第2話 お姉様の近況
義理の姉であるアグニエスカから婚約者を奪い取り、家から追い出すことにも成功したエヴァはほくそ笑みながら友人の言葉に耳を傾けていた。
「本当に良かったじゃない!遂に、邪魔者のお姉さんがいなくなって、更には婚約の話まで進みそうなんでしょう?」
エヴァの親友となるクリスティナは魔法省に勤務の才女であり、友人の前で祝福の拍手をあげると、エヴァは可愛らしい頬を膨らませて言い出した。
「私たちは愛し合っているって言うのに、彼のご両親の方が色々と難癖つけて!本当に大変だったわ!あの、赤髪のアグニエスカの方が良かったとか、何とか言い出して、本当に頭にくるったらなかったもの!だけど、サイモン様が私との結婚を認めてくれなかったら家を出て行くとまで言ってくれて!それであちらのご両親もようやっと納得してくれたって感じなのよね!」
エヴァの姉の婚約者だったサイモン・パデレフスキは金色の髪にエメラルドの瞳を持つ美丈夫で、王宮に官吏として勤務していることから、王宮に勤める女性たちからも人気が高い。
そんな優良物件を姉からの略奪に成功したエヴァの満足げな笑みを見て、この子って本当に馬鹿じゃないのかなと、クリスティナは思ってしまうのだった。
「サイモン様の生家であるパデレフスキ伯爵家は、魔力がある妻を息子に持たせたかったらしいんだけど、私だって火魔法が使えるし、魔力の量だって多いのよ?魔法家として功績を立てたパスカ男爵家の娘なのよ?」
魔法家として功績を立てたと言っても、祖父の代で魔道具の開発で一発当てた程度のものであり、その功績で男爵位を賜った程度の、歴史も浅い家となる。
「それで?クリスティナはどうなの?最近彼氏と別れたって言っていたじゃない?出会いの多い王宮で働いているんだから、次のお相手をもう見つけたんじゃないの?」
「えええ?私?」
どうやらエヴァは失恋した親友の、その後の動向に探りを入れたくてお茶に誘ったようだ。
「実はね、働いている部署が魔法省に移動になったのよ」
クリスティナはわざとらしくため息をついた。
「まさか!もしかして!魔法省に秘書として配属って!もう、大体はお婿さん決まっちゃったようなものでしょう?」
「そういう事なのかな」
私が口元に微笑を浮かべると、一瞬ポカーンとした後でエヴァは開き直って、
「でも!サイモン様よりも素敵な人ばっかりとも限らないし!」
と、悔し紛れに言い出した。
「サイモン様は伯爵家の嫡男だし!背が高いし、すらっとした体型だし!金髪だし!エメラルドみたいな瞳が綺麗だし!」
「私の上司だって背が高いし、鼻筋通っているし、筋肉がしっかりとついているし!金の瞳がキラキラして本当に格好良い人なのよ!」
「金の瞳?」
高位の貴族になればなるほど個人が持つ魔力量は桁違いに多くなってくるのだけれど、金の瞳を持つ者の魔力量はまた別格で、古の王国の血筋をひいている証であるとされている。
「かなりの高位貴族?」
「うふふふ」
「くううううううううっ」
悔しそうに顔を真っ赤にするエヴァの顔を見つめて、クリスティナは誇らしい気分となって紅茶に口をつけた。
男爵家の令嬢となるエヴァ・パスカは薄桃色の薔薇の花のような美しい髪に若草色の瞳を持つ、可憐そのものに見える美少女だ。だけど、中身がおバカな残念な子。
「そんなに怒らないでよエヴァのお姉様のその後が分かったから、教えてあげようと思ってわざわざ呼び出したの、忘れたの?」
と、クリスティナが言うと、エヴァは仄暗い瞳を瞬かせた。
「私、貴女のお姉様であるアグニエスカ様が勤めていたっていう新聞社まで、わざわざ行って来たんだから!」
「はあ!新聞社って何それ!」
婚約者を奪い取って家から追い出した姉が新聞社に勤めているという事実がエヴァには気に入らないらしい。
「エヴァのお姉様ってパスカ家を出たわけでしょ?だったら貴族でも何でもない平民となっているわけで、そうしたら、新聞社に勤めるのも問題ないのではなくて?」
「まあ、そうよね、平民なのだから仕方がないかしら」
そう言いながら、エヴァは不服そうな顔を隠さない。
「アグニエスカ様は大魔法使いパヴェウ・スコリモフスキ様のひ孫にあたるでしょ?それで省庁から問い合わせをする事があって、私、彼女が住んでいたアパルトメントまで行って来たの。私が行ってきた時にはすでに引っ越しが済んでいて、もぬけの空となっていたんだけど・・」
「まあ!それで?」
「それで、パスカ家を出た後に勤めていた新聞社に行ったんだけど、彼女、職場で不倫をしていたらしいのね」
「はあああああ?」
エヴァは頬を紅潮させながら興奮の声を上げる。
自分の姉が地獄の奥底に落っこちる事を、常日頃、神に祈って願い続けているようなところがあるため、喜びを隠しきれていない。
「上司にも言われて色々と調べたんだけど、彼女、職場で記事をタイプライターでおこしていたそうなの。それで、担当部署の上司と恋仲になったのは良いのだけど、相手は妻も子供もいる身の上で、職場では様々な女性スタッフに手を出していたという事なの」
「まあ!まあ!まあ!まあ!」
「しかもエヴァのお姉様は、上司に遊ばれた末に後輩の女の子に乗り換えられちゃったらしくて、仕事を辞める時に、社長に上司と後輩の不倫関係を暴露して、後輩と上司の家へ告発文を送りつけたっていうのよ!」
「嘘でしょうーーーー!」
エヴァの瞳は虹色に輝き、周囲にお花やお星様が飛んでいるような錯覚を覚えるほどの喜びよう。
「それで?そのあと、お姉様は何処に行ったのかしら?もしかして失恋して旅行に行って、その旅行先で誘拐されたり?それとも、失恋のショックを癒すために引っかかった男に全財産持ち逃げされて、人には言えない職業に就くことになっていたり?」
本当にこの娘は自分の姉を不幸にしたくて仕方がないらしい。
クリスティナは紅茶に口をつけて、ホッとため息をつくと、憂いの表情を浮かべてエヴァの可憐で美しい顔を見つめた。
「エヴァとは学園時代からの付き合いで、私としてはエヴァの事を親友だと思って大切にしているのよ。パデレフスキ伯爵家のサイモン様との婚約もようやっと決まって、さてこれからっていう時に、お姉様が上司と不倫とか、告発とか、騒ぎを起こしているわけでしょう?本当に大丈夫かなって思っちゃって」
「・・・・・」
エヴァは馬鹿みたいに、目を右に向けたり、左に向けたりして右往左往している。
「だからね、家に帰ったらお父様なりお母様なりに相談してみた方が良いと思うの。パスカ家を出たと言っても、やっぱりアグエニスカ様はエヴァの家族になるわけだしね」
エヴァは唇をぎゅっと噛み締めた。彼女の中では異母姉は家族の枠に入らないらしい。
「ね?私の心配わかるでしょう?」
「クリスティナ、ありがとう」
その日は珍しい事に、クリスティナは傲慢なエヴァ・パスカから、ありがとうの言葉をもらう事となったのだった。
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