第50話  不穏な動き

 隣国ルテニア国内は、戦争をきっかけに始まった徴兵と税の引き上げで国民の生活が大打撃を受けた。

 貴族税の優遇は維持した状態で、生活を支える市民の物、金を無理やり強奪と言っても良いような形で徴収し始めた。その為、貧困層の多い地方を皮切りに、市民の蜂起や暴動が多発するようになったらしい。


 スコリモフスキ家が槍玉にあげられて国境送りになった時は、調度、暴動の鎮圧の為に大規模な兵の移動があった為、敵側もこちら側も待ての姿勢で動きを止めていた。


 我が国は南の隣国コロア王国とも臨戦状態となってしまった為、南の国境に兵士を再配置する事になってしまった。我が国の事情とあちらの国の暴動がばっちりタイミングが合っている事から、国も国なりに、裏で色々と動いているんだろうは思うけれど・・・


「ヤン!防御の壁をもっと厚くして!敵の砲弾が抑えられなくなってる!」

「わかってる!わかってんだけど!」


 壁のような形で10キロに渡って結界を施す事は出来るけど、完全で完璧なる結界の厚みを一定に保つ事が出来ない。

 十二歳という成長しきれていない体が膨大な魔力の排出に耐えられなくなり、無意識でセーブしてしまうのが原因だということをヤンは十分に理解していた。


「敵側に魔力層を視ることが出来る魔法使いが居るってことか?マジで結界の弱いとこばっか狙って攻撃されているような気がするんだけど?」


「そんなの私に分かる訳がないじゃない!」


 結界の隙間から入り込んだ敵の飛空艇がこちらに向かって銃弾を撃ち込んでくる。耳が裂けるような轟音と、チリチリと焦げ付くような爆薬が破裂した匂いに頭がくらくらしてくる。


「ヤン!」

「分かってる!」


 地面に手をつけると、氷の柱を上空に伸ばして敵の飛空艇を下から突き上げる。そうすると、バランスを崩した飛空艇は弧を描くようにして落下していく。

 飛空艇は3機、これを次々、氷の柱で攻撃を加えて落下させていくと、右肩をグッと強く掴まれた。


「ここはもう保たない!自軍の撤退も完了しているから戻るわよ!」


そう言われるのと同時に、視界がぐにゃりと歪んで閉じた。



「アガタ・スコルプコ少尉、ただ今、525地点より帰還いたしました!」


 アガタ・スコルプコ、父親は南部統括本部を指揮するスコルプコ大佐で、その娘は魔法省にも勤めていた母親の才能を継いだ、転移術に長けた天才とも言われる15歳の少女。


 15歳ですでに少尉、なんでも昨年、南の山岳民族との衝突を回避に導いたということで異例の特進を果たしたらしい。


 ヤンを連れて作戦本部まで空間を移動したアガタはピンピンしているけれど、強制転移に付き合わされたヤンはフラフラ状態だった。


「はい、洗面器」

 母親に渡された洗面器の中に、今日の朝、食べた物をしこたま吐き出した。


 転移術は執行者が自分一人で移動する分には何の問題もないのだが、それに他人が便乗すると大変な目に遭うというのは知られた話だ。


 空間を圧縮させて移動する、その魔力の圧に体が耐えられないし、三半規管がやられて平衡感覚が一時的に失われる事になる。


「525地点は敵の進軍を許す形となりましたが、こちらからは突入を果たした敵の飛空艇三機は氷魔法の攻撃によって撃墜。敵軍からの野砲による攻撃は結界の薄い部分を着実に狙い、壁式結界を破壊、敵の侵入を許しています」


 背筋をピンと伸ばし、直立不動で報告をするアガタと、地面に這いつくばってオエオエ言っているヤンとの違いは大きすぎる。


 くそーーーーーーーーっ。


「敵はこちらの手薄な所ばかりを突いてくる、こちらの情報が敵に漏れていると考えていいのだろうな」


 地図に印をつけていた父のヘンリクが振り返ってアガタの方をみると、アガタは水色の瞳に不快な色を浮かべた。


「ヤンが施す結界術を見させてもらったんですけど、あれって一日毎に層の厚みが変化していくんです。その層の薄いところを突いて敵は攻撃を仕掛けてくるので、おそらく、魔力層を読む事が出来る人間が敵の作戦に関わっているのだと判断します」


「ルテニアに魔力層を見る事が出来る人間が居るだろうか?」


 父の疑問にアガタは肩をすくめてみせた。


「精緻な技術が必要となりますので、我が国の王宮に仕える魔法師並みの力が必要になるかと」


「我が国側から、結界についての情報が頻回に敵へ流れているという事か?」


 ロサティ大佐の問いかけに、補佐のダニエル・ガヨスが答えた。


「魔力層を視認できる魔法使いを重点的に調べます」


 ヴォルイーニ王国は魔法使いの国とも言われており、建国から五百年、王家の特殊な結界が王国の上空に張り巡らされていた。


 戦争から一番遠い国とも言われた我が国は、他国と戦うよりも魔獣と戦ってばかりいるような国でもあり、結界術に長けた人間が代々、王位を継ぐ事となっている。その為、王位継承で争うという事があまりない。巨大な結界術が施せる人間が王に就く事が決定しているからだ。


 現在、スタニスワフ王には五人の子供が居るけれど、王国の結界を祖父から引き継いだイエジー殿下が王位を継承する事は決定したも同然のこと。


 下に二人の異母弟がいたとしても、殿下の地位は安泰となっていた。まあ、呪いにかかるまでの話ではあるのだが。


「ユレック第二王子、またはバルトシュ第三王子が王位を継ぐために、隣国ルテニアと手を組んだと思ったんだけど、王位を継いだところで国が滅んでしまったら王位継承の意味がないようにも思えるんだけどなあ」


 地図を見ながら父が独り言を呟くと、その隣に立った母のジョアンナが言い出した。


「破滅させたいんじゃないかしら」


母は琥珀色の瞳を鋭く光らせた。


「すでにこの国を売却するつもりでいるのかもしれない。最近、戦線を離脱する新興貴族の奴らが嫌に多い。奴らは国を売り渡す際に、美味い汁にありついてやろうというつもりで前線にまで出てきているんじゃないかしら」


「新興貴族が情報を隣国に売っているのか」

 大佐は言いながら胸の前に腕を組んだ。


「後方支援の拠点となるルミアも危ない。ヤン、アガタ、二人はルミアまで行ってアグニエスカを移動してきてくれないか?」


 父の言葉に、

「承知いたしました!」

 と言ってアガタは敬礼をし、

「えーーー!嫌だーーー!」

 と、ヤンは叫び声を上げた。

 アガタと移動という事は、転移術で移動するということだから。

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