狂信的蒐集者 100年前に海の底に沈んだものを探している(短編)

ゆうらいと

第1話 狂信的蒐集者

「武蔵野をテーマにした作品を作ってくれ、だって?」


 僕は唸った。

 なにせ百年も前に武蔵野台地は海に沈んでしまっている。


 文献や映像は探せば見つかるだろうが、それだけでうまく書けるだろうか。プロとしてこれで飯を食っているとはいえ、まったく未知のものを書くのは不可能だ。


「そもそもなぜ武蔵野なんですか?」


 目の前の依頼人の男に問うた。


「父は若い頃に、武蔵野に住んでおりまして、それで武蔵野を探しているんです。それも熱狂的に。いや狂信的にといってもいいくらいに」

「はあ」


 理解できず相槌を打つ。


「失礼ですが、あなたのお父さんが探していらっしゃるのは、歴史的な文学、絵画なのでは? これから私が制作しても意味がないかと」


 説明するが男はかぶりをふった。


「いえ、そうではないのです」


 男は出されたお茶を口に含むと、


「先ほど言った通りに父は武蔵野とつく名の作品を探しているのですが、かなり高齢で、自分では動くこともできません。そのため、私たち家族にノルマを課しているのです」

「ノルマですか……」


 読めてきた。

 家族に毎月作品を探すようにいわれているのだろう。

 それで嫌気がさし、私に書かせることで未知の武蔵野の作品を見つけてきたことにする気だ。


「そこで父に武蔵野を忘れさせるために、武蔵野をあなたに書いてほしいのです」

「……は?」


 またわからなくなってしまった。


「ちょ、ちょっと待ってください。なぜそうなるのです?」

「すみません、混乱させてしまいましたね」


 男は謝罪すると続けた。


「そもそも父がなぜそこまで武蔵野に固執するのか。海に沈む前の武蔵野に住んでいたことから始まるのです」


「つまり、某国のミサイル攻撃前ということですね」


「その通りです。父はあの恐怖体験から、自衛隊、軍の前身組織ですね、に入隊し、実際に戦争にも参加しています。武蔵野地域は、当時の首都があったことからも敵国に狙われました。それは壮絶な戦争だったそうです」


 頷いた。

 確か東京といったか。


 最終的に核爆弾が使われ、首都の大部分が海の底に沈み、百年経った今もなお、放射線量はすさまじく、生物の住めない荒廃地域となってしまった。


 だから美しかった武蔵野を思い出したいがために、依頼人の父親は芸術作品を探しているのだろう。


「父の住んでいた武蔵野は、都会ではなく、田舎でした。山奥で村やゴルフ場、公園や美術館のような広大な土地を必要する建物が多くあったそうです」


「なるほど」


「そしてその田舎の村にミサイルが落ちてきたことが、この戦争の始まりでした」


 男はここで区切ると、じっとこちらの目を見てきた。


「つまり初めての攻撃は、政治家たちのいる区域でもなく、大企業が集まる区域でもなく、なぜか田舎の区域だったということ」


「ちょ、ちょっと待ってください。それについては、某国は頻繁にミサイルの発射実験を行っており、不具合によりたまたま日本の首都圏に落ちたと」


「本当にたまたまだったのでしょうか?」


 男の目が異様なほど光を放つ。


「偶然ではなかったと?」


「少なくとも父は必然と。だからこそ、半世紀以上、武蔵野を探しているのです」


「……どこかに証拠があると?」

「ええ」


「しかし、あなたは証拠を見つけるのではなく、止めさせようとしてる」


「……ええ」

「あなたは証拠を既に見つけたのではないですか?」


「なぜ、そう思うんです?」


 僕は咳払いをして多少勿体をつけてから、話始める。


「簡単です。あなたは、僕に武蔵野を忘れさせる作品を書いてほしいといった。それは答えがわかる作品なのではないですか?答えがわかれば、あなたのお父さんはこれ以上、武蔵野を探すことはない。つまり、あなたは答えを知っているからこそ、僕に答えを書かせることができる」


 そういうと男は満足そうに微笑んだ。


「やはりあなたに依頼してよかった」


「まだ何もしてませんがね……それで?」

「それで?」


「答えは何なんです? それがわからなければ、作品を書けるかどうか判断できない」


 勿体をつけて確信に触れない男に多少苛立つ。


「どうもあなたの言い方は、回りくどい。さっさと話せばいいのです」


「すみません、癖でして。そういえば、うちの父も同じように回りくどい話し方をしていたようで……ああ、いけませんね。また遠回りをするところでした。確信に行きましょう。つまり父の住んでいた田舎には土地があり、国の研究施設も多くあったのです」


 男はこちらの反応を楽しむような顔をする。


「国立感染症研究所、村山庁舎」


「……なんですかそれは」


 うめく。


「日本で最高レベルの細菌を扱っていた研究所ですよ。エボラウイルス、天然痘……度々施設の移転を検討されていたにもかかわらず、それが進まなかったことで敵国に狙われた。あのミサイルは発射実験なのに、少量の爆薬を積んでおり、研究所は爆破され、最高リスクのウイルスがバラまかれたことで甚大な被害が出ました」


「ですが、今となっては想像の話でしょう? 第一、これをどうやって私の作品で表現しろと? 証拠はどこにあるというんですか?」


「ここにありますよ」


 その声と共に強い衝撃を受け、僕は気を失った。

 

   ◆


 再び気が付いたとき、体が動かないことに気づいた。

 手も足も指一本動かない。いや、それどころか。

 感覚がない。


 ぞっとしながら必死で目だけを動かす。


 一体僕の体はどうなっているんだ。

 その時、不意に先ほどの依頼者の顔が視界に入った。


「やあ、気が付かれましたか」

「気が付かれたじゃない! 僕に何をした」

 絶叫するようにいうと、妙な電子の声が響いた。

 混乱する。


「ああ、それじゃあ、今あなたがどうなっているかわからないですね。これでどうですか?」


 鏡を見せられた瞬間、僕は再び気を失った。


 それは、小さい女の子があやす人形だった。

 だが、確かにそれが自分だと認識できるのだ。

 目だけが動くが、手足は動かない。


「お、お、お……お前、まさか僕の脳を抜いたのか」


 男はひどく冷酷な視線をこちらに向ける。


「ええ」


「何が目的だ。武蔵野などといって近づいたのは嘘だな!」


「いえ、それは本当ですよ」


 男は近づくと無造作に僕を鷲掴みした。

 この恐怖体験ときたら堪らない。


「あの戦争をきっかけとして、飛躍的に進化した技術があります。それが人体のサイボーグ化。つまり義体です。こんな風に脳を丸ごとデータ化し、服でも変えるように体を換えらえるようになった。


 前々から技術的には開発されていましたが、倫理的な問題もあり、行き詰っていた研究でした。それを戦争という非常事態によって、倫理の壁をあっさり飛び越えてしまった」


「うるさい、さっさと手を離せ」


「死にかけているときに手段など選べませんからね。この義体化を世界で初めて成功させたA社は、世界的な企業となった」


「手を離せといっている! それに許可なく脳を抜くなど、第一級の犯罪だぞ、今すぐ戻せ!」


「その第一級の犯罪を何度も行っていたのが、あなたでしょう。当時父は、戦争に参加していたと話しましたね。ですが、父は何もしないまま怪我をして、野戦病院に運ばれたのです。そこでされたのが義体化実験だった。それはもう想像を絶する恐怖でした」


 男は顔を真正面に見えるように持ってくる。


「ですが、良いこともありました。義体化により脳もデジタル化されたおかげで、記憶が鮮明なんです。百年も前のことが、昨日のことのように鮮明なんです。ねえ、A社の創業者だった時坂社長」


 激高していた感情に冷や水を浴びせられる。


「な、何の話だ、僕はしがない作家の村田だ」


「すみません、一つ嘘をついていました。実は父なんておりません。私がその武蔵野を探し続ける男です。あなたの顔ははっきり覚えています。義体化しても顔は変えなかったんですね」


 恐怖に存在しない唇が震える。


「当時、私には妊娠したばかりの妻がおりましたが、あの事件後に、突然病に倒れ、帰らぬ人となったのです。どうせ死ぬならと、戦争に志願しましたが、結局何もしないまま大きな怪我を負ってしまった。


 すると、今度は人体実験をされることになったのです。ほとんどの同胞が死にましたが、私は何とか生き延びることができました。すべてを失って決めたことがあるのです。あの美しい妻と、美しい武蔵野を奪った人間たちをこの手で殺してやろうと」


「当時この実験を指揮していたキーマンが何人かおりました。ミサイルを打ち込んだ某国の将軍、研究施設を移転させなかった政府、非道な人体実験を実施した科学者。


 さすがに百年もたっており、亡くなった方も多いようですが、義体化した人間はまだ生き延びている。彼らを探しているのですよ。


 ああ、私が、武蔵野を探しているのは本当ですよ。かつての妻が愛した自然を思い出せる作品を集めています。社長は武蔵野の研究所に勤めていたらしいですね?」


「ぼ、僕はそういったものは持っていない」




「あるじゃないですか、その頭の中に」


 古い記憶読み取り機を近づける。


「や、やめろ。それは」


「よくご存じですね、この機械を。これは戦争終結直後に流行った人間の記憶をメモリカードにコピーする機械ですが、致命的な欠陥があります。それは、記憶を抜き取ると人間が壊れるんですよ」


 思い出したように付け加える。


「あ、これあなたの会社の製品でしたね」


「やめろおおおおお、わ、悪かった」

「ならもう少し気持ちを込めて謝ってください」


「も、も、申し訳ない。本当に必死だったんだ。生き延びるために必死に実験をしたんだ。どうしようもなかったんだ」


 必死で、懇願するが人形の体では単調な声が出るばかりだ。


「気持ちがこもってないのでダメです」

「ぎゃあああああああああ」


 記憶を読み取ると人形は、ぱたりを動かなくなった。


「たしかに作品頂きました」


 と男はメモリーカードを抜き取った。

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狂信的蒐集者 100年前に海の底に沈んだものを探している(短編) ゆうらいと @youlight

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