第37話 日常

私は近衛隊の家に生まれた。

婚約者がいたが、その方とは突然一族の都合でご破算となり、次期龍帝となられる二の丸様のご側室、という立場になり、現在お城の後宮で生活している。

ここでの暮らしは快適だ。一族のことも近衛のことも考えなくていい。

まぁ時々手紙がきたりするが。

後宮は現在私が下条から連れてきた侍女が三名、その他に後宮の世話をする、侍女や女中が数名存在する。これは側室が増えたら合わせて人数も増やすらしい。

いずれここも数百を超える女性が働く場所となるだろう。


その他に龍乃十条から派遣された巫女が水龍様、雷龍様のお社を管理するのに四名ほどいる。

龍神様達のお姿は普段はほとんど見ない。

彼女たちが現れるのは龍一の前でだけだ。

龍一と一緒なら会話をすることもできる。

私にはわからないがそれでも巫女たちは龍神様のご機嫌がわかるらしい。

以前友好示公武国に行き、10日ほど留守にした時などお供え物が添えた瞬間、腐ったらしい。


「ご機嫌のよろしい時はその場ですぅ~となくなるんですけどねぇ~。よっぽど二の丸様にお会いしたかったのでしょう」などと言っていた。


さて、その快適な後宮に最近新しい側室が輿入れされてきた。


この後宮は思ったより広大で、その気になれば30人でも50人でも、側室が暮らしたところで誰にも顔を合わさず過ごすことなど容易なほどだ。

だが、外に出るにはどうしても本丸からしか出ることが出来ない造りになっている。

私は用事の為、二の丸に行き後宮へ戻ろうとした時だ


そこで、私は見てしまった。


あれは、その最近輿入れした若い側室だ。

お家の事情もあろうがこんな年端もいかぬ子供に、と思わなくもないが貴族として生まれた以上、仕方のないことだ。

私が何かを言うべきことはない。

この娘にも積極的に関わろうとも思わない。


が、


少し、看過できないことがあったので声を掛けることにした。



「あなた、誰か呪い殺すつもりかしら?」

「え~そんなつもりはないですよぅ~」

「では聞きますがなぜここに黒竜が? 後宮に邪竜を入れるなんて……正気の沙汰ではないわね」


チビッコがほっぺを膨らまして反論してきたわ。


「カナエ様、異世界の君にお許しはいただいてますよ。それにこの子は邪竜ではありませんよぅ」


「あなたも二の丸様のご側室なら異世界の君はおよしなさい。せめてお名前か二の丸様と」

「え~でもでも、異世界の君の方が素敵ですっ」



そこへ龍一が来た。

状況判断するにそろそろ龍神様へのご訪問ね。

実は最近私は”オカッパ小隊”を鍛え直してるのだけれども龍一も面倒みることにしたわ。

あくまでついでに。

だからしょうがないけど龍一を指導していた近衛の士官に交代してもらったわ。

多少強引だったかもしれないけど。

まぁ、おかげで彼との時間が少し増えたのはいいことね。

彼も喜んでいるのではなくて?

しかしたまに近衛達が私のことをポロッと少佐殿、と昔の階級で呼ぶものだからオカッパ達もすっかり私のことを「少佐殿!」と呼ぶようになってしまったわ。ヤレヤレ、だわ。


「少佐、ここは目をつぶってくれないか? ソイツは小さいころからマリーの友達だったそうだ」


あらあら龍一ったらやさしいのね。寝床の中でも私にやさしいわ。

でも誰にでも優しいのは考え物ね。

そうそう稽古を始めてからたまに彼まで私のことを少佐って呼ぶのよ。

全く色気がないわ。

無意識らしく本人が気づいてないのがなんとも……。


チビッコははすぐさま龍一の後ろに回り込んで抱きつき、顔だけ出してきた。素早いこと。


「ですですぅ~。ブラックはホントに小さい時から一緒で、とっても賢くて可愛い子なんですよぅ」


困ったものね。誰かに隠れないと物も言えないなんて。


「カナエにもキリーがいたろ? この黒竜もこの子に色んなことを教えてくれるはずだ。その機会を奪ってしまうのは可愛そうじゃないか?」


あら、龍一ったら下条屋敷の時のことを覚えているのね。

嬉しいわ。

あの時は私も初めてだったけど、あまりにも彼と体を重ねるのが心地良くて龍一に何度もせがんでしまったわ。

はしたない女と思われたかしら?

でも彼に抱かれる度に迎える絶頂は本当に何物にも代えがたいものだし仕方のないことなのよ。

理性ではこの本能を止めることをできないのをわかって欲しいわ。


「っ……キリーのことを出すのはズルイわ……わかったわ、もう何も言わないわよ」


と、私は去るフリをして彼に背中を向けるわ。

今は朝の稽古の時と違ってジャージじゃなく、ウチの侍女が選んだ背中のスリットがガバっと開いた、なかなかセクシーな衣装だから龍一もきっと私の背中からヒップまでの流れる様な美しいラインに釘付けのはずね。


私は一日ジャージでも構わないんだけど侍女が


「カナエ様はスタイルがいいんですから必要でない時は稽古着はお脱ぎください! 二の丸様の前ではパンツスーツもだめですよ!」


としつこくて正直どうでも良かったんだけど、こんな不意に会った時に私の美しい体を見せつけることができるのはいいことね。


「きしししし、異世界の君、ありがとうございますね」


後ろで龍一にくっつきながらチビッコが笑ってるわ。

あらあらチビッコ、可愛くないわね。

ちょっと私と龍一がどんな関係か見せておく必要があるわね。


「じゃ、二の丸様、私はもう行くわ」


と言ってまだチビッコが背中に引っ付いてる彼に近づき舌を絡ませる熱いキスをしたわ。

たっぷりお互いの唾液を混ぜ合わせた後、二人の唇を糸を引かせながら離し、「またね」と言って別れたわ。

チビッコが「はわわ~」と顔真っ赤にして手で覆ってたけど指のスキマからしっかり見てたわね。

大人のキスのお勉強はできたかしら?

ちょっと溜飲がさがったわ。


こうして龍之宮城の後宮にチビッコと黒竜が一頭、増えたわ。



◇◇◇



「兄さまどうするの?」

「何が?」

「あと十一人でしょ? 大変ね~」


私は今、産休中で学園には通学してないけど出産して落ち着いたら復学するつもりなので今、忘れちゃわないように元乃一条先生に勉強を見て頂いてるわ。

二の丸に行くっておっしゃっていただいたけど運動不足解消にもなるからって私が本丸に通うことにしたの。

と言っても午後から四時間くらいね。

その後夫の執務に寄ってから一緒に二の丸へと帰る様にしてるわ。

執務室は侍女や侍従などの面子が入れ替わるけど大体夫と三バカが固定面子でいるわね。


「いっそのこと、とっとともう全員引き取ってしまえばいいんだ」

「でもでも、三条家の領地は楽しかったでござる」

「だよね~二の丸様に付いてくだけの観光旅行みたいなもんだから楽だよね~」


この人達は……まったくいい気なものね。


「あんた達そんなこと言ってるから三バカとか言われちゃうのよ」

「レイリ様は手厳しいでござる」

「何言ってんのよ。ぬるい事ばっかり言ってると、カナエ様にまたどやされるわよ」


夫の警護を二度もしくじってるのに少しも凝りてない。


「それそれ、今、少佐殿に手厳しくやられてるからさ、僕らも大変なんだよ」

「そうでござる。少佐殿の訓練の息抜きにちょっと観光するのくらいは許されて欲しいでござる」


あああ……ダメだ、この人達。

なんでこんなのを兄さまは……。


「私は別に出かけたくもないがな。二の丸様は出かける度に襲われるし」


頭が痛くなる発言だわ。


「二の丸様は好きで襲われてるわけではないでしょう。てか、それを護衛するのがあんた達の仕事じゃないの?」

「プっ、正論だな」

「兄さま笑い事じゃないわ」


もう少し兄さまにも危機感を持ってくれないと。


と、兄さまは机から立ち上がりソファーに座る私の後ろに回り肩に手をまわしてきたわ。


「まぁまぁ、そうカリカリするな、お腹の子に障るだろ?」


そんな言い方はずるいわ。


「でもっ!」

「お母さんの気持ちが落ち着いてた方が赤ちゃんに良いって言われたろ?」


「……しょうがないわね。この子の為に今は黙りましょう」


私は自然と両手を自分のお腹へ、彼と私の大事な龍の上に添える。


なんか最近「赤ちゃん」を盾に会話を自分の都合のいい方に誘導させる傾向があるわね。

それを言われちゃこっちも言い返せなくなるので、ちょっとモヤっとするけど……まぁいいわ。

肩に回した彼の手に私の手をやさしく重ねて……グッと掴んでやる!


「今晩は私と姉さまにの為にお時間を頂けるのでしょうね、二の丸様」


私の最高の笑顔に二の丸様はちょっとたじろいてたわ。ふんっ!

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