第28話  クリスティーナの元恋人

 離宮に居るアグニエスカにマルツェルが会いに行くことは知っていたクリスティーナは、思惑通りに恋人同士のような仲をアグニエスカに見せつけ、二人の交流を阻止することにも成功した。


「クリスティーナ様、さっきはどうしたんですか?」

「何があったんですか?」

「マルツェル様に抱きかかえられながら移動していましたよね?」


 本宮から戻るなり、魔法省のおしゃべりスズメたちが群がるように集まってきた。事務官の昼休憩が終わる時間だった為、みんなに目撃される事にも成功したようだった。


「お恥ずかしながら貧血を起こしてしまって・・マルツェル様にも迷惑をかけてしまいました」


 少し俯き加減となり、両頬を自分の両手で抑えて恥じらいを見せながらも、醜態を晒してしまった事に落ち込んでいるようにクリスティーナは見せた。


「まあ!貧血を起こして!」

「そこを助けて頂いたんですね!」

「そういえばアグニエスカさんが、私たちの話をびっくりしたみたいな様子で聞いていましたよね!」


 新人の子がそんな事を言い出すと、

「あ!私も見たぁ!」

「えええ?何処にいたのぉ?」

「居たじゃないですか!気が付かなかったんですかぁ!」

 と、周りの娘たちも同調するように言い出した。


「アグニエスカさんってマルツェル様と幼馴染なんだそうですよ?建築資材課に在籍されていた時にお付き合いしていたみたいで、なんでも噂の上司と二股していたとか」


「上司が忘れられなくて、マルツェル様とは別れたって聞いたけど」


「惜しいことをしたって思っているのでしょね?マルツェル様は魔法省に移動したし、クリスティーナ様と今は良い仲なんだって話を聞いて、ショックを隠せないって感じだったもの」


 移り気で、複数の男性との交際をし、不倫経験あり、そんなアグニエスカがショックを受けた様子を目の当たりにしたとして、おしゃべりスズメたちのテンションは上がっていく。蔑むような、嘲笑うような、他人事なのに、本当に楽しそうに話は進む。


「クリスティーナ様とマルツェル様!本当にお似合いですよ!私は応援しちゃいます!」


 事務官のアリアだけが純粋にクリスティーナを応援してくれるものの、悪意なく信憑性の薄い噂を撒き散らしてくれるアリアの力には脱帽ものでもある。


「みんな誤解しているだけよ?私とマルツェル様は上司と部下の関係というだけだもの」


 クリスティーナの言葉に、周りのみんながなま温かい目で見つめてくるのはお約束。


「さあ!さあ!無駄なおしゃべりをしていると叱られてしまうわ!みんな、仕事に戻りましょう!」


 頃合いと見て、クリスティーナはパン、パンと手を叩きながら、仕事に戻るように指示を出した。


 他部署から移動してくると、大概その部署のお局様、主様みたいな女性事務官が突っかかって来るし、そういう人は大概、若い女性事務官だけでなく、男性事務官からも煙たがられていたりするのだ。


 態度が偉そうになり、やたらとマウントを取りたがるっていうところが嫌われる原因なんだけれど、そんな人たちに対して不満を持つ人々の心を掴むのがクリスティーナは上手い。


 毅然としているように見せて、気の利いたフォローに回っていれば、大概、お局様の地位は軽くゲット出来るようになってしまうのだ。


 クリスティーナが移動当初は、息巻いていたお局三人組は、若手の話に入るでもなく、どこかのグループに所属するでもなく、ふわふわと職場では浮いている。前はアリアを虐めてブイブイいわせていたけれど、仕事の怠慢が明るみとなり、上司にこっぴどく叱られてからは立場がなくなっているのだ。 


 午後はマルツェルから頼まれた書類を各部署に置いて回らなければならないので、執務室で書類のチェックを行い、山のような書類の束を持ってクリスティーナが本宮へと向かって行くと、近衛隊の第三部隊長が後ろから追いつきながら、

「クリスティーナ、うまくやっているかい?」

 と、声をかけてきた。


 茶褐色の髪に鼻筋の通った男で、逞しい体つきをした男はフリッツ・ツィブルスキは侯爵家の次男となる。


「ユレック殿下が近々、君から直接話を聞きたいと言っている」


 ヴォルイーニ王国の第二王子となるユレック殿下の腹心となるフリッツは、クリスティーナの隣を歩きながら囁いた。


「君の手にかかれば、マルツェル・ヴァウェンサなんか、もう骨抜きになっているだろう?」

「まだまだ、全然、骨抜きに出来ていないわ」

「珍しい、まだ寝てないの?」

「あの女にご執心なのは相変わらずなのよ」


 マルツェルは大魔法使いの最後の弟子とも言われるほど、スコリモフスキ家と親密な関係を築いていた。ひ孫娘に執心なのは有名な話で、この二人を引き裂くために、クリスティーナは秘書官として派遣されたのだ。


「君が噂を使って二人を引き離そうとしているのは知っている」


 フリッツは口許を歪めるような笑みを浮かべる。


「離宮の前でアグニエスカ嬢に見せつけたのは良い出来だった。傷心の令嬢は街で昔の上司と出会い、再び恋を再燃させて逃避行に出る事になる。君は傷心の上司を慰めて懇ろになり、こちらの手中へと引き込むこと。わかったね?」


 あらあら、私がこれ以上手を出さなくても、アグニエスカ嬢には退場願うのね。第二王子はスコリモフスキ家嫌いって本当の話だったのね。


「はい、わかりました」


 クリスティーナの返事に気を良くした様子のフリッツ様は次の廊下を曲がり、颯爽と歩いて行ってしまった。


 彼は私の元恋人。あんな奴よりマルツェル様は王族だし、倍以上に格好いいわよ、と、クリスティーナは思い込む事にした。

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