第4話 リクと柴山のスキル

 俺は地面に降り立つとグッと膝を折り、その場で垂直ジャンプした。

 スキル『身体強化Ⅱ』の検証だ。


「うおっ!」


「ミッツ!」


 体が羽根のように軽く感じた。

 その場でジャンプしただけなのに、リクが乗っている枝を軽々と飛び越えて、木のてっぺんまで体が浮き上がった。


 俺は手近な枝に乗ると、自分でも信じられないような身軽な動きで、リクが待つ枝まで降りた。


「ミッツ……すごいな! 十メートルは飛んだんじゃないか?」


「ああ。身体強化ⅠとⅡじゃ全く違うよ!」


「レベルアップもあるんじゃないか? ほら、ゲームみたいに基礎能力も底上げされているとか」


「ああ! 可能性はあるな!」


 なるほど。リクの推測があっているかもしれない。


 レベルアップで基礎能力がアップ+スキル『身体強化Ⅱ』で更に身体能力がアップ――なのかもしれない。


 だが、俺はこんな風に色々考えるのは苦手だ。

 スキルやレベルアップが有用だとわかっただけで充分だ!


「リク! 戻ろう!」


「ああ、そうだな。下に転がってる鹿をもらっていいか?」


 リクは地面に横たわる巨大な鹿を指さした。


「構わないけど……。何に使うんだ?」


「俺は『解体』ってスキルがあるんだ。解体できるか試してみたくてな」


「スキル検証か、好きにやってくれ」


「サンキュー!」


 リクはサッと地上に降り立つと巨大な鹿に触れた。

 すると――。


「消えた!」


 地面に横たわっていた巨大な鹿が消えたのだ。

 リクはニヤリとイケメンスマイルを俺に向けた。


「アイテムボックスさ! これは便利だな!」


「へー! あんな大きなモノが入るのか!」


 俺とリクは調子に乗って、色々とアイテムボックスに収納しながら戻った。

 魔法で倒した木、倒木、石などだ。


 何でもリクはアウトドアが趣味だそうで、木は薪に、石はカマドを組むのに使えるそうだ。


「やっぱ、カワイイ子を連れて行くのか?」


「いや、一人キャンプさ。ビールとベーコンを買い込んで、一人でテントを張って、火を起こして、炙ったベーコンでビールをやるのさ! 気楽でサイコー!」


 どうしてイケメンは、一人でもカッコイイのか。

 俺が同じことをしたら、『ボッチ乙!』になってしまう。


「リク。頼りにしてるぜ。今の状況じゃ、アウトドアの知識や経験は貴重だよ」


「いや、俺よりミッツの方が頼りになる。俺は遠距離攻撃のスキルがないんだ。また、あの化け物鹿が出たら退治してくれ」


「任せろ! じゃあ、お互い足りない部分を補い合うってことで」


「だな! よろしく! 相棒!」


 よろしく相棒とか、カッコイイじゃないか!

 俺はすっかりリクが気に入ってしまった。


 電車のある石造りの神殿に戻ると、マリンさんが俺を待っていた。


「ミッツさん! 大丈夫でしたか?」


「ええ。倒せました」


「怪我をしてるじゃないですかー!」


「かすり傷ですよ」


 なんという幸せ!

 かわいいマリンさんに心配してもらえるなんて、異世界ありがとう!


「ウォーター!」


「えっ!?」


 マリンさんが、『ウォーター』と言うと、マリンさんの指先から水が出てきた。


「傷口を洗いますね」


 マリンさんは、指を俺の腕に近づけ傷口を水で洗い出した。

 あっ……! この水は魔法スキルか!


「マリンさんの魔法ですか?」


「はい。私は水系統の魔法が使えるみたいです。痛くないですか?」


「ちょっとだけ、しみるけど大丈夫です」


「こんな訳のわからない場所ですからね。変な菌が入るといけないから、衛生には気をつけないと」


「そうですね……。ありがとうございます!」


 マリンさんの優しさに、涙が出る。

 俺とマリンさんは、イイ感じになっていた。

 俺の勘違い、独り相撲ではないと信じたい。


 そんなフンワリした雰囲気の俺たちに、眼鏡をかけた真面目そうなお兄さんが、遠慮がちに声をかけてきた。


「あの……よかったら、その傷を治させてもらえませんか? 僕は怪我を治療するスキルを持っているので、試させていただけたらと……」


 落ち着いた声だけれど、二十代後半の顔だ。

 同世代かな?


「それは……助かります! お願いできますか?」


「では、やってみますね。ヒール!」


 真面目そうなお兄さんが、俺の傷口に右手をかざして『ヒール』と口にすると、淡い光が傷口を優しく包んだ。


 ――じんわりと暖かい。


 光が収まった後には、傷を負っていた俺の腕はきれいに元通りになっていた。

 俺とマリンさんは、腕を見て驚きの声を上げる。


「おお! 治った!」

「凄い!」


 真面目そうなお兄さんは、眼鏡をクイッとすると安心したようにフッと息を吐いた。


「治って良かったです! スキル欄には『傷を治す』と書いてありましたが、本当に出来るのか信じられなかったので」


「ああ、わかります。不思議ですよね。日本じゃ絶対にあり得ないことが、起きてますいよね」


「ええ。申し遅れました。僕は、柴山総一郎と申します。大学院に通っています」


 大学院……なるほど、柴山さんは頭が良さそうだ。


「俺は、弾光広。ミッツで良いですよ。こちらはマリンさん、それからリク」


「よろしくお願いします。先ほどは、あの大きな鹿を囮になって引き受けてくれてありがとうございました。大丈夫でしたか?」


「大丈夫でしたよ。倒せたので」


「えっ!? 倒した!? あの巨大な鹿をですか!?」


 柴山さんは、顎が外れそうなほど口を開けて驚いている。

 まあ、そうだよね。あんな巨大生物を人間が倒すなんて信じられないよな。


「俺は攻撃スキルがあるんですよ。鹿はリクがアイテムボックスに収納しています」


「はあ~。常識が通用しないですね~」


「それは、柴山さんもでしょ。さっきの『ヒール』は驚きましたよ」


「ですね!」


 柴山さんも、いつも同じ車両に乗っている人なので、お互い顔を知っていた。

 会話がスムーズだ。


 同じ車両に乗っていた人たちが、俺たちの話の輪に加わって、俺は、スキルの成長、経験値、レベルアップについて情報提供した。


 興奮する人もいれば、不安に感じる人もいる。

 俺は、不用意に自分のジョブやスキルを他人に話さないように注意した。


「ミッツさんの言う通りですね。特に女性は……」

「攻撃スキルがないとわかれば、乱暴してくるヤツがいるかもしれないです」

「怖い! 無法地帯じゃない!」

「いや。無法地帯だろう? 警察もいないし、裁判所もないし」

「そもそも日本ですらないっぽいしね」


 話が悪い方向へ向かっている気がしたので、俺はみんなを抑えた。


「落ち着きましょう! 幸い通勤電車だから、毎日顔を合わせている人が多いじゃないですか! 乱暴なことをする人は、そうそういないでしょう」


「うーん……」

「確かにそうかも……」


「いや、ミッツさんの意見は楽観的過ぎるよ」

「そうそう。油断できないと思う」

「同じ車両の人で固まるとか、女性同士で固まるとかした方が良いかもね」


 マリンさんが、小声で俺に話してきた。


「さっきよりイイ感じですね」


「えっ? イイ感じですか?」


「はい。ここへ来てすぐは、放心状態の人やパニックになって言葉が出ない人もいました。今は、みなさん話をするようになったので」


「ああ! 確かに!」


 マリンさんがニコリと笑う。

 何と言うか……、マリンさんは、結構冷静でプラスの面を見られる人なんだな。


 こういう前向きな人がいてくれるとありがたい。


 しばらくして、リクが手を叩き会話を止めた。


「なあ。話の途中で悪いんだけど、昼メシの用意をしようぜ。さっきのデカイ鹿をスキル『解体』で解体したんだ。焼き肉なら食べられるぜ!」

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