聖女と結婚すると言って婚約破棄されましたが、聖女は割と前に私が食べましたよ?~魔力☆5、味☆5、アフターケア☆0~

明日原

第1話

「レイチェル・アルディアナ侯爵令嬢!おまえとの婚約は破棄する!」


 卒業パーティーで突然第二王子のレオナルドが叫んだ。


「そして私は真実の愛を貫き、このミキ・ルーベルと結婚するのだ!」

「まあっ嬉しいです!」


 ピンク髪をツインテールにしたミキがレオナルドの肩にすりよる。レオナルドは鼻の下をのばして笑っている。


「……破棄、ですか」


「当然だ」


「殿下、理由をお伺いしても?」


 私が尋ねると、レオナルドはフンっと鼻を鳴らした。


「そんなのきまっている!お前が醜い嫉妬から聖女たるミキをいじめたからだ!」

「怖かったですぅ!レイチェル様ったらまるで小説の中の悪役令嬢みたいで、来る日も来る日も物を隠されたり階段から突き落とされたりもう学校に来るなって脅されたり…!殿下、あたし…!」


 ミキがここぞとばかりに声を上げ、目のあたりを手でぬぐう。


「おお、可哀想なミキ!見ろ、こんなに震えているではないか!この悪役令嬢め!貴様も貴族の一員なら魔王の被害を知らぬわけではないだろう!だというのに唯一魔王の天敵である聖女をいじめたな!貴様のような悪女はこの国の国母にふさわしくない!」


 ミキを抱きしめて叫ぶレオナルド。決まった!という顔をしているが、別に決まってはいない。だって彼らが言ったことはほとんど全部事実ではないのだから。


「おい!レイチェル!なんとか言ったらどうなんだ!この悪役!」


 罵るレオナルドに、私は静かに言う。


「三つほど、事実と異なる点があります」


 ここからの逆転はありえないと思っているのか、ミキは王子の腕の中で余裕そうに笑っている。


「そんなものはないだろう!この悪女め!衛兵!あいつをつかまえろ!」


 レオナルドが叫ぶ。兵たちがばたばたとしはじめるが、構わず続ける。


「まず、私がミキ嬢にいじめをしたという点。私はそんなことはしていません。これについて証拠はあるのですか?」


「聖女であるミキがされたと言っているのだ!!そうだな、ミキ?」 


「はい、レイチェル様にいじめられましたぁ!」


「ミキがこう言った!これが証拠だ!」


「……確たる物証や人はないということですね」


「いいや!オレもその場にいた!レイチェル嬢が可憐なるミキを階段から突き落とすその現場にな!」


 声を響かせ前に出てきたのは王国騎士団長の長子、アレク。


「これがその階段から落ちたミキを助けたときについた傷だ!」


 アレクが袖をまくり、傷を見せた。会場が湧く。

 その傷口は刃物で切ったように綺麗にまっすぐ切れていて、階段にぶつけたり少女を受け止めたりしたときにつくようなものではないように見えるが。


 私はため息をついた。


「はい。物証はなし、信頼にたる証人もなしということですね」


 レオナルドたちが何か言う前に続ける。


「それでは二つ目。ミキ嬢が聖女であるという点」


「き、貴様ぁ!!」


 レオナルドが吠える。


「レイチェル様、ひどいです…!聖女に選ばれなかったからってあんまりです…!」


 ミキがおよよとレオナルドにしなだれかかる。


「おやおや、あなたは聖女であるミキをいじめたあげく、教会までも侮辱するのですか?」


 後ろに立っていた王国教会の枢機卿猊下の長子であるサイモンが得意そうに出てきた。


「ミキは教会の認めた聖女!闇を祓い、あの闇の魔王にただ一人傷をつけることができる聖女なのです!それを否定するとはあなたはもはや侯爵令嬢ですらない、異端の魔女だ!」


 びしっと指を差しポーズをきめるサイモン。再び会場が湧く。

 とりあえず公的な場で人を指さすのはマナー違反だと思う。


「聞いたか兵たち!!今すぐこいつを殺せ!聖女をいじめた罪に聖女を敬わない不敬罪、それから異端の罪だ!死罪に決まっている!!」


 兵たちの準備が整ったのか、十数人の兵が私を取り囲むように距離を詰めてくる。レオナルドとミキ、その取り巻きたちは安全地帯からその様子を眺めている。


「三つ目。私は_____」


「かかれっ!!」


 兵士たちが一斉にとびかかってきた。視界が鎧と兜、槍と剣の銀色で埋まる。

 槍や剣が私に向かって振り下ろされ、そして____


 ごうっ。

 兵士たちごと、夜の闇の色をした炎の柱の中に溶けてなくなった。


「……へ?」

「……は?」


 レオナルドとミキの仲良く間の抜けた声。


「人の話は最後まで聞きなさいと教わらなかったのですか」


 誰も何も話さない。ホールに私の声が響く。


「三つ目。私は、レイチェル・アルディアナ侯爵令嬢


 変化魔法を解く。

 ぐにゃり。

 私の姿が変わる。いや、戻っていく。


「私は、です」


 燃える。燃える。燃えていく。

 人を模した肌が、髪が、爪が、すべてが闇の色をした炎に変わっていく。

 薄明るい闇が薄暗いホールを白夜のように照らし出し、染めていく。

 ごうっと最後にひときわ大きい炎を吐いて、ようやく私は元の姿に戻った。

 闇の炎を従え、ホールをいっぱいにするほどに大きな竜の姿に。


「な……な……」


 足元で口を開けたまま固まっているレオナルドたち。


「せ、聖女!!こういう時こそ聖女の出番だろう!」


 はっと気が付いたレオナルドが腕の中のミキを揺さぶろうとするが、ミキは既にホールの入口へ走り出している。


「ミ、ミキ!?魔王だ、魔王が出た!聖女の力で……」

「うるさいわね!!聖女なんてウソッパチよ!!あんなの私一人でどうにかできるわけないでしょこのポンコツ王子!!」

「ミ、ミキ……!?」

「ミキ嬢!?」


 そうだ。ミキは聖女ではない。


「聖女は____は、数年前に私が


 ああ、この姿に戻るのは久しぶりだ。私は少し気分がよくなって、最後にレイチェルとの思い出を話すことにした。

 

「雪の降る、寒い日の朝でした。布団の中でまどろんでいると、魔王城に来客がありました」


 目を閉じて当時を思い出す。

 門を開けると、今にも死にそうなボロボロの少女が一人雪の上にうずくまっていた。白い雪の上に赤い血が染み出し、ひどく鮮やかな模様を描いていた。それが聖女、レイチェル・アルディアナだった。


 彼女は門が開いたことに気づくと、よろよろと最後の力をふり絞って立ち上がり、その勢いを利用して持っていた短剣で私を貫こうとした。

 その行為自体は部下に阻まれ失敗したものの、私の脳裏には彼女の最後に見せた目がこびりついて離れなかった。己の命を捨てた、悲壮な覚悟の瞳。私の愛した神代の戦士のそれにも似た輝きが。


 私は彼女を治療して城で静養させることにした。

 初めの頃は警戒心が強く出す食べ物にも手を付けてくれなかったが、今のところ少女に危害を加える気はないし私の方が少女の何倍も強いのだから私を殺すことはできないと説得するうちに、少しずつではあるが心を開いてくれた。その日々は楽しく、また愛しかった。


 彼女はぽつぽつと話してくれた。

 侯爵家の娘ではあるが死んだ前妻の子で、冷遇されてきたこと。

 しかしある日聖女の力が発現したこと。


 婚約者の王子に自分が聖女だと打ち明けたら、魔王を倒してから言えと丸腰で魔物のうろつく平野に追い出されたこと。

 貴族の令嬢として生きてきた彼女にはその日その日を生きていくことも難しく、毎日死にかけながら、時には言えないようなこともして今日まで生きてきたこと。

 命からがら魔王城に流れ着き、そしてなぜか生きながらえたはいいが、もう生きることに疲れてしまったこと。


 私を救ってくれたあなたに食べてほしいと悲しそうに笑った彼女を、私は食らった。

 芳醇な魔力と乙女の血と、優しく気高くまっすぐなレイチェルの魂の味を、私は一生忘れることはない。

 

 彼女は死ぬ前に一つ頼みごとをした。

 「一つ心残りがあるとするならば、国のことです。私は、未来の王妃となり民を守る予定でした。しかし私は弱く、道半ばで折れてしまいました。……民に罪は無いのです。ドラゴン様。強く大きく永く、勇壮なるドラゴン様。私の代わりに王妃となり、国を守っていただけませんか」

 不遜で愚かでまっすぐな聖女の願いを、私は受け入れた。

 


「それから私はレイチェルの名代として____すべてをいたずらに壊す魔王であるより、かの聖女の……レイチェルの誇りを継ぐ者であろうとして、この国の王妃にふさわしくあろうとしました」


「あ……ああ……」


「だがそれももう終わる」


 レイチェルを不要と断じ、あまつさえ殺そうとした国に用はない。

 ホールの床に浮かびあがった黒い魔法陣。際限なく獄炎が咲き誇る。逃げ惑う人々。回る火の手。ホールに叫喚が響く。


「死ね」


 夜の色をした獄炎がすべてを燃やしつくした。





「……ごめんなさい。レイチェル。うまくやれませんでした」


 再び変化魔法をかけて、レイチェルの姿に変わる。

 燃え残った瓦礫の山に立って、胸に手を当ててつぶやいた。

 目を伏せる。

 私の中のレイチェルは約束を守れなかった私を許してくれるだろうか。

 いや、きっとこの結果を快く思わないだろう。愚かで優しい聖女だから。

 だが私は違う。私は魔王。力を以てすべてを征服する者。


「ごめんなさい。……でも、私は行きます」


 それから灰と瓦礫の山に背を向けて歩き出した。レイチェルを、その誇りを受け入れなかったこの世界を壊しつくすために。

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