第12話  マルツェルの思惑

 僕は3日の休暇が終わってもなお、ポズナンの町に居続けていた。だって、アグニエスカが僕の話をちっとも聞いてくれないから。


「なんですって?溜まった休暇を今、ここで、消化したいですって?」


受話器の向こう側からジガ・キェブラの不機嫌そのものの声が響いてくる。


「貴方様は王国の剣、人を相手の戦闘は出来ないから、魔獣を相手に戦う事を国王より命じられているのですよ?」


「だから、その魔獣は大方倒しておいたでしょ?」

「山脈に移動した古代竜はどうするのです?」


 知った事じゃねえよ。


「大魔法使いのひ孫であるアグニエスカが車に連れ込まれて誘拐されそうになったのは言ったよね?これからも危ない目に遭うかもしれないし、目は離せないし、ひ孫に何かあったらパヴェウさんが怒って、二度と今と同程度の結界術は施してはくれないよ?」


「だったらアグニエスカさんを王都にお連れして」


「彼女は王都には行かないって言うんだよ。僕さ、もう王都には戻らずに、アグニエスカと一緒に国外逃亡してもいいかな?」

「ダメでしょ、やめてください」

 ジガはキッパリと言うと、

「アグニエスカ様は確か、痛みを取る力があるという事ですよね?」

と、言い出した。


「まあね、そうだけど」


 大魔法使いであるパヴェウさんが言うのには、アグニエスカは生まれた時からこの世の理から外れているのだという。


 だから僕らが学ぶような魔法学を彼女は基礎中の基礎しか学んでいない。出来ることは『人の痛覚を操作する』ことだけ。


「イエジー殿下の呪いが悪化いたしまして、全身の痛みが強くなっているのですよ。ですから、王命で彼女を王都へ召喚し、殿下の治療にあたっていただくようお願いしています」


「ええええええ?」

 意味わかんない。


「なんで?なんでアグニエスカがそんな事をしなくちゃならないわけ?」

「その人の状態に関わらず、完全に痛覚を消失させるだなんて、普通の魔法師には絶対に出来ないことではないですか?」

「そりゃあ、アグニエスカは天才だから」


「貴方様は王都に戻らなくちゃいけないし、アグニエスカさんも王命が下るわけですから王都に行かなくちゃならない。思い合う二人が王都で時を過ごして、お互いの誤解を解き、お互いを理解しあい、そうして愛し合うという結末を迎えるのが一番良いのではないでしょうか?」


「う・・うん・・それは良いと思う」


 確かに、ここに居たら話が全然進まないというか、結局、わかってもらえないんだよね。だから、僕の事をきちんと理解してもらうには、環境を変えた方が良いというのは確かかも。


「私はお二人が王都に帰ってこれるように手配をしていますので、帰宅の準備の方を、よろしくお願いしますよ?」

ジガは念押しするように言うと、受話器を置いたようだった。


 大魔法使いの家には電話がないため、郵便局まで電話をかけに来た僕は、防音の結界を外して郵便局の外に出た。


 空は晴れ渡っているというのに、僕の心の中は土砂降り状態だ。何故かというと、アグニエスカが僕の話を全然聞いてくれないからだ。


「女の子の好きなものって言ったらケーキだよね・・・アグニエスカも美味しいケーキでも食べれば、少しは僕の話に耳を傾けてくれるのだろうか」


「マルツェル・・マルツェル!ねえ!マルツェルったら!」


 呼び声がする方を見ると、瀟洒な二階建ての家の窓から金髪の若い娘が僕に向かって手を振っている事に気がついた。


 町の中心地には市役所や郵便局、教会なんかもあるわけだけど、地主や商家、町長の家なんかもこの辺りに並んで建っているわけで、

「マルツェル!王都から帰って来たの?」

 家から飛び出してきたポズナンの町長の娘、ナタリアは、翡翠色の瞳をキラキラさせながら僕の顔を見上げてきた。


 ナタリアはアグニエスカと同じ歳で、町内の学校に通っていた時は同級生だったはずだ。


「君さ、もしかして、アグニエスカが好きなデザートとかケーキとか知っているかな?」 

「はあ?」


 ナタリアは最初呆れたような顔をしたけど、お日様のような輝く笑みを浮かべてながら、

「もちろんよ!アグニエスカも好んで食べる美味しいケーキ屋さんがあるから私が案内してあげる!」

 と言って僕の腕に自分の腕を絡めてきた。


「本当にアグニエスカが好きなケーキを知ってるわけ?」

「私がどれだけ長い間、アグニエスカと同じクラスで勉強していたと思うの?」


 確かに、ポズナンは子供の数も少ない為、学校には各学年一クラスしかなく、かなり長い間、クラスメイトだったという事になるだろう。


「お土産に買っていくのでしょう?私が選んであげるわ!」

「本当に?あえて嫌いなケーキとか選んだりしないよね?」


「私はマルツェルに意地悪なんかしないわよ?なんだったらマリアおばさまが好きなケーキも教えてあげるわよ」


 あああ、マリアおばあちゃんにも大概世話になっていると思うんだけど、僕はちっとも成果を挙げられないでいるわけで。


「家族みんなへのお土産にしたいんだけど」

「私に任せてちょうだいよ!」


 元々姉御肌みたいなところがあるナタリアは、気合が入った様子で僕を引っ張っていく。


 ここで好みのケーキを持っていったら、アグニエスカのご機嫌も上向いたりしないだろうか。

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