第49話  どういうこと?

「アグニエスカさん、新聞でも大魔法使いの最後の弟子との熱愛を報じられているようですし、周りも王都に帰ったらすぐに結婚じゃないかと、まあ、楽しげにお話しされているようですけどねえ・・・」


 栗色の薄い髪に、薄い緑色の瞳を持つゲンリフ・ヤルゼルスキはニコニコと笑いながら私を見下ろすと、小さな声となって囁くように、

「そんな事、無理に決まっているのになぜ周りは無邪気にそんな事を言うのか分かりませんねえ」

 と、言い出した。


「だって彼は・・・ああ、これは公になっていなかったか。だけど、貴女はスコリモフスキ家の人間だから、知っているでしょう?」


「はい?何を知っているっていうんですか?」


「マルツェル・ヴァウェンサ様はヴォルイーニ王国のスタニスワフ国王の息子じゃないですか」


 ゲンリフはニヤニヤと笑う。


「国交のために訪れた砂漠の国カイルアンの踊り子姫との間に出来た子供ですけどね?公には認められていないが、れっきとした王族ですよ」


 ゲンリフは私の顔を覗き込むと、

「いくら幼馴染で、大魔法使いのひ孫だとしても、結婚など出来るわけがありません。所詮は火遊び程度の事なのに、周りに持て囃されている貴女を見ていたら可哀想になってしまって」

 そう言って私の薬指を眺めると、フンと鼻を鳴らして離れていった。


 ルミアの街の病院を軍部が一時的に借り上げると、前線で負傷した兵士たちが次から次へと運び込まれる事になった。


 病院の周囲には天幕が張り巡らされ、軽症から中傷者は天幕へ、重傷者は病院のベッドに運び込まれていたのだけれど、ゲンリフが衛生班の統括をするようになってから、重傷者が病院内に入れなくなってしまった。


 貴族至上主義のゲンリフは、貴族身分の者しか病院に入れず、平民はどんなに重症であっても天幕へ運ぶように命じたわけ。


 魔力を持つ者は貴族身分の者が多く、前線へ派遣された治癒能力を持つ魔法師もまた男爵や子爵身分の息子や娘ばかり。


 侯爵家の三男であり、元々王宮にも勤めていたゲンリフが貴族たちを取りまとめるトップとなるため、元々、病院で働いていた平民の医師も看護師も、下働き以外は外に追い出される事になったのだ。


 クソだな〜と思っても、平民は貴族身分の者に対して何も言う事ができない。


 私もイエジー殿下に呼び出されてから散々王宮に通ったけれど、貴族どもの陰険な悪口とか、周りからの視線とか、嫌がらせとか、あれについてはどうにも出来なかったもんなあ。


 だって、どこまでいっても私、平民だもん。


 病院は街の郊外に建てられていたので、天幕は草原の上に幾つも、幾つもたてられていく。天幕の中では、助けを求める人が多かったし、私のこの何の役にも立たない『痛みを取る魔法』も意外なほどに重宝される事になったけど。


「アグニエスカさん、あなたは平民だけど『特別』に、病院で働かせてあげるわよ」


 なんてことまで言われたけど、絶対に病院の中では働かなかった。


 貴族の子息は功績がなくても、将校。前線で戦うのは平民。だから後方で指揮を取るのは貴族っていう事になり、大きな怪我をする事などほとんどない。


 今、病院内で入院しているのはかすり傷程度の軽症者ばかりで、本物の戦闘を目の前にして、怖気付いて恐怖から逃げるために、仮病を使って入院をしているという輩も結構な数居るらしい。


 私は治癒する事は出来ない。本当に、痛みを取るか、増幅する事しか出来ないんだけど、すり傷程度の痛みを取るために、何度も、何度も、病院まで来るよう命令をする輩も居るわけだけで、


「それでは雷帝に病院内に行っても良いのか確認します」


 と、言ってやったら一切の要請が来なくなった。

 

 ジョアンナおばさん!凄い!


 マリアおばあちゃんは、国が滅んでもいいって思っているし、私たちにも魔の森の別荘まで来るようにと、何度も通信をして来ているらしんだけど、おじさん、おばさん、ヤンの三人は最前線まで出向いて行ったまま一向に帰ってくる気配がない。


 こっちに来てから三週間が経って、平民の友達がたくさん出来た。


 天幕が張られた一帯は痛みが取れるようにしちゃっているから、傷ついた兵士さん達も、かなり楽しながら養生することが出来ているらしい。


 こっちは麻酔が完璧じゃないから、口に木を噛ませた状態で傷口を縫い合わせたり、骨を繋いだりなんて事をしていたらしいんだけど、そこはお手伝いに入って完全無痛にしてしまうので、


「もっと早くに来てほしかった!」


 治療がしやすいと泣いて喜ぶお医者さんはそう言うし、


「もっと早くに来てほしかった!」


 重傷を負って苦しんでいた兵士たちは、ちょっぴり恨みがましい感じで言っていた。


 王宮に居た時には王太后様やそのお友達のお茶会に参加して、リウマチとか神経痛の痛みを取ってあげていた時にも、


「もっと早く会えればよかったわ!」


 と言われたけれど、やっぱり痛みって本当にキツいよね〜。


 痛くて眠れなかったとか良く言われるし、痛みが取れて楽になってよく眠れるようになったとも良く言われる。


 イエジー殿下に会って以降、意外なほどにみんなに喜ばれていた私は浮かれていたのかもしれない。


 最初みんなは、私に対してどういう対応を取ったらいいんだろうって感じで居遠巻きにして見ていたんだけど、ガゼタ新聞社がスクープを飛ばしてから、周りの目が優しいものに変わったのも事実だもん。だけど、悪意を持つ人間は、一定数存在するものなんだよね。


 新聞のお陰で蔑み、嘲笑を浮かべ、嫌味を連発していた魔法師の輩が急に大人しくなったのも事実。だけど、ゲンリフだけが、

「裁判所の判決は絶対です、だから、貴女は罪人として働く事になったのでしょう?だったら真面目に働きなさい!親族の名を盾に好き勝手するのはおやめなさい!」

 と、皆の前で糾弾する。


 そうして、

「あなたが幸せになどなれるわけがないでしょう?」

 と、耳元で囁いてくる。


 それにしても今日もまた、長々と好き勝手喋って帰って行ったわけだけど、マルツェルが王族ってどういう事?

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