第15話 叔父の思惑
スコリモフスキ子爵家の当主であるヘンリクはアグニエスカの叔父となる。
姉の娘であるアグニエスカを、パスカ男爵家から救い出したのは、彼女が三歳の時の事だった。
姉が亡くなって喪に服す事もなく、愛人だった女を後妻として家に迎え入れたユゼフ・パスカは、娘であるアグニエスカを使用人用の物置に押し込めて後妻の目に触れないようにし、最低限の食事だけを与えて放置した。
その事実を明るみにするために、スコリモフスキ家はパスカ家の育児放棄を王宮に上申した。
年々減少傾向にある魔法使いの血は貴重なものとなり、女児であるアグニエスカが将来産む子供は、大魔法使いの血を受け継ぐものとなる。そのため、パスカ男爵家などという瑣末な存在よりも重要な存在と言えるだろう。
結果、アグニエスカはパスカ男爵家からポズナンにある大魔法使いが住む家へと移動し、同時期に預かったマルツェルと共に成長する事となったのだ。
「父さん、アグニエスカが王宮に上がるって本当なの?」
東の森から帰ってきたばかりの息子のヤンが、執務室に入ってくるなり言い出した。
「イエジー殿下の治療をサポートするっていう事だけど、ユレック殿下やバルトシュ殿下が黙っていないんじゃないかな?」
圧倒的な魔力を持つイエジー殿下が現在、呪いにかけられているような状態のため、第二王子と第三王子が王位継承を巡って派手に動き始めているのが問題となっている。
「ルテニアとの衝突が国境線で始まっているし、結界を通り抜けた戦闘飛空艇による攻撃も始まっているっていうのに、ずいぶん呑気な話なんだけどさ」
ヤンはそう言いながらソファに座ると、
「そもそも、ルテニア公国のイレーナ姫がイエジー殿下に呪いをかけたっていうのも、第二王子だか第三王子だかが裏で手を引いていたんじゃないかとかなんとか、そんな話も出ているんだけど、それって本当の事なわけ?」
「あーー・・それね・・・」
本当に頭が痛い話なのだ。
半年前、我が国と隣国ルテニアとの親善パーティーが催されるという事で、王の代理として第一王子のイエジー殿下が隣国へと赴かれた。
22歳となるイエジー殿下は16歳の時に婚約者を亡くしてからというもの、婚約者不在のまま時を過ごしているため、周辺の王族からも沢山の釣り書きが届けられているような状況でもあった。
魔法大国とも呼ばれるヴォルイーニ王国は代々、王家は特別な魔力を持つと言われており、王国全土を覆う結界を施すのも王家の役目と言われていた。
他国の武力や魔獣を遮断する結界は強固なものであるし、魔法使いが年々減少し続けている他国としては垂涎の的となるような代物でもある。
その結界をもたらすイエジー殿下は国の宝とも言われる人物であり、見た目も素晴らしい若者でもある。
王妃と同じ銀の髪はキラキラと輝き、金褐色の瞳に形の良い鼻梁、引き締まった口元は男らしさを醸し出す。背も高く、引き締まった体つきをしており、女達を魅了せずにはいられない。
「キャワーーーン!イエジー殿下!大好き!」
そんな風に馬鹿みたいに騒いでいたのが隣国ルテニアのイレーナ姫であり、熱烈なアタックを試みている姫君としても有名だった。
この姫君、金色の髪とエメラルドの瞳を持つ、天使のように可愛らしい顔立ちをしているのではあるが、かなりおバカで猪突猛進な所があり、自分が好きになったのだから、絶対に殿下も自分の事が好きだろうと何年もの間、思い込んでいるところがある。
自分の好意を素直に受け取れないのは、お亡くなりになった婚約者の喪に服しているとアピールするため。亡くなった婚約者の家が許可を出せば、すぐに自分の元へ求婚しに来るだろうと思い込んでいる。
しかし聡明な殿下がお馬鹿な姫君を熱烈に愛しているわけもなく、
「頭のおかしなイレーナ姫を伴侶にするなどと、想像するだけで虫唾が走る。私を世間の笑い者にしたいのか?」
と、側近と話すイエジー殿下の言葉を聞いた姫は、激しいショックを受け、泣いて部屋から出て来なくなってしまったらしい。
困り果てた側近がイレーナ姫の元へ見舞いに行くように殿下を促したため、殿下は渋々姫の元を訪れた。
翌日には多くの貴族を招いての親善パーティーが行われる、姫と仲違いしたままでは国際問題にも発展してしまう。
薔薇の花束を持って訪れたイエジー殿下に向かって姫は叫んだ。
『我が王家を愚弄するものに天罰を与えよ』
古代語で発せられたその言葉は呪いを発動し、殿下の全身を黒々とした痣が覆い尽くす。倒れたイエジー殿下は秘密裏に運ばれ、ヴォルイーニ王国へと帰還する事となったのだが、呪いの所為もあって国を覆う結界に綻びが生じ始める事となったのだ。
姫がかけた呪いにルテニアの王は始め、腰を抜かすほど驚いたというが、それがきっかけとなって結界が緩んだとあれば千載一遇のチャンスとなる。
強固な結界に守られたヴォルイーニ王国は近代兵器の導入に遅れを見せている。肥沃な大地と貴重な鉱石が眠る山々を持つヴォルイーニの国土は、結界さえなければ征服するに容易い。
地上戦では苦戦を強いられる事もあるだろうが、空からの攻撃も加えれば、何を恐れる必要もないのだ。
こうして呪われた殿下の帰国と共に、隣国ルテニアから宣戦布告を受ける事となったヴォルイーニ王国は大いに慌てる事となったのだが、そんな中でほくそ笑む人間が二人。二人の王子は最近、不穏な動きを見せているのだ。
「王家に狙われたら困るからっていう事で、パスカ家から出たアグニエスカはスコリモフスキ家に籍を入れてないから平民の身分のままだよ。前は平民身分のままの方が、王家との婚姻を迫られずに済むなんて言っていたけど、そんな悠長な話をしている場合じゃなくなっているよ?」
「平民だからこそ、好きなように出来ると判断する人間も多いという事だね」
ヘンリクはため息を吐き出した。
「アグニエスカの出仕は王命でしょ?」
「そうだね」
「とにかく、しばらくの間はアグニエスカには俺がつくようにするよ」
「マルツェルじゃなくてヤンがつくのか?」
幼い時から一緒にいるマルツェルが婚約を破棄されたアグニエスカと結婚したいと申し出たのは3ヶ月ほど前の事だった。
二人は恋人関係であるし、近々一緒に住もうかと話も進んでいるのだとマルツェル本人が言っていた。
東の森のスタンピードを無事に阻止出来たら結婚を許す、なんて偉そうな事を言って彼を送り出したのだけれど、そうこうするうちに、アグニエスカはポズナンの田舎町に帰ってしまうし、アグニエスカは職場の上司が好きだったなんて噂話も聞こえてくる。
あれ、これ、マルツェル振られたのかな?と思っていたところ、マルツェルは時間を作ってポズナンまで追いかけて行ってしまった。
その後、どうなったのかは分からないけれど、アグニエスカは一人で王都に帰ってくるのだと連絡を受けている。やっぱり振られたのだろうか?
「東の森から僕が移動するから、マルツェルがまた行かなくちゃなんなくって、それで、こっちに居る間は俺がアグニエスカの警護をしろって言われていてさ」
まだ十二歳のヤンは不貞腐れたような顔をすると、
「報酬は金貨50枚だって、少なすぎない?ケチだよね?」
と、言い出した。
十二歳の少年による従姉の警護料に金貨50枚は十分に高額だと思うのだが。
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