メタの脱出
小西
発見
けたたましい音が六畳の部屋を駆け巡る。
朝の八時。自分はいつもこの時間に目覚ましをセットし起床する。そしていつも同じような気分で起床する。
心地の悪い起床
悪夢を見たわけではない。どころか夢を見た記憶もない。ただ不安と焦りと空しさが伴う目覚めなのだ。
ベッドから降りて水道水を一杯、無理やり体に流し込む。乾いたのどは踊るが胸と頭は悲鳴をあげる。カーテンを開ける。同時に目の虹彩も無理に開けて痛いが何故かなんとも心地良い。常温の食パンを口に入れまた乾かす。高校の制服に着替え昨日造っておいた荷物をせおい外に出る。
もうこの頃には心の黒い霧は吹き飛んでいる。
八時十五分。登校路。挨拶されたので振り返る。そこには幼稚園からの幼馴染である比呂 韻子がいた。容姿、頭脳、運動。すべてにおいてトップクラスである彼女は性別問わず人気の学校のアイドルである。高校生になってあまり話さなくなったが仲が悪いわけではなくこうやってたまに家が近いために一緒に登校する。彼女は急かす。
八時二十五分。いつも通り五分前に学校につけた。同じクラスである韻子とともに教室に入る。「またいないね」韻子はクラスの廊下側で前から二列目の席を見ながらこぼす。そこの主人は比良 明太。彼もまた自分の幼稚園からの幼馴染で、よく昔は自分、韻子、明太の三人で遊んでいた。しかし高校生になってからは欠席が目立ち、ついに現在高校二年生の春からは完全に不登校状態となっている。理由はわからない。病弱でもない。心が弱いわけでもない。なぜかどうしてか彼は休む。韻子はまた急かした。どうやら担任が来たらしい。
一限。二限。三限。四限。昼休み。五限。六限。小学五年生から現れた六限目ももう慣れた。夕方三時五十分。チャイムがオレンジ色の街に学校の終わりを知らせる。といっても部活動は行われるしそれにあたっている教師もその他業務が残っている教師も残るわけで、どころかスポーツ少年少女はこれから青春が始まるのだ。
登校時よりもなぜか重く感じるリュックを背負い教室を出る。「またいくの」韻子は廊下を歩く自分に話しかけた。行くの、とは明太の家であり、また、とは自分は今年の春から現在秋の十一月にいたるまで配布されたプリントを届けるために毎日通っているのである。「もちろん。来る?」「・・・よしとく。部活あるから」彼女は逡巡した様子だったが、すぐに自分とは反対方向に歩いて行った。何とも言えない表情だった。
夕方四時十分。明太の家の前につく。配布されたプリントを配るといってもそれは名目上であって、本来の目的は会話することである。インターホン越しに。姿は見せてくれない。しかも一言二言で終わる日もある。だが自分はそれでもうれしかった。休む理由を教えてくれないのは幼馴染として親友として悲しいが、こうやって毎日元気に話すことができて、また昔のように仲よく遊ぶ日が来るのではないかという淡い気持ちが湧くからである。
ピンポーン
乾いた音が鳴る。少し緊張する。いつも出てくれるからといっていつ出てこなくなるかわからない。いつも出る、それが仇となり今日返答がないということは一大事を指す。学校にはもう来ない。昔のようには戻らない。という想像をしてしまう。
しかし杞憂の空。インターホンを鳴らして数秒、家の中からドタドタと音がして
やぁ!待っていたよ
とまた元気よく返事してくれたのであった。
体育祭。不審者。テスト。学校に行っていない奴にはほとんど無関係であるような情報を与えた後、ゲーム、本、映画、と互いの趣味について話した。何度もした内容で何度も擦ったいい加減な会話。
近くに咲いているのであろうラベンダーの柔らかいにおいがする。悲しく鳴くヒグラシ。秋の終わりを告げる冷たい風。すべてがこの放課後の楽しみを助長してくれる。
明日も続けばいいのに
自分はまたいつものようにそう願った。親友と昔のような生活に戻りたいと思う反面、現状でも十分幸せに過ごせることに気づく。
しかし今日。十一月二日。文化の日がもうすぐの今日。その夢は叶わないこととなった。朝起きて学校へ行き授業を受け放課後明太の家に向かい会話するいつもと同じ何も変わらない日であったのに。それは急に歪んだ。
家に入ってくれないか。話したいことがあるんだ
明太の背中を追い二階へと上がる。明太は身長は変わらないものの口の周りに深い産毛をはやしていた。黒い斑点のついたスウェットで出迎えてくれた。両親は出勤中で家におらず、兄弟もいない明太は家に一人でいた。「ひさしぶり」機械音で通した編集された音よりも少し低い声であった。しかし反対に、家に入るのは中学生ぶりであり、部屋の内装はかなり変わっているだろうと想像していたが驚くほど変わっていなかった。箪笥、ベッド、ポスター。配置もデザインも何もかも変わっていない。覚えていることにも驚きだがそれ以上の迫力があった。
さぁ座って座って
明太は部屋中央にある高さ五十センチほどのテーブルの一辺を指さす。自分はおずおずと申し出に従った。明太は部屋の隅に置かれた勉強机の椅子に前後ろ反対で座り自分を見る。
「単刀直入に言おうか。あのねぇ話ってのは・・・」
「ち、ちょっとまてって、自分だって話したいことがある」
「さっき十分話したじゃん。ゲームに本に映画。たくさん」
「そうじゃないって」
明太は口をすぼめる。そんないつでもできるような話ではない。もっと核心に触れた話。
「その明太の話したい内容がすんだら、聞いてもいいんだよな。来ない理由。なんで不登校なんかになってる理由」
明太は一瞬素っ頓狂な顔をしたがすぐに憐みのような、時間と知識の差から生まれる母の子に向けるような表情となり、その後笑った。笑顔ではない。狂ったように笑ったのだった。アラームよりもチャイムよりもインターホンよりも大きい笑い声。呼吸を忘れているのではないかと心配になる笑い声。近所迷惑になっているだろう笑い声。自分はただただ唖然とするほかなかった。
数秒だか数分だか笑い声が終わり明太は声を出した。
「大丈夫だってどこにも逃げやしないからさ。というか逃げられないしね」
明太はまた母親のような顔に戻り自分を諭すかのような口調でしゃべる。逃げられない?どこか明太の言葉に引っかかる。明太は続けて
「そんでもってそんな暗い話じゃないよ、これは。俺が不登校になった理由も君が俺に執着する理由もくだらないんだよ」
暗い、話?なんだ。さっきから。
「だってこれ支離滅裂なギャグ小説だもん」
は。ギャグ小説?明太は何を・・・
「はぁ、まだ気づかないの?しょうがないなぁ・・・・・・・」
明太は丸くした背中を正してその話したかった内容を口に出した。それはとても馬鹿げていて気が狂っていて、頭にも入れたくないような内容だった。もし今日明太の家に来ずに済んだら、もし明太には愛想が尽きて部屋にまで入ることはなかったのなら、これから始まる惨劇は止められたであろう。しかし自分は疑いもせず明太を信じ、明太の家にやって来て、こうやって部屋に入っている。時間が戻っても記憶が更新されない限り自分は同じ行動をとり続けるだろう。つまりこうなるのは必然で運命で逆らうことなんて到底できないのだ。絶対に。
そしてそれは皮肉にも彼の説の裏付けにもなってしまう。
「俺たちは小説のキャラクターなんだよ」
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