい、一番面倒な事を年寄りに押し付けるだ、なんて…。」

「いえ―――大丈夫でございますよ。 若干ではございますが有志の方は残っております。」

「えっ? ―――と、申されましてもねぇぇ…あなた様と、このおチビちゃん達に任せるだなんて…あたしにゃどうにも――――」

「いえ、今回の元々の発案はわたくしでございます。 それに当然このような事態に陥ってしまう事は承知の上でしたし…」

「そうですか―――いや、申し訳…ないねぇ。」

「いえ、どういたしまして。」

「お片付け隊長コみゅ、ガンバリます!」 「おなじく、ふくたいちょー乃亜がんばる…みぅ。」

「それにこの子達もヤル気を見せている事ですから…ね。」


そして老婆は思うのでした。 他人の避けて通っていく事を、イヤな顔一つせず―――いえ、自らが進んでこなしてしまうこの方こそ、今世こんよ現人神あらひとがみ足らん事よと。

それであるがゆえにコみゅと乃亜の二人も実情をよく知りえている事もあり、自らが進んで後片付けのお手伝いをしたということです。


         * * * * * * * * * *


明けて―――朝、普段通りに目覚め、髪をくしげずり、衣服を整え、コみゅ・乃亜姉妹を起こして一緒に朝食をり、『さぁ今日は何をしよう』…と思案しながら執務室に行こうとした矢先―――アリエリカのお目付け役であり、アルディアナの側近でもあるシオンが彼女を見るなり急いで駆け寄ってきたのです。


「あぁ!アリエリカ様、丁度よいところに―――」

「あの、どうかなさったのですか?シオンさん。」

「(…。)申し訳ありません、今事情はともかく…取り敢えずはこちらへ―――」


何か…仕切りに周囲まわりを気にし、シオンが誘った処はこれからアリエリカが向かおうとしていた執務室だったのです。


この――― 一種異様な、ただならぬ雰囲気に図らずも緊張してしまうアリエリカ。

そして部屋に入ってみれば、なぜかしら沈痛ちんつう面持おももちのアルディアナがいたのです。


「あの―――どうかなされたのですか?アルディアナさん。」

「ひ…姫君! どういう事じゃシオン、妾は当分面会謝絶と言いおい…」

「いいえ、腹心である私にも語ってもらえない事情―――つまびらかにして頂きたいがために、私が独断でこの方を招き寄せたのです。」

「(ぐっ―――むむぅ…)そうじゃったか、すまぬ。」


「あの、本当に何があったのです?」

「いや――――実は…」


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それは―――今現在の時間軸を遡る事およそ11時間前……

あの慈善事業の後片付けを放棄したとある女性が、自宅に帰ってきたところから始まるのです。


「(ふう~~~煙に撒いちゃったけど…ありゃちょっと悪いことをしちゃったかな。 明日一番に会ったら謝っておこ……ん―――?)」



             ――――――……。


それは―――ここが夜ノ街…盗賊たちがたむろするこの町だからこそ…で、あったからでしょうか――――

自分の…両替商の家屋に、微かに認められる―――人の気配…

『物盗り』―――と、普通ならばそう思われるのです…が――――


「……。(違う―――…アタシと同じプロだ)」


その時、この女性は自分の心にこう言い聞かせたのです『自分と同じ』だ、と。

それは―――同じたぐいの訓練を受けた者が、何らかの目的で自分の棲み家に侵入している―――と…

そのことを認識した上で、通常の人間の歩き方からでは考えられない、まさに足音を殺した歩き方で微かに気配の感ずる方向へと忍び寄るナオミ―――

そしてタイミングを見計らって扉を開いた先には――――なんともありえない光景が…


ここ二年、この地で悠々自適に暮らしてきた自分を―――そんな自分を…完全に切り離してしまえる存在。 

         『家の柱に突き立てられた黒い紙』

自分が、元は何者であるか―――と、言う事を、瞬時に思い起こさせるその黒い紙に―――朱色の染料で書かれた―――たった一つの文字


                『きょう


「(一体誰がこんな事を…待てよ、そういえばタケルはあの姫君が捕らえられて救出された後、行き方知れずになっている…それに、今ラー・ジャに残っているのは『ぬえ』―――ユミエのヤツだけ…と、いうことはだ、一度あそこに戻って来いと言う事…なのかなぁ。 まぁ―――深く考えても仕方がない、大体これは以前からのコンタクト方法だし、一度戻ってみないことには、なんとも言えないな。)」


そう…なんと、ナオミこそが前述しておいた『禽』のリーダー『きょう』だったのです。(それにしても――――驚くべきは、あの竹林の庵からギルドのナオミの住まいまで、馬でも丸一日かかるというのに、『ぬえ』―――ユミエなる者はその足だけでその行程を半日足らずで走破していたというのです)


そして今は―――ナオミ自身も黒い装束に黒い小手、黒い脚絆きゃはん、黒い襟巻き―――をつけ、完全に闇に溶け込む出で立ちでとある場所へと向かったのです。


それは間違いなく―――ギルド頭領執務室へ…


「(うん?)誰じゃ―――」

「アタシです―――」

「なんじゃナオミ殿ではないか。 ―――で?こんな夜分遅くにどうしたというのじゃ。」

「いえ―――実は…ちょっとお話があるんですが、いいですか?」

「うん? ああ構わぬよ、して…何用か?」

「実は…アタシ、もうこの稼業から足を洗おうかと思ってるんです。」

「……ナニ?」

「いえ―――と、言うより辞めなくちゃならなくなった事情ができちゃったんです。」

「……どのような。」

「ワケ―――ですか、故郷くにに残してきたオッ母さんが急に病で倒れちゃった―――って、家に帰ったら、そういう報せが届いてて…」

「ナゼ、そこでそのような嘘を吐く、ナオミ殿。」


情報の撹乱かくらんは、その収集と比べると時には困難なものであり…その事を今回はギルド頭領であるアルディアナにしてみたのですが―――失敗。 早い話、嘘は見抜かれてしまったのです。

それというのもアルディアナは、以前からこの組織で働く者に対しそれが例え今は盗賊家業をしていてもすべからく身元を調査した上で採用するかたちを取っていたのです。

それは当然、ナオミも―――


「(フ――――フフッ…クク)いやぁー--さすがにこの程度じゃあ信用してくれませんでしたねぇ。」

「(ぅん?)ナオミ…殿?」

「でも―――にしちゃあもらえませんかねえ? 列強が一つ、ヴェルノア公国王位第一継承者、公主―――アルディアナ=ヴェルノア様。」

「(ん・な――――!)お…おッ―――そ、そなた…そのような事を、どこで?」

「(フ…)まだまだありますよ、例えばあなたの側近―――なんて名前でしたっけねぇ? ああ、そうだ、確か…シオン=コーデリアじゃなかったですかね。」

「っっ―――…ぐっ!(な…なんという事じゃ―――わ、妾達の素性が…身元が割れておると言うのか?)」

「まああなた方の身元に関してはご安心を―――別にバラすつもりはありませんよ。 ただ、すんなりとアタシの故郷ラー・ジャに帰してくれるだけでいいんです。」

「(ラ、ラー・ジャ!)す…するとそなたは―――」

「一応これでも情報にたずさわる事はしてますんで―――でも、決してスパイなんかじゃないですよ。 アタシはただ―――2年前に自分の故国を飛び出したあいつの後をついてここまでやってきた人間なんで…」

「(『2年前』―――『同郷』?!)ス、ステラ…」

「あの時は―――うっかりと口を滑らせてしまいましてね…お蔭でその後大目玉だ。 それでこんなところでとぐろを巻いてる―――って、始末なんです。」

「うぅ…む。」

「ああ―――それから、そちらに提出しているの…あれ、真っ赤な贋物ですからね、処分してもらってかまいませんよ。」

「な、なんと―――?」

「虚を実と見せる―――またその逆も然り…ま、諜報屋の基本中の基本…てなところですかね。」

「(諜報―――!)するとナオミ殿…そなたはヴェルノアに雇われた……」

「スパイ―――、って言ってるでしょ?それにそうした連中、アタシのアンテナにもかからなかったってことですしね、まあ大方、どこかの優秀な側近に始末された―――ってトコですかね。」

「ち―――違うのか…。」

「それから―――あのお姫さんにはよろしく言っといて下さい…短かったけど実に愉しくありましたよ…ってね。 それじゃ―――」


        * * * * * * * * * *


こうして―――故国ラー・ジャからなかば亡命同然で夜ノ街に来ていた諜報機関の長は、ギルドの連中に実は自分達は何者か…であるのをひた隠しに隠していた頭領と、その側近の素性をつまびらかにし、この会話での主導権イニシアティブを取ったのです。


けれど、そのことはアルディアナの望まないところ―――

少し前、故国を出奔した折に取り沙汰されたある噂―――故国くにを出た自分をいかなる形容かたちにしてでも戻らせるよう父王が布令を出し、それに応えたのがナオミではないか―――と、思ってしまったのです。

しかしナオミはその事を一切否定し―――その上で『実に優秀な側近に始末された後』だと言い置き、その去り際にはアリエリカに感謝の意を自分に成り代わってしてもらえるよう頼んでおいたのです。


「そう…だったのですか、そんなことが―――」

「うむ、ナオミ殿にはお気の毒な事じゃ…これから頼りにさせてもらおう―――と、言う時に、な。」


そう、この時アルディアナは律儀にも―――と、いうよりも、アルディアナ自身ナオミの素性が分かっていなかったのでナオミの言う通りに『ナオミが自分の親元が危篤状態であるためにギルドを離脱した』旨を話したのです。(つまり、この時点でアルディアナはアリエリカにナオミの出身から身元などを話していない…と、言う事になる)


        * * * * * * * * * *


そして―――ナオミがギルドを去って翌日の昼前…くだんの竹林の庵にて―――


「お呼びにより、召致に応じました…。 何か御用ですか、わが主―――タケル。」

「すまんな、折角羽を休めていたところに。」

「いえ…滅相もない。」

「まぁそれは良い。 実を言うとな、一度皆を招集したい…と、思ってお前を呼び戻したのだ。 ユミエ一人では荷がかち過ぎるとワシが判断したのでな。」

「全員―――と申されますと、列強各国に散らばっている同志達を…ですか。」

「そうだ、それをユミエ―――『ぬえ』とお前の二人で為するのだ、やってくれるな。」

「ご下命かめい――― 承りました。」

「それから順路ルートの方はお前達で好きに選択しろ。  あと…一部には国の要職についている者もいるようだから、そういう者には余り強制はさせず―――だがなるべくなら帰ってこさせるように促しておいてくれ。」



「―――というのが今回の指令の内容だ。 そこでアタシは二手に分かれて集めたほうが手っ取り早いと思うんだ。」

「そうですね―――確かに『二人一組ツーマンセル』で廻っていくよりかはそちらの方が…」

「よし――――それとな今回の召集、説得できた者達にはそいつも加わらせろ、そちらの方が後々効率も良くなってくる。」

「そうですか―――ではどちら廻りで行きましょう?」


「アタシは―――“北”を択ぶ。」

「(北…)カ・ルマにいるからですか?!」

「ああ―――今回の大本命、そこから先に廻ってみるつもりだよ。」

「だッ…ダメです!あそこは例えお頭とはいえ―――危険過ぎます!」

「分かっているさ―――危険なのは百をも承知の上だよ。 だけどねぇ、アタシとて『禽』のかしらとしての意地がある、皆まで―――とは行かないかもしれないけれど、あいつの…タケルの希望に添えられるだけの勤めは果たしておきたいのさ。」


タケルの私的諜報集団『禽』の彼女達(ナオミ・ユミエ)以外のメンバーは、七つある『列強』総てに散らばっているようで…それを今回に限り一度自分の手元に戻すとは、それはつまり今まで彼女達が取り入れることのできた情報を『巣』(ここでは『竹林の庵』の事)に持ち帰らせることの示唆でもあったわけなのです。


それにしても―――ナオミは今の世の中の混乱の元凶の温床ともなりえているカ・ルマに単身乗り込もうとしているようです。

いや―――それよりも、いかに任務のためとはいえこの国に既に潜入しているメンバーの方もある意味凄いのですが…


そして―――この二人の…闇の、裏の世界で生きてきた者達は、互いに秘められた任を胸に――――各地へと散らばっていったのです。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る