第29話  スコリモフスキ家の嫁ジョアンナ

 ヴォルイーニ王国の西に隣接する国がルテニア、南に隣接する国がコロア、東には魔物が多く住むという魔の森が広がり、北には古竜が住み着いたカルパティア山脈がある。


 魔の森のスタンピードの抑えとして活躍したジョアンナの息子であるヤンは、僅か十二歳という年齢で、平面結界術を得意とする。何キロにも渡って魔物の侵攻を抑える事には成功したものの、これが敵国が放つ銃弾や大砲、爆撃などといったものに有用かどうかの検証は行っていない。


 王宮に出仕しているとはいえ、ヤンはまだ十二歳。本来、まだ学生として学校生活を楽しんでいるべきであるのに、王家の意向に従って諦めた。


 イエジー殿下に呪いをかける事に成功した隣国ルテニアは我が国に宣戦布告を行い、国境線では衝突が始まっている。スタンピードを阻止する為に東の森に集結していた王国軍や魔法部隊は西へと向かい、敵国との戦いを開始した。


 王国を包み込む王家の結界には綻びが生じて、開いた穴からの空爆が地方都市を中心に成功し始めている。


 ポズナンの上空を飛行した飛行艇からの爆撃は結界によって阻止される事となったけれど、この事実を知った軍の上層部は、平面結界が得意なヤンを最前線に送るようにと騒ぎ始めている。


 今こそスコリモフスキ家が活躍するべき時だという事で、すでにジョアンナの夫は最前線へと向かった。息子を戦地に送らないために自ら人身御供となったのだけれど、戦況によってはいつ息子まで連れて行かれる事になるかわからない。


 毎日、毎日、不安で仕方がないという、こんな状況で、

「本当に、本当に、私はアグニエスカに謝りたくて仕方がないんです!友達なのに、私の発言が彼女の迷惑になるような事にもなっているみたいで、本当に、本当に、後悔しかなくって!」

 輝くようなブロンドを緩く結いあげたナタリア・ネグリは、飽きもせずに毎日、毎日、スコリモスフキ家所有のタウンハウスまでやってくるのだ。


 大魔法使いが住むポズナンの町長の娘であり、叔母の家を頼って王都に来ていたというのは分かる。


 商家である叔母の家での茶会から、子爵家、伯爵家とお茶会の場所が変わり、その会でアグニエスカがいかにポズナンでモテていただとか、婚約破棄を起こさせた等という話を尋ねられるままにナタリアが話して歩いているのも知っている。


 スコリモフスキ家を貶める発言をしているのにも気付かず、希われるままに話を盛り上げていたナタリアの行動は叔母からナタリアの父へ筒抜けとなり、大激怒される事となったようで、ポズナンに帰る前に是非ともアグニエスカに直接謝りたいと言って、毎日、家までやって来る。


 ナタリアの問題行動は姑のマリアから聞いていた為、絶対にアグニエスカには会わせないようにしようと考えていたというのに、


「おばさま?どうなさったの?」


 予想外の時刻に帰ってきたアグニエスカが入り口に立つナタリア・ネグリの姿を認めて、

「ナタリア!マルツェルは別の場所に住んでいるからうちに来たって無駄よ!」

 と、言い出した。


「まあ!アグニエスカはマルツェル様の住んでいる住所を知っているの?」


 興奮した様子でナタリアが言い出したため、ジョアンナは溜め込んでいたイライラが爆発寸前となっている。


「ナタリアさん、あなたは毎日、毎日、アグニエスカに謝りたいと言って我が家の扉を叩いていましたよね?それで?会えたら会えたで、最初の一言がマルツェルの住所ですか?」


「あ!いえ!そういう事じゃないんですけど!」


「じゃあ一体どういう事なのかしら?家の中に入れてあげるから、じっくり話してもらってもよろしいのよ?」


「え?えええ?」


 ナタリアはまつ毛の長い大きな瞳を見開いて動きを一瞬止めると、わけが分からないといった様子のアグニエスカの腕を引っ張って、

「アグニエスカ!おいしいケーキを奢ってあげる!あなたには色々と謝らなければならない事があるのよ!」

 と、可愛らしい声で言い出した。


「謝ること?」


 アグニエスカがよく分からないといった表情を浮かべるので、

「ほら、この子が色々なお茶会に行って勝手な事をペラペラペラペラしゃべっているから、おばあさまの逆鱗に触れたのよ」

 と、ジョアンナが説明をすると、

「マリアおばあちゃんは最初からナタリアの事が大嫌いだからねえ」

 と、考え込みながら答えている。


「ナタリアさん、謝るなら今でしょ?ほら、謝ってしまいなさいよ」

「いいえ、ただ謝るだなんて出来ません!きちんとケーキを奢った上で、謝りたいんです!」


「ナタリアさん、あなたの言っている言葉の意味が分からないわ」

「ねえ!ねえ!アグニエスカ!王都でも評判のおいしいカフェを見つけたのよ!ケーキが美味しくて有名だから!私が奢ってあげるから行きましょう!」

「美味しいケーキ・・・」


 アグニエスカは本当に、なんでこれ程、色々と言われなくちゃいけないのだろうと思うほど、色々と噂をされているのだ。


 スコリモフスキ家の人間なのに攻撃魔法が一切使えないし、守備や保護の魔道具も使えないし、うちの籍に入っていないから平民扱いだし、呪われたイエジー殿下のお気に入りになっているし。


 そんな娘だから護衛の意味でもヤンをつけていたのに、息子のヤンは仕事をしているのかアグニエスカと一緒に居ないし。


「ねえ!ねえ!アグニエスカ!一緒にケーキを食べに行きましょうよ!暗い顔をして全然元気がないじゃない!気分転換が必要なのよ!」


「まあ、確かに・・気分転換が必要な状態っていえばそんな感じかも・・・」


「アグニエスカだけ行かせないわよ、仕方がないからそのケーキ屋とやらに私も行くわ」


「えええーーー!おばさんも行くのーーーー?」


「何?私が行ったらまずい事でもあるのかしら?」


「いいええ、そういう事じゃないんですけどぉ、おばさんの分まで払うお金があったかなとか思ってしまって」


「自分の分は自分で払うわよ」


 スコリモフスキ家の当主夫人であるジョアンナが言い切ると、ナタリアはアグニエスカの方を見た。

 

 アグニエスカは明らかに元気のない様子で、

「今日は厄日なの?」

 と、言い出したので、ジョアンナも困ってしまった。


 やっぱりおばさんが若い子と一緒に保護者面してついていくのはまずかったかしら。

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