第2話 今度こそ二人で
"駅まで迎えにきて"
絵文字もスタンプもない、味も素っ気もない一文だった。
私の新居は駅から歩いて徒歩五分。いつか来てね、とは言ったものの、今夜だとは思わなかった。
「……言ってくれたらもっと準備しておいたのに」
文句は言いつつ、私は少し浮かれていた。
少し肌寒い11月の夜、いつの間にか街のイルミネーションはすっかり赤と緑に変わっていた。遠くの方で随分の気の早いクリスマスソングも聞こえてくる。
駅の近くまで来ると、ちょうどタイミング良く大勢の人が吐き出される瞬間だった。人の流れに逆らいながら、私は必死に彼女を探してい。誰かに肩がぶつかってしまっても誰も謝らないし、私も謝らない。
ここに来たばかりの時はそんな人たちに戸惑った。「すみません」と謝っても、その瞬間には謝るべき相手がいないから。
まるで透明人間にでもなってしまったみたいで、無性に寂しく感じる時がある。こんな夜じゃなかったら。
思い出したように、数分遅れて彼女からスタンプが届いた。あまり可愛くないウサギが親指を立てている。最近の彼女のお気に入りだった。
絵文字もスタンプもないとなんだか寂しい、と文句を言い出したのは彼女の方だった。それを思い出して慌てて送ったのだろう。
電光掲示板のすぐ下、柱の影に隠れて小さく彼女が手を振った。髪を切った彼女はまだ見慣れない。だけど相変わらず髪は艶々で、綺麗に彼女の顔の周りで揺れている。
ベージュのセーターにブラウンのスカート、驚くほど小さな鞄と、両手に紙袋を持っていた。
持つよ、と彼女から紙袋を受け取るとそのずっしりとした重さによろめいた。
「離婚祝いにシャンパン持ってきた」
奮発しちゃった、と得意げに笑うと、彼女は紙袋を少しだけ開けて見せた。随分と高級そうなシャンパンだった。それから二人分のテイクアウトの食事。有名店のカレー、私が好きな海老のサラダと、彼女の好きなプリンもある。
「……昔からそういう所あったよね」
最初に結婚の報告をした日、「じゃあ結婚祝い」と奢ってくれたのはコンビニで売ってる100%の林檎ジュースだった。
私たちの結婚生活は長く続かなかった、結局一年も持たなかったと思う。私には勿体無いくらいに優しい人だったけど、「君は俺に誰かの代わりを求めているみたいだ」と言われて目が覚めた。
「そういう所って?」
「そういうって言ったら……そういう、だよ」
上手く言葉には出来ないよ、そう言うと彼女は私を少し見上げて微笑んだ。
「でも、そこが好きなんでしょ」
「そう、そこも好き」
私は結局、どうしたって彼女には勝てないみたいだ。
「クリスマス、何が欲しい?」
「気が早いね、いっちゃん」
「あーちゃんに言われたくないよ。クリスマスケーキもう予約したくせに」
「今年は張り切ったの。それに、ああいうおしゃれなケーキは早めに予約するものなんだから」
"今年は二人で過ごそうね"、そう約束したその夜に、彼女は以前から目を付けていたブランドのケーキを予約していた。大きなメープル味のくまが頂上に乗ってる三段のショートケーキ。
私たちは喧嘩をしなくなった。それは以前に比べたら、かもしれないけど。
駅中の宝石店ではクリスマスに向けて飾り付けていた。彼女が何を欲しがるかは分からないけど、それとは別に贈りたいものがある。
「……夜はやっぱり寒いねぇ」
彼女の声は心無しか弾んでいた。新居に来るのは初めてだった。いずれ二人で暮らせるように借りた広めの部屋、そのことはまだ彼女には話していない。
「寒いね、早く帰ろう。あーちゃん」
甘い香りがする。どちらからでもなく、私たちは指を絡めて歩き出した。
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