第11話  ナタリアの鬱屈

 気に食わないアグニエスカを悪女に仕立て上げることに成功したナタリアは、意気揚々と婦人会の仕事を終えて家へと帰宅をすると、

「ナタリア、お前、なんて事をしてくれたんだ!」

 ポズナンの町長である父親から怒鳴られることになったのだった。


「お前が余計なことを言うから、大魔法使いがお怒りになって結界を解いてしまっただろうが!」

「余計な事ってなんですの?」


「アグニエスカさんが家で仕事をすると言うのなら、そうさせてやれば良いではないか!アグニエスカさんを不快にさせて大魔法使いの不興を買うなど、お前は、なんて馬鹿な事をしでかしたんだ!」


 まあ!人を馬鹿っていう人間の方が馬鹿って良く言いますわよね!

 思わずナタリアは可愛らしい顔をくちゃくちゃにして見せた。


「しかもお前は、大勢の前で、アグニエスカさんの事を男好きだとか、色目を使っているとか、他人の婚約者を奪う悪女だとか言っていたそうじゃないか?」 


「まあ!違いますわよ!」

「なんだって?」


「アグニエスカさんに気に入られる為に、自分の婚約を破棄したり、お付き合いしていた恋人を捨てるなんて人が、このポズナンで多く見られるではありませんか。大魔法使いに気に入られたいが為、アグニエスカさんに媚を売っているのでしょうけど、浮気されたり、捨てられる側としてはとんでもない話ですわ。ですから私、恋人や婚約者がいる方はとにかくお気をつけ下さいという話をしたまでで、アグニエスカさんを貶めよるような発言をした覚えはありませんわ」


「それは本当の事なのか?」


 ナタリアの父は信用しきれないといった様子で娘の顔を見ると、大きなため息を一つ吐き出した。


「町の上空に敵の飛行艇が現れてから、町中が浮き足立っているのもまた事実ではある。今のような時だからこそ、大魔法使いと縁を結びたいと考える者もそれはいるだろう。だがな、その大魔法使いの不興を買ってしまったら、我々に明日は来ないという事になるのを覚えておいてくれ」


 ナタリアは首を傾げてしまった。 

 なんで明日が来ない事になっちゃうのよ?明日はいつでもきっちりやってくるでしょうに。


「結界を張ってもらう為に州知事がポズナンまで頭を下げにやってくるという事態はもう、これきりにして欲しい。これ以上、大魔法使いを不快にさせれば、我がネグリ家も終わりなのだからな!お前もそこの所は十分に理解した上で行動するようにしてくれ」


「はい、お父様」


 何の取り柄もない、田舎町そのもののポズナンが有名なのは、大魔法使いパヴェウ・スコリモフスキが自らが隠居する場所としてこの地を選んだからに他ならない。


 山間の合間に広がる盆地に位置する小さな町では、酪農と小麦の栽培で人々は生計を立てている。


 大きな町と比べれば若者の数はかなり少ないけれど、若い子達が集う場では、ナタリアはその中心でお姫様のように扱われていた。


 同じ歳のアグニエスカは集団の中にはあまり入らずに、二歳年上の男の子の後ろばかりついて歩いていたし、男の子もアグニエスカの事を妹のように可愛がっていて、いつも手を繋いで一緒に歩いていた。


 紅茶色のもしゃもしゃした髪の毛の男だったけれど、雨の日に一度、いつも髪の毛で隠れている彼の顔を、ナタリアは見たことがあるのだった。


 金色の瞳をした綺麗な顔立ちで、鼻筋が通り、引き結んだ口許すら凛々しく見える。大魔法使いの最後の弟子と言われていて、王宮に出仕しているのだと噂で聞いていた。


「はあ、色々と馬鹿馬鹿しい」


 今まで注目を集めるのはナタリアであって、他の娘では決してなかった。王都からアグニエスカが引っ越してきた時も、町の男の子達はそれほど興味を持っているようには見えなかった。


 だというのに、あの日、ルテニアの戦闘飛空艇が大空を飛んでからというもの、みんなの意識が一斉にスコリモフスキ家へと向かってしまったのだった。


 アグニエスカに気に入られる為に婚約者や恋人を捨てる若者がいるという話を聞いて、これは使えるとナタリアは思ったのだった。アグニエスカの所為で恋人と別れるしかなかったという女の子も見つけた。


 女の子同士で集まって話せば、みんながみんな、アグニエスカが気に入らないって言い出した。何故、王都から戻って来たのだろう。さっさと王都に帰ればいいのに。


 みんなで楽しく悪口を言えば、他の子も追随するように悪口を言う。私一人で言っていたわけじゃないわ、みんなも同じように言っていたじゃない。


 だけど、ひ孫が悪口を言われたと知った大魔法使いは激怒する事となり、空を覆いつくす結界を消してしまったから大騒ぎとなってしまったようだ。


「はあ・・・本当にイライラする」


 この世は大魔法使いを中心に回っているわけじゃないでしょう?みんな忖度しすぎじゃないかしら?


 鬱屈した思いを抱えながらナタリアが外を眺めていると、背の高い青年が家の前を歩いていく姿が見えた。

 紅茶色の髪の毛はもしゃもしゃとしていて顔は良く見えないけれど、歩く姿すら凛としているように見える。


「マルツェル!帰ってきたの?」


 窓から声をかけると、マルツェルは驚いた様子でこちらの方を見上げた。

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