第13話  不服なアグニエスカ

「アグニエスカ、貴女もいい加減にしなさいよ?」

 お皿を洗っていたおばあちゃんが、明らかに不機嫌な様子で私に言い出した。


「私はね、貴方達はお互いに話をした方が良いと思うのよ?」

「だから、話し合った上で、今の状態なんじゃない」

「本当に話し合っているの?お互いに気持ちをきちんと理解し合うことが出来たの?」

「そんなこと・・・」

 私にだってよくわかんないわよ。


 ひいおじいちゃんが空の結界を解いてしまい、大騒ぎとなった日にやってきたマルツェルは、

「ねえ、アグニエスカ、クソみたいな上司の事はもう忘れたほうがいいよ!」

 と、意味不明なことを言い出した。


「素敵な上司だったんでしょ?まだ思いが残っていたの?だからって不倫を社長に告げ口した上に、上司とその不倫相手の家に密告した上で会社を辞めるだなんて、そこまで復讐心に燃えるほど彼を愛していたってことなの?」


「はい?」


「前に勤めていた新聞社の混乱状況も聞いているよ?アグニエスカ、君ったらまだあの上司のことが好きなの?」


 なんでクソ上司の事を今でも好きだって事になっているんだろうか?


「辞める時にわざわざ告発するなんて、ずっと心の中に残ってたんでしょ?好きだったんじゃないの?」


 好きじゃないし!そもそもとっくの昔に忘れていたし!


「じゃあ、なんで急に何も言わずに居なくなったわけ?とりあえず僕に一言あっても良かったよね?」


 マルツェルは私が何も言わずに居なくなった事がとにかく不服らしい。私は言ってやったわよ。


「あのさ、マルツェル」

「なに?」

「あなたの家に行った時に、金髪の美人のお姉さんが居たわけね」

「ピンスケルさんのこと?」

「もしかして、あなたの恋人?」

「職場の同僚だよ」


裸同士の付き合いで同僚!あなたはそういう爛れた関係を持っている人だったんですね?


「悪いんだけどちょっと付き合いきれないなあと思って」

「なにが?」


「私はね、尽くしグセがあるわけ。自分でも良くないなあと思っているんだけど、料理したり、掃除したりとか、洗濯したりとか、そういう事をしちゃうわけ!」


前世からのクソみたいなクセですよ。


「マルツェルにとって私は、すごく便利だ!便利な存在だ!って思うかもしれないけど、私はね、もう、そういう自分はやめたいと思っているの」

「じゃあ人を雇う!料理人でも、掃除婦でも好きなだけ雇うから!」


 掃除、洗濯しなくていいから、まさかのまさかで、セフレ要員としてお願いってこと?ないわ、ないわ、ないわあ。


 マルツェルは私に対して、

「アグニエスカは全然分かってくれない!」


と言って王都にも帰らずに、ポズナンの家に居続けているんだけど、はっきり言って意味がわからない。


 私は、本当に、女癖の悪いやつが大嫌いなの。

 だから、マルツェルはナシ中のナシ、絶対ないわけ。


 そうするとおばあちゃんが、

「マルツェルにはアグニエスカしか見えてないじゃない」

 とか言い出すわけよ。


 朝起きてから夜寝るまで、奴は確かにしつこ過ぎた。顔は一緒に洗うし、歯も一緒に磨くし、食事は必ずピッタリ隣に張り付いて食べるし、コーヒーだって紅茶だって、私が選んだものと同じものを選んでくる。


 トイレにまでついてくるから殴ってやったけど、どこまでも一緒に居ようとするその態度が理解できない。


「ベタ惚れのように見えるんだけど?」

おばあちゃんが呆れたように言うたびに、

「絶対に違うって!」

毎回同じ返答をする私に対して、哀れみの眼差しで見るのはやめてほしい。


「マルツェルだってお仕事が忙しいのに、わざわざアグニエスカの為に、お休みを取っているわけでしょ?」


おばあちゃんは一通の手紙を手に取ると、

「王家から、今度はおじいちゃんじゃなくてアグニエスカに対しての緊急の召喚状が届いているわ。イエジー殿下の症状が思わしくなくて、痛みを取るために貴女の力を借りたいのですって」

私の前に差し出してきた。


「せっかくマルツェルが車でここまで来てくれたのだから、一緒に王都に帰りなさいよ。二人が付き合うか付き合わないかについては、町に出ているマルツェルを捕まえて話をしてみたらいいわ」


おばあちゃんは朗らかに笑いながら言い出した。


「いつもあなた達、家にばっかりいるからダメなのよ。たまには場所を変えたほうが話が進むかもしれないじゃない?」

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