第9話 佐伯君との交渉
――夜!
「ミッツさ~ん!」
「おう! 佐伯君! お疲れ!」
夜になり、俺たちが仲間でたき火を囲んでいると、佐伯君がやって来た。
勇者佐伯クランは、検証をしていたはずだ。
「今日一日で色々わかりましたよ!」
仲間全員の視線が、佐伯君が差し出したノートに移る。
俺が手を伸ばすと、佐伯君はサッとノートを引っ込めた。
「ミッツさん! 取り引きですよ!」
「おっと……そうだな……柴山さん!」
俺は事前の打ち合わせ通り、柴山さんにバトンタッチする。
「佐伯君。説明は僕がするよ」
「あなたは? 昼間いたけど……。鍛冶師さんですか?」
「いや、違う。鍛冶師は寡黙な人でね。僕が代わりに説明してくれと頼まれたんだ。僕は柴山です。よろしくお願いします」
柴山さんは、自己紹介をすると、背筋を伸ばして丁寧に頭を下げた。
佐伯君は、驚いている。
明らかに年上の柴山さんに、丁寧に挨拶され、意表を突かれたのだろう。
「あっ……! よろしくお願いします! 随分丁寧に挨拶をするんですね?」
「僕たちは、佐伯君たちを対等な取引相手と認めているからね。当然、社会人として礼は尽くすよ」
「それは嬉しいですね!」
早速、柴山さんのペースだ。
この流れは事前に打ち合わせいた通りで、柴山さんのシナリオ……。
『僕たちの戦力は、佐伯グループにかないません。ですから、交渉では佐伯グループの下風に立たないこと。僕たちが対等な相手だと、佐伯君に認識させるところから始めます』
『上手く行くかな?』
『高校生は、先生や大人から下に見られることが多いでしょう? こちらから対等な相手だと丁寧に申し入れれば、刷り込めると思います』
刷り込み……。
俺たちのグループが、佐伯君のグループと対等だと思い込ませる。
対等な関係が、俺たちの命を担保する……って、柴山さんが言ってたな。
難しいことは、丸投げだ。
佐伯君と柴山さんの会話は、続いている。
佐伯君に渡す武器の量について、交渉に入った。
「鉄の剣一本、鉄の槍一本、鉄のナイフが一本ですか……。柴山さん……、少なくないですか?」
「スキルで生産するといっても、無から剣は作れない。元になる鉄が必要なんだ。この剣や槍は、壊れた先頭車両から回収した鉄を使っています。つまり……」
「鉄自体が貴重品……、限りある資源ってことですね……」
「さすが佐伯君! 理解が早くて助かるよ!」
柴山さんが、佐伯君の思考を上手く誘導している。
鉄は山ほどある。
通勤電車が丸々あるのだ。
金属加工スキルを持つ仲間によれば、剣やナイフを相当数生産可能らしい。
だが、事前の打ち合わせで柴山さんは、佐伯君たちに武器を沢山渡さないと言った。
『佐伯君たちに渡す武器は最小限にします。いずれは、武器が行き渡ると思いますが、その時間をなるたけ遅くします』
『俺たちの安全の為?』
『ええ。それに、僕たちのグループの価値を上げる効果もあるかと。生産系のスキルがある人を、勧誘しましょう』
今日一日、俺たちの仲間は、スカウトを熱心に行った。
親切なミッツさん。
食料を調達してくれるミッツさん。
そんな俺の評価――俺としては、必ずしも正しいと思わないが――もプラスに働いたらしく、スカウトは順調だった。
同世代の二十代三十代を中心に声をかけて、生産系だけでなく戦闘スキルを持つ人も仲間に加えた。
俺たちのグループは、百人を超え二百人に届こうとしている。
柴山さんの交渉は、大詰めを迎えた。
柴山さんが、慣れない笑顔を浮かべている。
営業職のマリンさんに、昼の間に指導されていたのだ。
マリンさんの熱血指導の甲斐があって、柴山さんは笑顔で交渉を続けた。
「――それに武器は、僕たちの仲間にすら行き渡っていない。佐伯君たちに先行投資として譲るんだよ」
「先行投資ですか?」
「優秀な人には、投資する。社会人として当然だよ。佐伯君に投資すれば、きっと良い情報を教えてくれると、僕たちは期待しているんだ」
「ま、まあ、そこまで期待されているのでしたら……。良いでしょう! そちらの申し出で取り引きします!」
鉄の剣一本。
鉄の槍一本。
鉄のナイフ一本。
三種類の武器が、佐伯君に引き渡された。
柴山さんのヨイショがイイ感じに効いて、佐伯君は上機嫌だ。
ノートを開いて、今日、佐伯君たちが得た情報、検証結果を話し出した。
仲間みんなが、佐伯君が持ち込んだノートをのぞき込み、佐伯君の話に耳を傾けた。
「まず、ジョブやスキルですが、日本での経験が影響するみたいですね。部活や得意なスポーツ、趣味に関係するジョブやスキルを得ている場合が多いです」
なるほど……。
佐伯君たちのグループは、学生が中心だから部活の話が出た。
俺たち社会人にあてはめれば、職種や趣味に関係するジョブやスキルを得ているってことか。
俺のスキル『魔銃』はわかる。
趣味のアクション映画鑑賞つながりだろう。
ジョブ『竜騎兵エリート』は、何だろう?
俺……日本では……、エリートじゃなかったけど……。
佐伯君の話は続く。
俺は自分のジョブに関する考察を打ち切って、佐伯君の話に耳を傾ける。
「ジョブ『勇者』は、正義感が強い人、スポーツが得意な人、リーダーシップを取る人が得ていますね。ジョブ『賢者』は、成績優秀な人。ジョブ『聖女』は、成績優秀で優しい人が得ています」
傾向があるんだな。
ランダムじゃないんだ。
「それから、ギフトのアイテムボックスと異世界言語は、僕のグループは全員獲得していました。よかったら、ミッツさんのグループも調べてみて下さい」
「わかった」
全員獲得しているなら、問題ないだろう。
明日になったら聞いてみよう。
「スキルは、ステータス連動ですね。ステータスのレベルが上昇すれば、スキルもレベルアップして強力になる。スキルを使えば、レベルアップする訳ではないので気をつけて下さい」
俺は疑問を感じたので、手を上げて質問した。
「佐伯君。生産系のスキルもステータスと連動かな?」
「たぶん……。僕らのクランには、生産職がいないのでキチンと検証は出来ていません。けど、スキル『解体』を持っている子がいて、ステータスと連動して解体スキルがレベルアップしていました」
「なるほど……」
これは要検証だな。
ウチは生産系のスキル持ちが多い。
仲間内でボチボチ情報を集めてみよう。
「スキルがどのタイミングでレベルアップするのかは、マチマチですね。ステータスのレベル十で、スキルがレベルアップする場合もあれば、レベル二十でスキルがレベルアップする場合もあります。スキルの希少性なのか、スキルの有用性なのかは不明です。これは継続して調べるしかないですね」
あ、これは知ってた。
俺とリクは食料調達で、巨大な鹿を狩りまくっている。
「じゃあ、続いて魔物の情報を話します」
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