第3話 時計台の鐘
オレンジ色の公園はもの寂しい。斜陽に照らされた道を、ひとりで歩いていたのである。駅から家までは、この公園を突っ切って帰るのが一番早かった。それで、余程暗くならない限り、この場所を通るようにしているのである。
広場の、時計台の影が長く伸びている。そこに蹲る影を見つけて、はて、と首を傾げた。幼い子供である。三、四歳であろうか。男の子のようだ。膝を抱え、時計台にもたれかかるようにして座り込んでいる。あたりを見回した。親らしき姿はない。まだ友人同士だけで遊ぶような年齢にも見えなかった。迷子か。それとも、怪我でもして動けないのだろうか。だとしたら、大変だ。
近づいても、ぴくりとも動かない。顔を伏せたまま、じい、としている。本当に怪我をしているのだろうか。
折れそうなほど細い体であった。子供とは縁がない。この年頃の適正な姿というものは分かりかねるが、抱えた足は膝小僧が浮いて見えるし、膝に回された両手は痛々しいまでに痩せている。
ぼうや、どうしたんだい。
ひとりでいるのかい。
そっと声をかけた。子供は動かなかった。顔は伏せたままで表情も分からない。
ぼうや。
もう一度、怖がらせないように。持ちうる限りの優しい声色を使うと、子供は益々顔を伏せる。
お父さんやお母さんは。
むずがるように、子供は首を左右に振った。
ずっと、ひとり。
ずっと?
影が、子供の足元にわだかまっている。先程より濃く感じるのは気のせいであろうか。黒々としたその色を際立たせるように、落ちかけた陽光が、正面からじんわりと土を焼く。赤と黒のコントラストにくらりとし、はた、と気付いた。
夕暮れ時である。そこここに立つ木々やベンチの足元にも、長く影が伸びていた。その影の方向と。
反対になってやいまいか。この時計台の影は。
そも影とは、陽の出ている反対側にできるものである。影の中にいて、斜陽をまともに浴びるなど、あってはならないことなのではなかろうか。
影が、濃くなっていく。じわじわと、墨を落とした時のように。粘度の増した黒が、じいわりと這い寄ってくる。
唾を飲みこむ。心臓が、急激に鼓動を早めている。息が上がった。喉の奥は熱く、掌は冷たかった。
ここは異常だ。早く、ここから抜け出して――。
踏み出した足を、するりと掴まれた。たたらを踏む足元に、蹲った影、ひとつ。
ずっと、ひとり。
子供はすうと顔を上げ――にいやりと、笑った。
きょうから、ふたり。
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