第4話 知らねえよ
僕は元々、建築資材部で働いていた。
「マルツェル様」
あの時は仕事も定時で上がれたし、新聞社で働くアグニエスカと待ち合わせをして、色々なレストランに食べに行ったし、二人で夜の街を散歩したし、手をつないで、お互いの色々な話をしたはずだ。
「マルツェル様?」
帰りたくないって言い出して、僕の家に来たときのアグニエスカは死ぬほど可愛かったよ。
それからは僕の家で料理を作ってくれて、一緒に食べて、時々、お泊まりもしてくれたし、楽しく過ごしていたじゃないか。
「マルツェル様?マルツェル様?」
夢中になっていたのは僕だけだったの?
なんで急に居なくなっちゃったんだよ。
僕の家の合鍵をナレフ川になんで捨てたの?
僕、何かした?嫌われるような事をしたかな?
え?しつこかった?色々としつこくしちゃったのがまずかった?
アグニエスカも満更でもないような顔をしているから、嫌だなんて全然わからなかったよ。どうして直接言ってくれないわけ?
「マルツェル様!マルツェル様!」
「何?うるさいなあ!」
「もう、魔獣は死んでいます、全滅です」
「はあ?」
えぐれた大地、飛び散る肉片の山、薙ぎ倒された大木の山を見て僕は空を仰ぐと、
「ねえ、この倒した大木の山、建築資材課に持って行ってもいい?」
と、尋ねると、
「持っていくだけならいいですけど、建築資材課に復帰する事は無理ですよ」
副官のジガ・キェブラが至って冷静に言い出した。
「なんで建築資材課の僕が魔法省に移動して、魔獣の討伐なんかしなくちゃなんないわけ?おかしくない?適材適所って言葉知ってる?僕は元々文官採用だよ?」
「そうは言いましても・・」
ジガはテヘッと笑った。
「フェンリル百匹討伐を1時間もかからず終わらせる事できるのは、我が国でもマルツェル様以外には存在しないですよ。イエジー殿下がご不調の今、我々はマルツェル様に頼る以外に方法がないのです」
「マジでそういう戯言いらないから」
本当に発狂しそう。
「それで?これでこの辺りの森に出てくる魔獣は殲滅した事になるんじゃないの?そろそろ僕は王都に戻りたいし、アグニエスカを探しに行きたいんだけど?」
「もちろん!王都におかえりになっても大丈夫ですし!秘書のクリスティナ・ピンスケルにアグニエスカ様の足取りを追ってもらっていますから、何の問題もありませんよ!」
魔法省所属のジガ・キェブラは魔獣討伐隊大隊の副隊長の地位にある男なのだけれど、狐みたいな顔をしたいけすかない奴なのだ。
「本当に僕、アグニエスカ居なかったら死ぬかもしれないから」
「またご冗談を」
「本当だよ?本気で言っているよ?」
「はいはい」
「本当にどうなっても知らないからね?」
本当に、本当に、どうなったって知らないよ?
この世界には魔法というものがある。
昔は魔法大戦と呼ばれるような大きな戦争もあったようなのだけど、年々、戦争で使えるような魔法を使える人間が減っていき、魔法使いの人口減少に比例して武器の開発が世界各国で盛んになっていった。
我がヴォルイーニ王国は王族が強力な魔力を有しているという事もあって、周辺諸国と比べると、武器の導入がものすごーーく遅れているのは間違いない。
過去には大魔法使いパヴェウ・スコリモフスキが王国を包み込むような形で結界を作っていたし、現在は王太子であるイエジー殿下がその役を担っていた。
この結界によって他国の武力は国内に侵入する事ができないし、魔獣だって隔離された場所から漏れ出てくるのはほんの少数で、王国騎士団と魔法省の魔獣討伐隊の手を煩わせる程度のものだったのだ。
膨大な魔力を有するイエジー殿下が居る限り、多少兵器の導入が遅れていたとしても何の問題もない。他国に比べて魔獣対策が遅れていても、魔獣自体が出没する発生件数が桁違いに少ないのだから、何の問題もなかったわけだ。
王族の血をひきながら、攻撃するだけの力しかない僕は用無し要員でしかなく、文官として王宮に出仕する事を選び、一文官としてのんびりやっていこうと思っていたんだよ。なのに、なんなんだよ一体、意味がわからないんだけど。
「よくぞ無事に帰還した」
この国の王であるスタニスワフ・ヴォルイーニは謁見の間ではなく、自分の執務室に僕を招き入れると、ソファに座らせるなり、目の前に山盛りの菓子と紅茶を用意させて、人払いを済ませてから、
「スタンピードを止めてくれたことに感謝する」
と言って頭を下げた。
東の森に発生したスタンピードは、それはそれは酷いものだった。
地中から古代竜が目を覚ました為に、森を住処としていた魔獣が一斉に逃げ出して、僕の到着が間に合わずに街や村が100キロ四方で消える事態となってしまったのだ。
「スコリモフスキ家の人間が同行していて本当に良かったですよ、あの結界術がなければ被害はもっと大きなものとなっていたでしょう」
「ヘンリク・スコリモフスキか?」
「いえ、当代ではなくその息子のヤン・スコリモフスキです。十二歳と言っていましたね」
「随分と若いな」
スコリモフスキ家の大魔法使いは80を過ぎた超高齢者であり、スコリモフスキ家の当代は孫、ヤンは大魔法使いのひ孫という事になる。
「現在、東の森の境界100キロに渡り結界を張ってもらっていますが、完全なるスタンピード収束の確認後、王都へ戻るように言っています」
「彼に王国の結界術を任せる事が出来ないだろうか?」
「無理ですね」
僕は紅茶に口をつけた。
「根本的な術式自体が違うんです、特に彼はまだ覚醒自体もしていないので、その状態で、あの規模の結界が施せるのは天才というより他ないかと」
「うーん」
王は難しい顔をすると、胸の前で腕を組み、瞳を伏せて思考の中に陥った。
僕の名前はマルツェル・ヴァエンサ。
砂漠の国カイルアンの踊り子姫と呼ばれた母と、目の前に座る王様の間に生まれた子で、世間一般的には王族とは認められていない。
僕は赤ん坊の時に母と一緒にカイルアンへ移動したらしいんだけど、5歳の時に母が亡くなり、その時に魔力暴走を引き起こして国を追放される事となったわけだ。
カイルアンに居る魔法使いは年々減少傾向にあり、膨大な魔力を持つ僕を管理する事は不可能に近いため、父がいるヴォルイーニ王国へ引き取られる事となったのだけれど、王宮で僕の事を管理できる人間はいなかった。
危険人物と判断された僕は処刑対象となったわけだけど、王が引退したパヴェウ・スコリモフスキの元へ僕を預けることを決定し、こっそりポズナンの田舎町へと送り込んだ。
そこからの十年間をポズナンで過ごして、成人後、王宮へ文官として勤める事になったのは、国家の有事の際には僕の魔力を有効利用しようと考えたからに他なく、今はその有事という事で、僕はアホみたいにこき使われているというわけだ。
「王太子の具合はどうなのですが?」
「なかなか難しい」
王は厳しい表情を浮かべると、懇願するように、
「隣国ルテニアを滅ぼして来てくれないかな?」
と、言い出したため、思わず鼻で笑ってしまった。
「無理ですよ。貴方たちが僕の力を恐れて、人に向けて攻撃魔法を執行することが出来ないようにしたんじゃないですか?」
僕の両腕と胸には縛の魔法陣が刻まれている。これは五歳の時、王宮に上がる前に無理やり施されたものだ。
「その封印術、魔法使いパヴェウにもどうにも出来ないのか?」
「高齢の大魔法使いを頼るのはやめませんか?」
80歳以上の老人を酷使するのはやめようよ。
「パヴェウの代わりに僕が魔獣討伐をしているわけですし、これ以上何か問題がありますか?」
「ルテニアが宣戦布告をしてきた」
「・・・・」
「これから戦争になるぞ」
知らねえよって、その時、僕は思ったね。マジで知らねえよ。
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