わたしたちの関係
髪を切ろうと決めたのは、半分はいっちゃんへの当てつけ、もう半分は自分を新しくする為だった。ずっとロングヘアを貫いてきたけど、ショートヘアも案外似合うんじゃないかとも思ったから。
あまりのイメチェンぶりに、職場のおじさんたちからは「失恋でもしたの?」と驚かれた。「でも可愛いよ」とお世辞でも言ってくれたので嫌な気持ちにはならなかった。
それどころか、気を回して手伝ってくれたおかげで久しぶりに定時で上がることが出来た。今夜は大切な用事があるのでちょうどいい。
電車の吊り広告もすっかり冬めいている。あと数週間もすればクリスマス仕様になるはずだ。
私の最寄駅はあんなに寂れているのに、いっちゃんの新居の最寄駅は急に都会めいている。駅の近くに可愛い雑貨屋さんもたくさんあって羨ましい。それほど離れた距離でもないはずのに。
駅まで迎えにきて、短い一言を打ち込むだけで私の手は震えていた。
何も言わずに勢いのまま来てしまったけど、いっちゃんは迎えに来てくれるだろうか。そもそも、こんなに人が多くていっちゃんはすぐに私を見つけてくれるだろうかと少しだけ不安になる。
私の方が先に見つける、そんな自信があった。遠くの方に目を凝らすと、見慣れた顔が一瞬見えた気がした。
何年経っても、変わらずに私は彼女にときめいてしまう自信がある。
グレーのパーカーに、黒のスキニーパンツ。大きなマスクと困ったように彷徨う視線。
ここは彼女のホームなのに、迷子のように戸惑っている。そういう所が可愛いね、って言うといつも「生まれて初めて言われました」みたいな反応をする。私はこれまでに何度も何度も言ってるのに。いつになったら自分の可愛さを自覚するのだろうか。
彼女の視線にどうにか入るように体を動かす。
(あ、今もしかしたら目が合ったかもしれない)
少し手を振ると、嬉しそうに笑って足早に駆け寄る。この瞬間が幸せ。
離婚が成立してから半年、いっちゃんは少し痩せた。でも、思ったよりも元気そうだった。
実際に会うのは久しぶりだ。いっちゃんが落ち着いたら遊びに行くね、と話していたけど、こういう時いっちゃんから誘えないのを知っていた。
だからこうして二人分の食事をテイクアウトして持ってきたという訳だ。少しお高めなシャンパンと、前に話していた有名店のカレー、いっちゃんの好きな海老のカクテルサラダと、私のご褒美スイーツの定番である瓶のプリン。
「……夜はやっぱり寒いねぇ」
肩が僅かに触れる。
「寒いね、早く帰ろう。あーちゃん」
いっちゃんは肩をくっつけたまま、ゆっくり歩き始めた。結構重たい筈なのに、二つの紙袋を片方の手で持ってる。彼女はいつだって私との間にも物を挟まない。
だからいつも、自然と手が触れてしまう。どちらからでもなく、私たちは指を絡めた。
それからもう一つ、私は彼女に渡さなくてはいけないものがある。
それは、私のポケットに入っている。ドラマみたいに上手くポケットに収まるものではなかった。それでもポケット以外に隠す場所が思い付かなくて、落としていないか何度も触って確かめていた。
部屋に着いたらまず、なんと言って切り出そうか。
私たちの左手の薬指は7号、一緒なんて運命みたいじゃない? って言いたいけど、言ったら鼻で笑いそう。でも、絶対言うつもりだし。この運命論を何度も唱える予定だ。
二人だけの約束をする、これから先も後悔しないように。
わたしたちの関係 桐野 @kirino_m
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます