冗談

 人間は基本的に純粋で、人を疑うことはあまりない。詐欺師からの誘いや新興宗教に魅入られた信者からの救済のお話も初めは、ほんの入口は、ただ純粋に、信じる。それは希望的観測からくる心ではない。詐欺師には、人間というものは皆善で、相手も自分も同じ人間なのだから、騙すはずがないと。信者には、その人が、自分と同じ立派な人間が騙されているはずがないと、疑わないのだ。ではなぜ辞書に騙す、や、嘘、という言葉が作られているのかというと。どこに信じる心と疑う心の境目があるのかというと。これは曖昧でなんとも論理的ではないのだけど。規模の話である。人はお金儲けの話や幸せになれる方法には耳を傾けるが、それが身の丈に合わない額や幸福のレベルであると聞くや否や一気にそっぽを向く。うまい話があるわけがないと。だから人は基本的には騙されない。

 しかし世の中にはそう言った利益につけ込む嘘ばかりではない。ただ単純に人を騙すこと自体に気持ち良くなる奴らがいる。そう言った奴らの嘘の規模はピンキリ。大きい嘘ならわかるが小さい嘘は当たり前だが本当にわからない。小さいというかしょうもない。しかもそれが上手いやつは人にレベルを合わせられる。これでは疑うことができない。初めの純粋な気持ちのまま、そいつに魅入られていくのである。そいつにネタバラシされるまでわからないであろう。では逆にそれが下手(これは上手の対義語で使うにあたっての便宜上なものであって、自分は上手な奴らよりも賢い奴だとおもう)な奴というのは、あからさまな、嘘だと分かりきった嘘をついて、自身どころか、周りの奴らまで笑わせる奴である。こういうやつに出会ったらまずは礼儀として騙されるふり(これもあからさまに)をし、そして何もなかったかのように、誰も突っ込まず、アイコンタクトで今のは嘘だと確認して話を終わらせるのだ。

 だから、だから。

 自分の友人、比良明太からあのようなことを告げられた時は疑いながらもその礼儀を持って

「まじかヨォ!そんじゃ俺らは主人公ってことか!?」

 と彼の舞台に乗ってあげたのである。

 しかし、しかし。

「そうだよ」

 彼の目は瞬きを忘れたのかと思うくらい固まり、大きく開き、じぃっと自分を見つめるのであった。

 

 

「本気で言ってるのか」

 明太からの発見を聞いて1分。とてつもなく長く感じた沈黙の1分。自分は聞いた。

「うん。そうだってば」

 

「ふ、ふふ。ばっかじゃねえの。ネタだろ?せっかく乗ってあげたのに。変に伸ばして笑いどころ失ってるんだろ。はぁ、これだから不登校は。人の接し方というものがまるでわかっちゃいない」

「………」

「冗談だよ……で、何じゃあそうなるとどうなるの。何か不味いの」

「別に」

「……何が言いたいんだよ。話膨らませることもないのか」

「僕は事実を言っただけだよ。何かを期待しているわけではないよ。でも強いて言うなら……」

「意味っわっかんねえよ。じゃあいいよ小説としよう。俺たちがキャラクタだとしよう。え?じゃあなに。この会話。意味わかんねえだろ。どんな物語だよ」

「それは僕にも分からない。筆者じゃないから」

「もう一度聞く。本気で言ってるのか」

「うん」

 彼はいまだに自分の目をまっすぐ見てくる。しかし耐えきれなかった。

「………やっぱだめだ。タイミング失っただけだろ。ボケの。もういいよ」

「だから違うって」

「じゃあ証拠は!証拠はどこにあるんだよ!?」

「…これと言ったものはない」

「じゃあなんで!?」

「勘。推理。なんとなく。でも確実だと思う」

「意味わかんねえ。もういいよ自分帰るよ」

 自分は学校のカバンを手に持って、痺れた足を誤魔化しながらノブに手を伸ばした

「……無駄だと思うよ」

「はぁ?何言ってんの。帰ることくらいできるわ」

「だって多分だけど、主題に入ったから」

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メタの脱出 小西 @konishi817

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