第38話 酵素パワーな男
俺たちは、井利口さんたち四人と合流し、拠点へ向かった。
井利口さんたちは、拠点で狩りを担当している人たちで、拠点まで、すぐだと言う。
井利口さんたちを先頭に森を歩く。
やがて木々の間から、白い神殿と一緒に転移した電車が見えた。
俺たちは、ついに拠点に戻ってきた!
俺は思わず声を上げた。
「帰ってきた! やった! やり遂げたぞ! 見たか! クソッタレ!」
「ああ、やったなミッツ! 俺たち町を見つけて帰ってきたんだ!」
「僕も感無量です……。出発する時は、生きて帰れないかもしれないと覚悟を決めたのですが……。こうして再び戻って来られた……。僕たちは、やり遂げたのです!」
「やったね! 色々あったけど、これでみんなに美味しいご飯を食べさせてあげられるよ!」
リクが俺に飛び乗って喜び、柴山さんとマリンさんが涙ぐんだ。
未知の土地で地図もなく、魔物が徘徊する森の中で町を探し歩く。
日本で生まれ育った俺たちには、今まで生きていて初めての経験だった。
それだけに、俺たちは大きな達成感を味わっていた。
「いや、ミッツさんたちは、マジでスゴイよ! よく帰ってきてくれた! 本当感謝! 収拾がつかないから」
「「「「……は?」」」」
井利口さんのやけに実感のこもった言葉に、俺たちはフリーズする。
先ほど井利口さんに再開した時は、『治安が悪い』と言っていた。
今は、『収拾がつかない』と言う。
先ほどまでの興奮は急速に冷え込み、俺の体が自然と臨戦態勢に入るのがわかった。
猫獣人ココさんたちに注意を促す。
「どうやら俺たちが留守をしていた間に、拠点の様子が変わったらしい。ココさんたちも注意して下さい」
「わかったニャ!」
神殿の敷地――つまり魔物が襲ってこない安全地帯に入ると、沢山の家が目に入った。
木を切り倒して広場を作り、家を建てるスペースを確保したようだ。
カンコン♪ カンコン♪ と、家を建てる音が聞こえる。
井利口さんの案内で住宅エリアを抜ける。
「スキル持ちの人がいたんだ。一日一軒のペースで、家が建っているよ」
「凄いですね!」
「けど、それももめ事の原因の一つで……。誰が家に入るかで……」
「一悶着あったんですか?」
「一悶着どころか、二悶着、三悶着……いや、百悶着かな? 俺たちでは、どうにも出来なかった」
井利口さんが、自虐のこもった笑いをする。
二千五百人いるからな……。
家の大きさは、一階建てのちょっと大きめの小屋くらいだ。
五人が眠れるくらいかな……。
うーん、一日一軒のペースは十分凄いけど、二千五百人全員に住まいを供給するのは、遥か先のことになりそうだ。
そりゃ、取り合いになるよな。
「結局、どうしたんですか?」
「話し合いは決裂してね……。佐伯君で覚えているかな?」
「ええ。勇者で佐伯グループのリーダーやっている高校生ですよね」
「そうそう。結局、佐伯君たちと協力して実力行使した。家を占領していた連中をつまみ出して、子供やお年寄りを優先した」
「それは……! お疲れ様でした……」
井利口さんが、襟首をつかんで放り投げるジェスチャーをした。
横で話を聞いていた猫獣人ココさんが、首を横にかしげる。
「何か問題があるニャ? 井利口が話し合いをしても言う事を聞かないヤツがいたから、つまみ出したニャ。ごく普通のことをしただけニャ。何でミッツも井利口も暗い顔をするニャ?」
井利口さんと俺は顔を見合わせる。
これが常識の違いってヤツだ。
すかさずケモナー柴山さんが、猫獣人ココさんにフォローする。
「ココさん。僕たちの国では、何かあっても手を出してはいけないのですよ。警察……えーと、治安を維持している騎士団のような組織があるのですが、警察でも滅多に手を出すことはありません」
「ニャニャ!? シーバヤーマの国は平和と聞いていたけど、そこまでニャの?」
「ええ。ですから僕たちは、実力行使をするのも、されるのも、慣れていないのです。実力行使をした井利口さんとしても、精神的に辛いことだったのですよ」
「ニャー! 井利口は悪くないニャ! 子供や老人を守ったのと同じニャ! 胸を張るニャ! 誇りを持つニャ!」
「お、おう! ありがとう!」
井利口さんが、驚きながらも嬉しそうに返事をした。
すかさず柴山さんが、猫獣人ココさんをヨイショする。
「ココさん! さすがです! 僕もそう思います!」
「ニャー! 井利口は気にしすぎニャ。」
気にしすぎか……。
確かに、そうかもしれないな。
「そうだな。あんまり気にしないで、ガンガン行こう!」
「いや、ミッツは自重しろよ!」
「ミッツさん! ガンガン行く前に相談して下さい! 必ずですよ!」
「ミッツさんは、少し気にした方が良いと思うよ」
また、これである。
なぜだ。
「まあ、ミッツは大人しくしていた方が良いニャ!」
現地人組の俺への扱いもぞんざいになっている。
なぜだ。
住宅エリアを抜けると神殿前の広場が広がり、森に突っ込んだままの電車が見えてきた。
一瞬、懐かしさを感じたが、怒声が俺の気持ちをぶち壊す。
「寄越せって言ってるだろ!」
「順番を守って下さいよ! 私だって、一日に作れる数に限りがあるんです!」
俺たちと同い年くらいの二十代後半と思えるスーツ姿の男が、若い女性の胸ぐらをつかんでいる。
俺は眉根を寄せ、リクは舌打ちをし、柴山さんは眼鏡をクイっとゆっくり引き上げた。
事情はわからないが、女性の胸ぐらをつかむなどあってはならない。
紳士とは呼べない行為だ。
俺たち三人は、マジでキレちゃう五秒前だ。
「だから、俺を先にしろ!」
「出来ませんよ! 順番です!」
どうやら、女性は生産職で何かを作っているようだ。
男は順番に割り込もうとしているのだろう。
そろそろ割って入るか?
「テメー! つけあがるんじゃねえぞ! 俺のレベルをいくつだと思ってやがる! テメーなんか、秒で殺してやる――モガモガ!」
「ウォーター」
男の頭部が水で覆われた。
俺のすぐ近くにいたマリンさんが、水魔法を即起動して男の頭部を水球で覆ったのだ。
続けてマリンさんが、タンカを切る。
「面白いじゃない。やってもらおうじゃない。秒で殺す? やってご覧なさいよ! 私が相手になるわ! ウォーター!」
マリンさんが、水魔法を強化!
男は大きな水球の中に閉じ込められてしまった。
手を動かして水球から脱出しようともがくが、突然のことで泳ぎになっていない。
「あなた心が汚れているわね? キレイにしてあげるわ!」
さらにマリンさんは、水球の水をグルグルと回転させ始めた。
男は洗濯機の中の洗濯物のように、水球の中でもみくちゃにされる。
あの男のあだ名は、『酵素パワー』だな。
グルグルされた男は、しばらく涙目でモガモガ言っていたが、いよいよ口から泡をふいてヤバイ感じになった。
井利口さんが、真っ青な顔でマリンさんを止める。
「ちょっ! マリンさん! ストップ! ストップ! もう、十分だから!」
マリンさんは、水球を霧散させると、四つん這いで水を吐く男に冷たい一言を浴びせた。
「あんたが次に同じことをやったら、魔物のエサにするわよ!」
「ひ、ひえー! ご、ごめんなさい!」
酵素パワー男は、這うように逃げていった。
俺はちょっぴりスッとしたが、井利口さんがやるせない表情を見せる。
「見ての通りだ。魔物と戦ってレベルが上がったヤツの中には、ああして、他人を脅して自分を通そうとするヤツもいる」
「井利口さんが、悪いと言っていたのは、このことですか……」
「そうだよ。でもなあ。メシは毎日味付けのない魔物の肉で、着替えもないし、娯楽もない。そりゃ、みんなストレスが溜まるよ。力尽くで止めているけれど、根本的な解決方法がなかった」
なるほど。拠点に残っていた人たちも、大変だったんだ。
俺たちが持って帰った物資で、ちょっとでもみんなの不満が解消されれば良いな。
俺は明るい声を出して、井利口さんを励ます。
「安心して下さい! 俺たちが町で沢山買い物して来ましたから。食料から服まで、色々ありますよ!」
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