第5話 クリスティーナの思惑
マルツェル・ヴァエンサの専属秘書であるクリスティナは、先輩秘書からの問いかけに笑顔で答えていた。
「先輩もあのカフェに居たんですか?エヴァさんと私は学園時代からの友人で、時々、カフェでお互いの近況を話したりしているんです。彼女、婚約が決まって幸せそうで私も本当に羨ましくって!」
「だけど、噂によると略奪したそうじゃない?」
姉妹で奪い合っているという婚約者、サイモン・パデレフスキは王宮に官吏として働いており、女性職員からの人気は高い。サイモンの新しい婚約者であるエヴァと一緒に居る姿を見て、探りを入れてきているのだろう。
「ああ!そうですね!彼女の婚約者って元々は姉のアグニエスカ様の婚約者だったのですものね?アグエニスカ様はかの大魔法使いのひ孫という事になりますし、今回の魔獣討伐でも、スコリモフスキ家の方々が活躍をしていたというお聞はお聞きしております」
「今回の討伐では、若干まだ十二歳のヤン・スコリモフスキが結界術を行なったという話でよね?同じひ孫のアグエニスカ様にも期待がかかっているって話を聞いたけれど、あなたの友人はそんな姉から婚約者を奪い取って大丈夫なの?」
心配しているように見せながら、姉の婚約者を奪い取ったエヴァに対して蔑みの気持ちが隠しきれていない先輩秘書の顔を見上げたクリスティナは、持っていたファイルを胸に抱えると、憂いの表情を浮かべながらほっとため息をついた。
「でも・・アグニエスカ様は王都を離れたそうですから」
「王都を離れたの?」
「アグニエスカ様は継母のダグマーラ様と異母妹であるエヴァ様とはあまりうまくいっていなかったようで、家の中ではいつも孤独を抱えていたようなんです」
「まあ、そうなの?かわいそうじゃない!」
先輩秘書官は真っ赤なルージュを塗りたくった口元に蠱惑の笑みを浮かべながら言い出した。
「ねえ、上司と不倫関係にあったっていうの、本当の話なわけ?」
「わ・・わ・・私には良くわかりません・・・ただ、私がアグニエスカ様の職場に赴いた時には大きな騒ぎとなっておりました。どうやら上司の奥様が会社まで乗り込んできたようで、交際をしていた同僚の女性と掴み合いの喧嘩をしていたのです」
クリスティナが怯えるように答えていると、
「ピンスケル秘書官、僕の元に持ってくるように言っていた資料はどうなったの?」
廊下の向こうからこちらの方へと向かって歩いてきた、担当上司のマルツェル・ヴァエンサ様が鋭い声でこちらに問いかけてきた。
先輩の女性秘書官は顔を真っ青にして一歩さがると、無言で職場へと戻っていく。
魔法省の幹部クラスには女性秘書官がそれぞれ配属されており、スケジュール管理や書類整理などの仕事の他に、緊急時には上司の魔力循環の管理なども行うように命じられている。
魔力循環の管理とは、必要の場合は夜を共にして関係性を深め、魔力の安定を図ると共に、魔力の多い子供を授かる事を任務とする。
結婚相手の最有力候補者として配属されるのが魔法省の秘書官でもあるのだった。
「ピンスケル秘書官、君は僕の家でアグニエスカと会ったと言っていたよね?」
マルツェルは書類をペラペラとめくりながら問いかけてきた。
「君が疑問に思うほど、アグニエスカの様子はおかしかった?」
「はい」
何しろクリスティーナが裸のままの姿でマルツェルと一緒に寝室を共にしていたのだから、驚かないわけがない。
「後から彼女の職場まで行って確認をしたのですが、やはり、前の上司の派手な女性関係がショックだったのかと思われます」
クリスティーナの仕事には、上司の魔力が安定するために、閨を共にするというものがある。ぐっすりと眠る上司の隣で寝ていたとしても、それは仕事の一部でしかないはずだ。
「アグニエスカ様はすでに職場を退職しており、私が彼女の元職場に出向いた時には、彼女の上司と妻、同僚、その他職場の女性社員が集まって取っ組み合いの喧嘩をしておりました。それが彼女の差配によるものだという事は、彼女の職場の同僚よりお聞きしております。会社経由で告発文書という形で、上司の実家と後輩の生家に届けられた事も確認しております。私の判断では、彼女はマルツェル様よりも職場の上司に心を寄せていたように思います」
もじゃもじゃ頭で目が隠れているとはいっても、マルツェルが激しく落胆していることにクリスティーナは気が付いていた。
「私がアグニエスカ様の家へ伺った時にはすでに引き払った後であり、その後、何処に引っ越したのかという事については存じません」
大家さんは引っ越し先について知ってそうではあったけれど、クリスティーナは新しい転居先については聞きいていない。必要性を感じないからだ。
「アグニエスカ様の家庭環境については直接、異母妹であるエヴァ・パスカ様にも確認いたしましたが、彼女がパスカ家で幸福であったとは到底思えませんでした。婚約者であったサイモン・パデレフスキ様は簡単にアグニエスカ様を裏切りましたし、エヴァ様もサイモン様をアグニエスカ様から奪って当然というような感覚でいるのではないかと私は感じています」
「アグニエスカ・・・」
クリスティーナは、自分の髪の毛を乱雑にかき回しながら俯くマルツェルをうっとりとした眼差しで見つめていた。
ああ、マルツェル様、あなたは髪の毛で自分の瞳の色を隠しているけれど、古代王国の血の証である金の瞳である事を存じております。
そして、ヴァウェンサの姓を持つ貴方が王家の血を密かに引いているのも存じております。
王太子イエジー殿下を上回るほどの魔力量を持ち、大魔法使いパヴェウの最後の弟子と言われる方。
髪の毛に隠れる鼻筋の通った美しい顔立ちを私は存じております。
「報告書にもまとめさせて頂きましたが、アグニエスカ様はお辛い日々をお過ごしになったのだと思います。今は心も傷ついていると思いますし、しばらくの間、時間を置くことも大事なのではないかと私は思います」
ですから、私を選べば良いのです。
ねえ、マルツェル様、私、綺麗だってよく言われるんですのよ?
あの赤毛よりも余程美しいと思うのです。
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