第14話  落胆するアグニエスカ

 まあ、おばあちゃんの意見に乗っかった私が悪かったのよね。

 男なんて絶対に信じられない。

 そんな事は、生まれ変わる前から分かっていた事じゃないの。


 町までマルツェルを追いかけてきた私は、郵便局のすぐ近くにある公園の前で、ナタリアと仲が良さそうに腕を組んで歩くマルツェルの姿を見て、力が抜けるような感覚を覚えた。


 マルツェルは休みを更に取るために、職場へ電話をかけに行ったのだけど、その後の予定については特に何も言ってはいなかった。何時に帰るとも言っていなかったし、夜ご飯を食べるのかどうかについても言ってはいなかった。


 久しぶりに町へと出た彼は、きっと息抜きをしたかったのだろう。十五歳になるまでポズナンに住んでいたのだから、そりゃマルツェルだって知り合いや友達は居るだろう。


 嬉しそうにマルツェルの腕に自分の腕を絡めているナタリア・ネグリの姿を見て、なんで彼女が昔から私に敵意を向けてくるのか、ようやっと理解できたような気がした。


 ナタリアは初等部の時からのクラスメイトだけど、マルツェルと一緒に居る姿を度々見たことがある。


 それも二人きりで、今みたいに二人は寄り添いながら、楽しそうに話をしていた。


 その時は特に意識もしなかったけど、今になってようやく分かったよ。妹扱いの私はしょっちゅうマルツェルと一緒に居たんだけど、交際中のナタリアにとって、そりゃ気に食わないわい存在よね。だからあんなに鬼みたいな対応ばっかりして来たわけだ。


 ああ、私はなんて馬鹿なのだろうか。


「アグニエスカの事が好きだよ」

「アグニエスカがいなかったら僕、死ぬよ」

「アグニエスカ以上に大事な存在なんていない」

「お願いだから、僕の事を見てよ」


 ポズナンに来てからのマルツェルは、そんな事をずーっとずーっと言っていたけど、

「はいはい」

と、粗雑に扱っておいてよかったー。真に受けなくてよかったー。 


 舌の根が乾かぬうちに他の女を口説くとか、マジでないでしょう。

 私と関係を持っても尚、他の女を寝室に連れ込む最低さを忘れてはいけない。


「本当、男運ないの、絶対に忘れちゃだめだよね」


 頬に流れ落ちたのは、唾よ、目からこぼれ落ちた唾。


「さよなら、マルツェル」


 私は遠ざかる二人の背中に口の中で呼びかけた。


「王子様に用はないの」


 見かけ地味だろうが、なんだろうが、複数人の女性を虜にするような王子様キャラに用はない。私には、複数人と男を共有するなんていう趣味はない。もしも付き合うのなら、どんなブ男だろうが私一人を大事にして愛してくれる人と付き合いたいの。


「だからさよなら、マルツェル」


 私にあなたはいらないの。



    ◇◇◇



 アグニエスカとクラスメイトだったナタリアは、僕と遭うと必ずアグニエスカの話をしてくれるのだった。


 僕とアグニエスカは一緒の家に暮らしているけど、二歳違いなので、彼女が学校でどうだったとか、普段はどんな様子で居るのかよく分からない。


 久しぶりに会ったナタリアは、王都から帰ってきたばかりのアグニエスカがどんな様子だったのかを教えてくれた為、僕は喜んで彼女の話を聞いた。


 途中でカフェに入り、ケーキのセットだって奢ってあげた。

 彼女が家に持って帰るようのクッキーだって買ってあげた。


 スコリモフスキ家の血族であるアグニエスカは空前絶後のモテ期を迎えていたようで、どんな男が声をかけていただとか、どんな男がアグニエスカに興味を持っているだとか、そんな貴重な話をしてくれた為、家に帰るのが少し遅くなってしまったのは仕方がない事なのかもしれない。


 だけど、家に帰ったらアグニエスカが居なくって、おばあちゃんが困り果てたような顔になって、

「王子様には用はないって言って、最終の馬車に乗って王都に戻っちゃったのよ」

と、言い出した。


「王子様に用はない?」

「だけどね、アグニエスカは殿下の治療の補助をするために王都に向かったのよ」


 全く意味がわからない。


 すると、ゆり椅子に腰掛けていたパヴェウさんが言い出した。

「アグニエスカはこの世の理から外れているから心配じゃ」


「アグニエスカは全ての補助魔法が効かないでしょう?」

マリアおばあちゃんが不安の表情を浮かべる。


 アグニエスカはこの世界の魔法が使えないし、この世界の魔法が効かない。

 攻撃魔法については試した事がないから分からないけど、守護の魔法が一切効果を発揮しない体質をしているんだ。


「僕、王都に帰ります」


 ケーキの箱を渡しながらマリアおばあちゃんに告げると、

「アグニエスカを頼んだぞ」

パヴェウさんが僕の顔を見上げて、


「はっきり言って、お前の気持ちは全く通じていないと思った方がええのう」

と、こちらが更に落ち込むような事を言い出した。

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