第19話  王子と若手の魔法使い

 アグニエスカの年が離れた従弟となるヤン・スコリモフスキは、金貨50枚で従姉のアグニエスカの身の安全を確保するようにお願いされている身だ。

 

 本来、十二歳であれば学校に通っているような年頃なのだけれど、特別試験を受けてスキップし続けて卒業済み。十二歳の若さで、周囲から乞われて魔法省の臨時職員となっている。


「あら、ヤン!自分の仕事はもう終わったの?」

「いや、終わってないけど、アグニエスカの噂を聞いて、治療院まで飛んで来たんだよ」

「私の噂?また、どうせろくな噂じゃないんでしょう?」

「まあね」


 ヤンは腕を切断したり、足を切断したり、内臓が飛び出て死にそうになっていた重症患者が集う病室に入るなり、拡声の魔法を使って、

「皆さん!痛みがなくなったと言っても治ったわけじゃありませんよお!」 

 と、大声をあげた。


「治ったわけじゃなくて、痛みを取っただけです!そこの貴方!うっかりするとまた内臓が飛び出ますよ!そこの貴方!足は生えてきません!痛みを取っただけです!」


 病室の扉の前に立つ俺の方を一同は振り返ると、

「治ったんじゃないのか?」

「全然痛みがないんだが?」

 と、口々に質問を繰り出してくる。


「元の痛みが欲しい人は言ってください!すぐに元に戻します!痛み倍増希望の方もどうぞ!そこのあたりは調整が効きます!」


「痛みを戻す?」


 アグニエスカの言葉にぎくりと体をこわばらせた面々は、速やかにベッドへと戻ると、

「きちんと養生するから痛みはない状態にしておいて欲しい」

「このまま痛みがなければ眠れるぞ・・・」

などと言いながら布団に潜り込み始めたわけだ。


「すみませーーーん、本当に治ったわけじゃないんで、痛みが欲しい方はきちんと申し出てください!お願いしますう!」


 大声をあげたアグニエスカは、落ち込んだように項垂れると、

「本当、私の魔法って何の役にも立たない魔法なのよね」

 と、言い出した。


 何の役にも立たない魔法?

 ふざけるな、そんなわけねえだろ!

 痛みを感じられない兵士を大量に作り出したらどうなると思う?屍兵士の出来上がりだと思わないか?刺しても撃たれても、痛みを感じないから死ぬまで動き続けることになるんだぞ?


 あーーーー、隣でイエジー殿下が真っ黒い顔で笑って見えるのは、呪いで真っ黒になっているからなのか、心情的に真っ黒なのか、その違いがわかんねーー!


「で・・殿下・・申し訳ないんですけど、スコリモフスキ家代表として殿下との面談を希望します」

 なけなしの勇気を奮ってヤンが申し出ると、

「それはアグニエスカ込みで?」

 と、殿下は言い出した。


「それは・・・」

「それは?」

「アグニエスカの同席は、求めません」

「ヤンたら酷くない?」



バカじゃねえかこいつ、ぶっ飛ばしたくなってきた。

金貨50枚とか安すぎねえか?マジで?


「アグニエスカはナシで、殿下とサシで話がしたいです」

「なんで?なんでなのヤン?」

「アグニエスカ・・・」

 こいつ、ぶっ飛ばしてもいいかなあ。



    ◇◇◇



 第一王子が呪いに倒れたとあって、第二・第三王子派の連中は狂喜乱舞となっただろう。国を覆い尽くす結界を施す事など、父には出来ない。結局、第一子のイエジーが祖父に代わって結界術を引き継いだのがイエジーが十歳の時の事だった。


 これだけの力を持った王子の代わりになるほどの魔力量など、第二王子も第三王子も保持してなどいない。


 ヴォルイーニ王国には認められた王子が3人いるけれど、第一王子のイエジーはその中でも一強という感じで存在していたわけだ。


 隣国ルテニアへ親善の為に赴く事が決まったのは1ヶ月ほど前の事だったけれど、本来は第二王子のユレックが向かうはずだった。体調を崩したとかで結果、イエジーが行く事になったのには、謀略の匂いがする。


 呪いにかかったイエジーの権威は揺らぎ、欲に走った輩が暗躍するために動き出す。何せ、隣国ルテニアはヴォルイーニ王国を征服するために動き始めているし、南の国のコロア王国も、虎視眈々と領土拡大を狙っているのだ。


 規格外のアグニエスカの魔法の力を体験したイエジーは、本日、それがどの範囲まで通じるものなのか試してみたのだが、部屋指定、建物指定で、複数人同時の魔法の行使をする事が出来るらしい。


 おかげで怪我があるのに痛みがない、退院して通常の生活に戻りたいと言い出す兵士を大量生産する事になってしまったのだが。


 痛みは取ったり戻したり出来るらしく、みんな痛みを戻されるのは嫌だから、今の所はおとなしくしている。今はおとなしくしているけれど、近々、脱走兵が出てくるのに違いない。


 痛みは体の防御作用だ。

 体をこれ以上、損傷させないストッパーの機能をはたすわけだけど、それが完全に操作できるとあっては、使い所は無限大。


「殿下、僕の話を聞いてらっしゃいますか?スコリモフスキ家としてはアグニエスカの力の解放など望んでいません。公に使用する事も求めていません。我々の意思を尊重して頂けないようであれば、我々は現在いただいている子爵位も辞退したいと考えております」


「わかってるよ、ヤン」

 イエジーは若きスコリモフスキ家の魔法使いを相手に、思わずため息を吐き出した。


 私室で二人っきりで話していたのだが、その内容なんてあまりにもわかりきったものだった。


「スコリモフスキ家は強大な力を持つだけに、自由を尊ぶんでしょ?王家が一番だけど、場合によってはそうじゃない。他国への引っ越しだって余裕で致しますって言うんでしょ?」


「そうです、その通りです」


 ヤンはまだ幼い顔をカチカチに強張らせると、

「アグニエスカの尊厳を奪うような事をもしされるようであれば、スコリモフスキ一同、さらにはマルツェル・ヴァウェンサも加わって、王家へ牙をむくでしょう」

 と、言い切った。


 まだ十二歳なのに度胸があるなあ。


「うん?マルツェルも牙をむくの?」

「もちろんじゃないですか!」


 ヤンは胸を張りながら言い出した。


「マルツェルがアグニエスカに何年片思いをしていると思います?せっかくアグニエスカが婚約破棄して、自分の思いを遂げようとしているのに、まんまと逃げられてしまうという、彼の不運と、辟易するほどの執着心については、殿下も十分に理解しておいた方がいいですよ?」


 という、イエジーにとっては至極どうでも良いような情報をヤン・スコリモフスキはもたらしたのだった。

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