第7話
新生活も数日が過ぎてくれば通学勘のようなものが育まれてくる。
家を出るのが何時何分までは大丈夫、とか。
電車通学ならばボーダーとなる電車の出発時間を、自転車ならば最寄の信号機のタイミングまで把握して出る者が居るかもしれない。
部活の朝練などが始まればまた変わってくるのだろうが、通学中に見る顔ぶれというのが安定してきた週の半ば、やはりというか、一つの必然性としてその背中を見付けた。
無関係の先輩曰く、男女教師問わずトラブルを引き起こすクソビッチ。
歳不相応な妖艶さを持ち、問題行動とは対極的に学力は学年一位であるという彼女には、俺と同じく前世の記憶がある。
エリクザラート=ゼイヴェルト――――それがかつての彼、いや彼女の名前だ。スィヴェール王国の宰相にして、愚かな王の巻き添えで爆死し、この現代日本への転生を果たした一人。俺の前世に自ら気付き、再びの忠誠を捧げようとして拒絶された。拒絶した、未だアーヴェンの如き愚王を奉じたがる愚かな賢臣だ。
性別が変わっていることで少々戸惑いはするが、新たな生を受けて生きてきたのであれば一々気にするようなことでもない。
前世は前世。俺が私ではないように、彼女は彼ではない、今や一介の女子高生なのだから。
まあ、男女教師問わず云々に頭を抱えたくならないでもないのだが、思えばエリクは老若男女五十人ものハーレムを抱えていた性豪としても知られていたよな。うん、だから男も女もイケちゃうってのはまあ、相変わらずだなと。
宰相ってのはストレスの溜まる仕事だろう。現代でも中間管理職は大変だって言うしな。発散する所は必要だ。
そんな
ないのだが、今のアレ、あの抜け様はどうしたものかと、思わずにはいられない訳だ。
「今日も見事に抜け殻だな」
不意に掛かった声の主へ向き直るより先に、言葉通りの抜け殻じみた様子で歩く
なんかこう、口から白いモヤが漏れ出しているように見えるし、頭は常に微妙な傾きを得ていて、瞳なんて小学生でも描けそうなくらいの黒丸一点。生気が抜けている。空っぽの心に身体が覚えている日常を延々繰り返しているといった所だろうか。
吐息を呑み込んで背後へ視線を逃がす。
「アキト先輩……おはようございます」
「あからさまに嫌そうな顔するなよ」
無関係な先輩から通学中に声を掛けられる後輩の気持ちになって欲しい。
まあ、普通に軽く言葉を交わしているだけだし、彼からは何かを求められたりといったことも無いんだが。
一応周囲へ目をやって、こちらを見詰める動物の類が居ないことは確認した。おそらく、大丈夫。
「学校で有名な問題児がどうなっていようと、ごく普通の、一介の新入生に過ぎない俺としては何の関わりもありませんので」
「先週末に生徒会長がどっかの男子生徒を名指しで連れて行って、直後に有名なクソビッチが追いかけて行った。週が開けてみればあの様だ。というか休みでも通学してたって話だからな。ん?」
なにが『ん?』なんですか、俺の知ったことじゃありませんよ。
「世界平和の為に暗闘を続ける先輩が新たなヒロインを獲得すべく動いてみてはいかがですか。有能だそうじゃないですか」
「おっかない女には近寄らない方針だ」
「ならば脅威度の下がった今は好都合の筈。このまま放置しておくべきですよ」
「そうなんだがな」
アキト先輩は天然らしいパーマ頭をがしがしと掻いて、目元に掛かる前髪の隙間からこちらを見る。
俺を探るというよりは、気遣わしげでいながらも悩んでいるような目で、彼はそっと息を落とすと産毛の生えた顎へ手をやって掻く。
「まあ、いいか」
案外面倒見が良いのかも知れないな。
度々俺へ話しかけてくるのも、一度関わると放置出来ない性分なのかも知れない。
なんとも面倒を抱え込みそうな性格でご苦労なことだ。
俺は違う。
何せ前世は王様になろうってくらいの俺様主義だったからな。
現代日本で王を目指したことのある者はそうはいないだろう。
つまり俺は日本有数の独裁主義者であり、自分勝手で権力を好む俗物だということだ。
元臣下どころか前世での臣下が抜け殻になっていようと、問題なく無視し続けられる。
だからまあ、
「っ……!」
横合いを通り過ぎて行く時に青褪めた彼女が何か言いたそうにしていたって、無言を貫くのに苦労はない。
「なあ無関係な後輩」
「なんですか無関係な先輩」
アキト先輩は眠そうに欠伸をした後、口端を広げてこちらを見る。
笑っているというより、ウーパールーパーみたいな印象で、けれど瞳だけは妙に深い色を湛えている。
底の見えない深海を覗くような気持ちで、俺は歩きながらも彼と向き合った。
「物事を解決するのに必要なのは、ちょっとの実力と、開き直りだ。足りない分は周囲から補えばいい。縮こまって生きるにはお前、流石に若過ぎんだろ」
「余計なお世話です」
春風のように聞き流して、校門でもまた似たような一件がありつつも、俺は今日という日常を続けた。
※ ※ ※
日々は巡る。
通学時には時折アキト先輩が絡んできて、加賀谷先輩とは毎度すれ違う。
初日や翌週は各種委員等の活動で校門に立っていた生徒会長も、今では朝練に戻っているらしい。
クラスメイトの顔を覚えてきてからは通学中に会えば挨拶くらいはするし、会話しながら通学する日もあった。
授業も本格的に始まって、中学卒業から緩みきっていた頭を徐々に勉強という日常に戻しつつある。
担任や各科目教師のニックネームが定まり、あるいは伝達されてきて浸透する。聞こえているだろうに反応しない教師も居れば、突っ込んできて仲良く談笑する教師も居る。授業の合間合間に挟まる小休止や昼休みでは早くもグループが出来てきており、バラバラ好き勝手に動く男子とは違って女子達の集まりは早くも固定されてきた。
『ぴぃっ!?』
特に問題と呼べるような出来事も無く、敢えて言うなればクラスメイトと事実認識の齟齬という悲しき事態に思い悩みこそすれ、青春とはそういうものかと最近は納得してきてもいた。
『ねえねえのせっちゃんてさっ』
『のせっちゃん?』
『一之瀬だからのせっちゃん!』
『ふむ。まあ好きに呼んでくれて構わない』
『濃ゆいなぁっ。まあそれはいいとして、のせっちゃんはウサ子のこと好きなの?』
『すまんが、ウサ子とは?』
『相原さんのこと。下の名前、宇佐美でしょ? だからウサ子』
『成程』
『それで?』
『彼女とは一度腰を据えて話をしてみたいと思っているが、現状好きかどうかは考えていない。敢えて言うなれば、非情に興味深いとは思っている』
『それって特別ってこと……!?』
この会話の時、俺は彼女の持つ卓抜した逃げ足のことを思い浮かべていた。
こちらを巧みに出し抜く機転、時に決まり事さえかなぐり捨てる大胆さ、それでいて注意深く、観察力もある。
只者ではない。
『確かに、他者とは違ったものを感じなくも無い。特別というのなら特別に意識はしているか』
答えた俺に教室内でも大きなグループの女子達が悲鳴じみた声をあげ、聞こえるような聞こえないような、聞かせるような噂話が好き勝手に展開されていく。加賀谷先輩や生徒会長の名まで出ているのはどういう訳か。誤解と曲解と妄想とが、女性陣の娯楽となって燃え広がる。噂話をする程に女の舌は肥えると言うが、脂が乗っていてよく燃え広がるのだろう。自ら焼かれないことを祈るばかりだ。
王族として生きていれば、城内だけでもある事無い事噂されるのは日常茶飯事だった。
殊に女中達の噂話はよく響く。風通しの良い城内だっただけに、日陰者の第二王子なんて話のネタに程好かったのだろう。
前世での事とはいえ、今更あることないこと言われた所で意に介するほどでもない。
『あっ、ウサ子ウサ子! ねえねえねえねえ!!』
お手洗いから戻ってきたらしいツインテール少女、相原 宇佐美が先ほどの女子に捕まった。
『う、ウサ子じゃないよっ、宇佐美だよっ』
抵抗虚しく引き込まれ、もみくちゃにされ、女子の壁に囲まれた彼女は押し潰されたことだろう。
教室内での日常といえばこんな感じ。
二・三人の男友達と昼食を共にすることもあれば、先ほどの女子達に混じることもある。女子グループの中に中学からの片思い相手が居る友人のこともあって、俺ともう一人は積極的に席を囲み、しかし困った事に相手の女子は俺のゴシップに夢中だった。
『はぁい、ホームルームのお時間ですよぉ。今日はクラス委員を決めます。週明けの月曜日には各委員も決めますから、考えといて下さいね』
そんなこんなでゴシップ好きな女子と真面目な眼鏡男子が晴れてクラス委員長となり、
『兄ちゃん見て見て先生がねっ――――』
学校が終われば買い物をしてから幼稚園でコハルを迎え、先生と軽く話をしてから家に帰ると晩御飯を作って食べて、お風呂に入れて、洗濯物をして夜干しにし、動物の存在を探しつつ戸締りをしっかりと確認……宿題と軽い予習と、幼稚園からのお知らせとその準備と、絵本を一緒に読んだり、テレビを見たりする。本や、たまに見る映画とかは、近くの図書館で借りられる。といってもそこそこ距離があるからたまに行くだけだ。
『コハル、明日はどこか出掛けたい所あるか?』
『…………んーん。家にいる』
『そっか。食べたいものとかは』
『そーめん』
『分かった。朝はちゃんと食べて、お昼に素麺かな』
『あのね、兄ちゃん』
『うん?』
『そーめん、作っていい?』
『コハルが?』
『うん。ゆでて、水であらって、しょーがする』
『ほーっ、自分で調べたのか?』
『んーん。せんせーに聞いたの』
『そっか。じゃあお昼はコハルに頼もうかな』
コハルのお手伝いに部屋の掃除だけじゃなく、料理も加わった日である。
『うんっ!!』
嬉しそうに、力一杯笑うコハルは見ているだけで元気を貰える。
翌日の昼、踏み台の上でふらふらする姿には何度手を出そうと思ったかは分からないが、出来上がった素麺は実に程好く、悪戦苦闘していたおろし生姜と市販のめんつゆでありがたく頂戴した。
朝から張り切ってお手伝いをしてくれていたコハルは昼食後すぐに牛への変貌を遂げて、俺も借りてきた本を十数ページ読んだところで脇へやり、並んで寝転んだ。
堕落を味わい、のんびりと時を過ごし、そして――――週がまた巡り、月曜日になった。
※ ※ ※
月曜日の学業は全校朝礼から始まった。
今週から委員会の活動が改めて始まること、既に始めている所もあるが仮入部受付が正式に始まること、そして、次期生徒会選挙が今週末には行われることが告知された。
今日まで活動していたのは去年からの委員であり、生徒会ということか。
後はお決まりの校長長話が披露され、やや疲れの溜まってきた頃になって、更なる追い討ちが慣行された。
現生徒会長による演説である。
別段、選挙活動ではない。
始業式にもあったという、この学校特有の事らしい。
「現実に全校朝礼で演説する生徒会長が居るとはな」
一生徒へ負わせるには荷が重い。問題行動に繋がる危険もあるし、十人そこらの友人相手ならともかく数百人の男女へ向けての目的もはっきりしない演説など、やれと言われて出来るものではないだろうに。
とはいえ
やれと言われれば長話の一つ二つは難なくこなせる話術は持っているだろう。
「そいや、のせっちゃんって始業式はパクられてたんだっけ?」
ぼやきを拾ったらしいゴシップ好きの女子が応じてくる。
「教育熱心な体育教師と日本の未来について語り合っていただけだ」
「濃ゆいなぁ。まあそれはいいとして、始業式でも喋ってたんだよ、生徒会長の人」
「ふむ」
聞いていた話だが、そうなると定期的にコレが入ることになるのか。
生徒会選挙が始まるという告知と共に行われる現生徒会長による演説。心理的なハードルが上がること間違いなしだな。
「生徒会長の人って、イイトコのお嬢様なんだって。この学校の土地も元々は持ってて、寄付したんだって」
「大地主か。背景を調べれば昔は領主なり、大店の主なりに繋がっていそうな話だな」
「お武家様って聞いたよ? 山に道場あったりして、大変なんだって」
幾分説明が自己完結しているが、まあ言わんとする所は分かる。
「厳しく躾けられ、立場的にも学生を牽引する生徒会長となり、学校側も特別扱いをして演説もさせる。実家からの要請もありそうな話だ」
やっていることは貴族教育にも類するものか。
現代日本で未だにそんなことが行われているとは。
しかし場合によっては数万数十万もの人間に影響を与える立場なのだから、後継者やその類型に厳しい教育を課すのは当然とも言える。
普通なら同情するところだが、
「アイツなら問題あるまい」
「ん? のせっちゃんなんて?」
「腹が減ったと思ってな」
「色気より食い気かぁ」
壇上へ上がっていく後ろ姿を遠巻きに眺める。
三年生の並ぶ右側から出てきたので距離はあるが、その足元が妙にふらついていることに気付いた。
しっかりしろ。
苛立ちを覚えながらも瞑目すると、何かトラブルがあったらしく声が広がり、その中に嘲笑が含まれているのを聞く。
一年生は、見目の良い先輩とあって反応も純粋だが、二年三年はこれまでを知るだけに気安く、気楽に殴りつけていける。
加賀谷……先輩、もそうだったが、前世の記憶を取り戻した者は未だ成長途中である学生らの中で傑出する。人生経験というのは存外に大きいものだ。経験の数を重ねているというだけで、判断力は別としてもうろたえることは減る。落ち着けば思考も回りやすく、自己の判断を下す基準も多く持てる。大人達の思考、子ども達の思考、経験しているからこそどちらも理解出来る。
学力や運動などで分かり易い部分で抜きん出ることは無くとも、やはり学生という年頃は未熟さが目立つ。
時代として、既に成人とされているような環境であっても、自覚も覚悟もまだまだ不足しているのが常なのだ。
まともに対峙した時間は短いが、それでも十分に理解出来る。
彼女は、ウィリアム=バクスターという男の人生経験を内に持つ、
しかし才は時に嫉妬を生む。
厳しい身分社会であろうと嫉妬心からくる各種行動は起きていた。
実状は別として、身分という感覚の薄れた現代社会では、どこまであからさまなものになるのだろうか。
藤堂……先輩は明らかに体調を崩していて、マイクを握る手は遠目にも震えているのが分かった。
彼女の視線があきらかにこちらへ向くのを察して顔を伏せたが、しばしの沈黙の後に僅かでも持ち直したのか、噛み締めるような演説が始まった。
『始業式から一週間と少しが経過しました――――』
生真面目で、有能で、金持ちで、良家の令嬢と呼んで差し支えない、生徒会長という周囲から突出した立場に在る女が見せるあからさまな失態。
加賀谷先輩とて互いの前世を看破するまでは嫌味を言っていたのだ。
今彼女の声が無いことに安堵しながらも、同じようなことを思われるのは避けられない。
きっと道の小石を蹴飛ばすのと変わりない悪意で以って、高みへ向けて石を投げる。
静まりきらない周囲も迷彩に丁度良い。
周囲から一つ二つ声が上がれば、もう躊躇なんてしなくなる。
同調を
流石に目立って騒ぎ始めるほど非常識な者は居なかったし、嘲笑の一つくらいでは注意を飛ばすほどでもない。
ましてや教師連中にとっても扱いに困りそうな生徒会長自らの演説が、今も滞る事無く続いているのだから。
中断させて、横槍を入れて、予想外の所から攻撃を受けるのは怖い。
彼らとて生活があるのだから、この程度のことで人生を懸けた行動には出られない。
あるいはこういうことをさせる家だからこそ、自力で解決させるべく沈黙を選んでいるのか。
『――――それでは皆さん、ご清聴ありがとうございました』
結構騒いでたよね、などと言う声を聞きながら、俺は壇上を降りていく彼女を見た。
上級生らの列で姿が見えなくなっても、じっと、見続けていた。
「……よくやりきった」
解散を告げるマイク音声へ潜ませ声を落とす。
「のせっちゃんてさ、結構真面目?」
「どうだろう。普通だと思うが、どうしてだ」
「なんか今、すっごく怒ってるっぽいから。先輩達、煩かったよね。なんか体調悪そうなのに、頑張って話してるのにさ」
そっと苦笑すると、肩の力が抜けたのを感じる。
俺は何も言わなかったが、彼女は彼女で勝手に納得したのか、嬉しそうに肩を叩いてくる。
「濃ゆいけど、いい人だね、のせっちゃんてさ!」
あははと笑い、ゴシップ好きな少女は足取り軽く歩いていった。
「
※ ※ ※
渡井 杏子がチョークを手に、黒板へ綺麗な字を書いていく。
担任のゆるふわ教師は窓際へ持っていった椅子へ腰掛け、既に営業終了モードに移行している。
「えーと、それじゃあ各種委員を決めたいんだけど、なんか希望者とか居るかな?」
問われた所で教室からの反応は薄い。
仕方ないだろう。
仲良しグループじみたものは形成されつつあるが、未だ入学から一週間と少し。
中学で経験している分、各種委員がどのようなものかは多少想像出来るものの、高校という舞台でどのように変化するかと思えば躊躇や困惑が先立つものだ。加えて言えば、謙虚堅実を好む民族柄からしても率先して発言する者は少数。まして始まったばかりの学校生活で己を存分に振るえる者がどれだけ居るだろうか。
ところが彼女は携帯を堂々と取り出すと、画面を見ながら言葉を放った。
「ケイちゃん確か図書委員に興味あるんだよね。やってみる? やってみちゃう? 他に希望者とか居るかな? 居たらじゃんけんか、くじ引きで決めちゃうけどっ」
言いつつ勝手に名前を黒板へ記入し、更に数名を名指しで委員へ推薦していく。
途中から真面目眼鏡なもう一人のクラス委員長が筆記を引き継ぎ、どうやら予め状況を見越して情報収集をしていたらしい渡井はいつもの、いつもになりつつある調子で話を振って、混ぜっ返して、明るい雰囲気を振り撒きながら話を進めていった。
あらかた埋まってきた所で彼女はチョークをもう一本取り、黒板の右上に『(仮)』と書き加える。
「ごめんねー。話せてない人居るし、言い難かった人とか居ると思うから、あくまでこうゆーのいいんじゃねーってだけだから。その場の話ってのもあるし、あくまで適当に埋めたのだから。で、ここからが本番です。ハイッ、カツオくん!」
指名されて教卓上に積んでいた紙を席の先頭へ回していくもう一人のクラス委員長ことカツオ。
カツオ、そうかお前、カツオだったのか。
五十音順で俺の次に来るクラスメイトの名前を思い、なんとなく納得する。
なんというかお前、カツオって名前がとても似合うような、いやむしろ野球誘いにくる方だろというツッコミを考えなくもないが、まあどうでも良い話だ。
おいカツオぉ、と同中らしい生徒からの野次を受けつつ、彼も彼で適当にいなして紙を回し終えた。
窓際最後尾である俺は最後に紙を受け取ることになったのだが、ソレが何も書かれていない白紙だったことに気付き、
「それじゃあ右上に名前を書きましょう!」
言われるまま『一之瀬 仁』と記入した。
「次に第一希望! 第二希望! 第三希望まで書いてね! 被ったらじゃんけんかくじびきね」
成程効率的だ。
俺は黒板に列記された各委員と、仮指名の名前を眺めながら、コハルのことを思い浮かべる。
おそらく他の者も己の生活スタイルや部活動を考えているだろう。
渡井のやり方は少々強引だが、あれで人気のありそうな委員は比較的空けてある。文化祭委員だとか、そういう所をだ。最初に指名していた図書委員はクラスでも大人しい印象のある人だったから、もしかすると意思表示の薄い層から優先的に情報を集めていたのかも知れない。
だとすると本当にやりたい者ならば名前があろうと構わず希望を書くだろうし、消極的な者は空いている所から比較的楽そうな委員を選ぶだろう。
俺も放課後は買い物や幼稚園へのお迎えがある為にそう長い時間を拘束されそうな委員は選べない。
体育委員は体育祭があるとして、理科委員などは授業の準備くらいで程好いのではないだろうか。
思いつつどこか適当に希望を書いていき、回収の音頭と共に紙を前へ回していった。
そこまでやっておいて渡井は不意に、
「あ」
と、積み上がった紙の束を前に溢す。
にかーっと誤魔化すような笑みを浮かべて頭を掻く。
「ごめんコレ集計するの大変そうだし――――せんせー、委員決めるの明日でいいですか?」
「はぁい。一日くらいなら平気ですよー。水曜日に委員会の顔合わせがありますから、それまでには決めて下さいね」
「はーい」
応じつつ笑みを濃くして、
「とりあえず今日の所は解散っ! と言いたい所なんだけど、今日から始まる筈だった日直の人、コレやるの手伝って欲しいなー!」
つまりは俺と、
「ぴぃっ!?」
ウサ子こと相原 宇佐美をご指名、ということか。
「ウサ子ー、暇あるの知ってるよぉ? 逃がさないよぉ? のせっちゃんは知らないけど、三十分くらいなら平気だよね?」
「ウサ子じゃないよっ、宇佐美だよっ」
コイツ、狙ってたな。
ともあれ有名無実状態だった日直に多少の業務が加わることで、大手を振って順番を回せるのなら三十分はまあ使えない時間ではない。
冷蔵庫には食材が残っているし、予定外に伸びたことも考えて幼稚園へ連絡を入れておく程度か。
「分かった。少し時間をくれれば、その後で手伝おう」
「さっすがのせっちゃん! うーんアガってきたあ!」
なにが流石なのか、アガってくるのかは知らないが、兎に角渡井は楽しそうで、真面目眼鏡カツオが眩しそうにその姿を眺めていた。
「ふむ」
加えて彼女と話せる機会を得られたのは悪くない条件だ。
思いつつ対角線上の廊下側最前列へ目をやると、ツインテール少女とばっちり目が合ってから逸らされた。
何故だ。
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