第1話 王子様キャラには用はない
走馬灯のように過去の出来事がグルグルと回りだす。
中性的な美しい面立ちをした金髪碧眼の婚約者が、
「君が妹に散々嫌がらせをしていたという事は知っているんだよ、そんな意地悪な娘よりも僕は見た目も心も美しいエヴァと結婚したい。その事はすでに双方の両親に話を済ませていて、君との婚約は破棄し、僕はエヴァと結婚する」
と、言い出した時、こんなん現実に起こるんだなあと思ったわよねとか。
婚約者に捨てられ、やけ酒をした私は、家を出て働き始めたんだけど、その時に出会った上司に、
「君は確かに可愛いと思うし好意を確かに感じていたんだけど、アマンダは君と違って守ってあげなくちゃいけないと、愛情が湧き出してしまうんだ。君は一人でも生きていけると思うけど、アマンダは一人では生きていけないんだよ」
と、言われた時にも、男っていうのは庇護欲をそそられる女に夢中になっちゃう物なんだよね!私ったら何度同じことを繰り返すのって苛立ったわよ!
だけどね、お前は一人で生きていけるとか言い出すバカを、延々引きずる意義なんかどこにもないわ!バッカじゃない!とも思ったわけ。
元婚約者にも後輩に乗り換えた上司にも、最後の一線だけは越えさせなかったから、それが原因でやっぱり別れちゃったのかなあ〜とか、許してたら何かが違っていたのかなあ〜とか、そんな事を考えながらうたた寝をしていたら、生まれ変わる前の出来事を思い出したわけ。
私は前世、東京に生まれて東京の学校に通って、東京の会社に勤めて、東京に住んでいる恋人がいた。
大学の時から付き合っていた恋人で、学内でも「王子様」とか「モデルみたい」とか言われる人で、なんでこんな人が私と付き合っているのかと常日頃、疑問に思っていたの。
就職して一人暮らしを始めた彼の家の合鍵を私は持っているので、出張から早く帰る事が出来た私は彼の家へと直行したの。
玄関のドアを開けた時、見知らぬ女の靴を確認した時点で回れ右をして帰れば良かったのに、私は引き寄せられるようにしてドアを開けた。
ワンルームマンションなのでドアを開けたらベッドがある、そのベッドの上では彼と知らない女が絡み合っていたわけで、
「・・・・・」
私の場合、こういう時って、悲鳴も出ないし、声も出ない、その場で固まっちゃうタイプみたい。
侵入者に気がついた彼はお楽しみを中断すると、呆然と立ちつくしている私に対して、
「出張のお土産、何買ってきてくれたの?」
と、言い出したわけ。
「マコちゃんと食べるから、置いて行ってくれない?」
マコちゃんってそこの女ですよね?
ああ、本当、顔の良い奴ってのは大概クズだっていうのは分かっていたのに。
私は本当にバカだった。
お土産を投げつけて、泣いて外に飛び出した私は車に轢かれた。
急に女がマンションから飛び出して来たんだから、運転手さんも回避出来なかったのに違いない。
そんなわけで死んで、生まれ変わって、現在に至る。
前世の記憶を取り戻した私は思ったわよ。婚約者に捨てられ、上司に捨てられ、それって体を許すとか許さないとか関係なくない?
男に捨てられてやけ酒を煽っていた私は、
「アグニエスカ、明らかに飲み過ぎだって」
隣で心配そうにこちらを見ている幼馴染をギロリと睨んだ。
幼馴染のマルツェル・ヴァウェンサとは最近、王都で再会したんだけど、髪の毛はスズメの巣みたいにボサボサ、背は高いけど全体的にもっさりとして女ウケはしないのよ。だけど、何処か愛嬌があるというか、母性本能をくすぐるタイプというか。
今まで付き合ってきた男たちとは明らかにタイプが違う、王子様キャラとは決して言えない凡人タイプだ。
私は今まで間違った選択をしていた。
男を選ぶなら、誰も見向きもしなさそうな地味なやつを選ぶべきだ。誰からも声がかからないから、声をかけてきた貴重な存在(私)をそりゃあ大事にするに違いない。
「え?なに?アグエニスカ?どうしたの?」
「どうしたもこうしたもなくて」
「なに?」
「今日はもう帰りたくない」
「それ本気で言っているの?」
「本気で言ってる」
癒し系では決してない私だけど、想像以上に尽くし系というか、前世でも彼氏にご飯を作りに行っちゃうし、掃除とか洗濯とかしちゃうし、とにかく尽くして尽くしちゃう。お前はバカか!ダメだ!やめとけー!って心の中の誰かが叫んでいるんだけど、そんな思いには蓋をしてしまうの。
その日は王宮勤めのマルツェルが夜勤明けで帰って来る日で、私は彼の為にご飯を作ってから仕事に行こうと思い、食材を入れた籠を片手にるんるん気分で扉を開いたのよ。
この辺りから、完全にフラグが立っていたわよね。
キッチンに仕事用のカバンが置いてあるのを確認した私が、
「マルツェル?もう帰って来てたの?」
と言いながら寝室の扉を開けたんだけど、そこで私の頭の中に、走馬灯のように過去の出来事がグルグルグルグルと回りだしたわけ。
マルツェルはちょっとした金持ちが住む住宅街に小さな家を持っていて、2階建の建物の一階奥の部屋を寝室として使っている。
カーテンが締め切られた寝室は薄暗くて、最初、良く分からなかったんだけど、寝息を立てるマルツェルの隣には、金髪の若い女が寝ていて、ドアが開いた事に気がついた彼女は気怠い感じで体を起こしてこちらの方を見た。彼女、裸です。
「あら、家政婦さん?」
グルグルグルグルグルグル回っていた走馬灯がピシャリと音を立てて止まった。
「あ、そうなんですう」
私は家政婦のふりをする事にした。
「すみません〜誰か居ると思わずに掃除に入ってしまいました。失礼します〜」
ペコリと頭を下げてドアを閉めると、口から心臓が飛び出て来そうなくらいドキドキした。
わかってます、わかっていますって。
私はまた、選択を間違えたわけです。
いくらもっさりとしているとはいえ、幼馴染のマルツェルは王宮に勤めているエリート。もしかしたら高給取り、背も高くて将来有望、だったのかもしれない、良く知らないけど。
そうだとするのならば、誰もが見向きもしない凡人枠では決してなく、エリート階級の王子様枠になるのかも。
そもそも改めて考えてみれば好きだと言われた事はないし、結婚を匂わすような事なんかも一切ない。
私ばっかりが知らないうちに盛り上がっちゃって、本当にバカみたいだわ。可哀想な女をちょっと可愛がってやった程度の事なのに、また本気になりそうになってさ。
ここで重要なのは、私だって本気になっていやしないし!好きだとも言ってないし!結婚したいだなんてカケラも匂わせてないもん!
尽くしていたのはクセ!これは前世から引きずる生まれ持ったクセだから!
「くそお・・くそお・・マルツェルの野郎・・マジで殺す・・・」
馬車に轢かれないように注意しながら家を飛び出した私は、泣きながら街を歩き、ナレフ川のほとりで足を止めると、持っていたマルツェルの家の合鍵を思いっきり投げ捨てた。
その足で職場へと向かった私は、
「奥様とお子さんが居るのに同じ職場のアマンダさんと不倫関係にある上司の下では働けません」
と言って、社長に退職願を叩きつけ、同僚に仕事の引き継ぎをし、上司とアマンダの実家に不倫告発の怪文書を職場経由で送りつけ、意気揚々と引っ越し手続きを進めた。
もう、王都に用はない。
私は田舎に引っ込む事を決意した。
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