第28話 影の一族

龍乃影俊彰侯爵。苗字の頭に「たつの」を付けることを許された、数少ない一族の末席に連なる者である。

そして”~影”の親類を増やすことも許されている。

「龍ノ」を頭に頂く古い家柄ではあるが山一つ、村が五つある小規模な領地を所有するだけの冴えない貴族だ。

「龍ノ」の名は龍帝国が生まれた時より続く由緒正しいものであるが皇族・御三家・十大公爵以外でこの名を冠してるのは現在では龍乃影家だけであり、過去存在した他家は不祥事その他によりお取り潰し、あるいは「龍ノ」をお取り上げされた。

だから古いだけで大した功績もなく、有能でもない龍乃影家のことをカビの生えた何の役にも立たない無能呼ばわりする貴族は多い。

しかし昔からなぜか龍帝お付きの者が多く、現在の侍従長や皇族方の侍従・侍女を任せられることが多い。

これを贔屓だの侍従長の越権行為だの批判する者も少なくない。


「お情けだよ、古くからある影家がなくなったら寂しい、それだけだよ」

「しかし”名だけ公爵”が廃業したら他の貴族にも侍従長の席が回る、ということを思えば忌々しくもある家であることは確かだ」

「あの皇室の侍従長などやりたい貴族がいるのかね? 振り回されるだけで私なら真っ平ごめんだね」

「しかし、皇室付ともなると家名に箔が付くのは確かだ。それを羨む一派も確かに存在する。特に下級の貴族はね。俺の方が領地が潤っているのになぜ、と」


何も知らない貴族達は好き勝手なことを言うが龍帝だけだが知っている事実がある。

龍乃影家は代々表では侍従などの仕事をし、付き従っているがその実態は人知れず皇室を陰ながらお守りすること、それが本当の任務である。

それは護衛・情報収取・交渉など多岐に渡る。

龍人は最強の人種であるし皇族ともなればまともに戦えばそんじょそこらの龍人に負けることはない、が別に不老不死というわけではない。

容易なことではないが人の悪意の前に倒れることはしばしあるのだ。


竜殺し・ドラゴンスレイヤーという竜や龍人を殺戮する専門の職種が存在するくらいなので、こちらも”最強の人種”の名にあぐらをかいてるといつ、寝首を狩られる事態に陥るとも限らない。


彼らは市中の酒場で情報収集することもあれば身分を隠し、怪しい貴族の屋敷に潜入し、従者や女中に雇われ動向を調べる場合もあれば暗殺を行う場合もある。

龍乃影の一族の領地は皇家直轄領近くにひっそりと存在し、そこに山を持ち、修行の場とし、一族は幼いころから鍛えられる。

南区の館には孤児院を設け、そこで見込みのあるものはこの地に送られ、同じように過酷な修行をし配下とされる。


◇◇◇


藤野サヤ、龍一のお側付きの侍女の一人だがそれは仮の名で本名は藤乃影さや。

背の低い、長い黒髪を後ろでまとめている。少し胸が小さいのが気になっているが最近はもう諦めている。

猫人族の血が入っていて大きな耳と丸く大きな瞳が特徴的である。

侍従・侍女は龍人以外なれないので完全な獣人ではなく一応龍人だ。

女中など他の従者はそうでもなく少数だが亜人も城内に存在する。

さやは龍ノ影孤児院出身で物心つく頃から”お山”で鍛えられ、その実力を認められて影一族の養子となった。

龍一が心の中で”無表情2号ちゃん”と呼んでた人物でもある。

先ほどまで二の丸の五十畳敷きの和室を一人で掃除し今控え室に戻ったところだ。


「あれ、サナ姉、姉御はどこにゃ~?」

「サヤ、語尾気を付けな、サキ姉は、ほら、今日はお神楽で二の丸様と一緒に後宮ね」


桃乃影サナ・藤乃影家の養女・さやと同じく孤児院出身で眼鏡をかけ、青い髪をひっつめ、特に特徴のない外見をしてるがそれは周囲に溶け込むよう、目立たないようにするためであり、実はけっこう美人である。


「ああ~新しいお社に龍神様をお迎えするにゃの何だの、てやつかにゃ」

「いい~なぁ~私も見たかったなぁ~~」


とは彩乃影サン・彩乃影家の養女でやはり同じ孤児院出身。エルフの血が入っており長い耳が特徴的でもあり、金髪グラマーな女性である。


「そぉ?私はあんなの退屈だわ」

「私も遠慮したいにゃ。仕事なら黙っていくけど」


「いいじゃない、座ってるだけだもの、ねね、サナ姉、今度なんかの行事の時はサキ姉に私もお付き添いお願いしといてぇ~」

「サン……あんた、この間の下条の時……」

「あ~~あ~~聞こえない~~~~~」


その時、控え室の扉が開いた。


「お前ら、取り纏めがお呼びだ、来い」


瞬間その控室には人影が無くなった。まるで最初から人がいなかったかのように。


◇◇◇


二の丸ご殿従業員用食堂では数十人の侍従と侍女が集められていた。

全て”影”の名を持つ者たちだ。

この二の丸にも多くの侍従・侍女が仕えている。もちろん”影”以外の人間やただの女中や給仕、その他大勢の働き手が皇族を支え、生活している。


龍乃影庄司、龍乃影俊彰侯爵の息子で龍乃影家の長男であり、現在二の丸従業員の取り纏め役でもある。

龍一付きの人間のみならずレイラ・レイリ姉妹のお付きの者たちも彼の指示下にある。

その立ち居振る舞いは精悍そのものであり、タキシードをビシッと着こなし、顔立ちの良さも手伝い、女中たちにはすこぶる評判がいい。


「本丸の侍従長からいくつかの確認事項があったのでそれぞれ今日中にご報告に伺え。わかっていると思うが通常業務に支障はだすな。

本館の連絡事項は特にないが奥方様、れいり様、両御付きはは格段の注意を払え。二の丸様付きは残れ。以上解散」


三十名ほどいたメンバーは一瞬で五名ほどになった。

いずれも龍之下条家で龍一の警護に付いた者たちである。

サナ・サン・サヤの他に青ノ影和也・青ノ影達也が残った。

双子の影で一通りの影仕事をこなすが特に格闘に長け、暗殺を得意とする。


この五名は影一族の中でも指折りの精鋭だ。

龍一がこの世界に現れ、龍之宮城で暮らすようになってから本人の預かり知らぬところで何度も彼の命や危機を救っている功労者でもある。


「知ってのとおり、我らがあるじが次に訪問するのは龍乃三条家だ。その資料とこちらの警備案を渡しておく、今見て3分で覚えろ。

今回も私は同行しないがお前らなら大丈夫だろう。

が、下条屋敷でのこともある。くれぐれも油断はするな」


一人3分もかからず資料を廻し読みし取り纏めの手に戻り、彼はそれを近くにある暖炉に放り、燃やす。


「なにか質問は?」

「あの~~ひとつだけ~~~」

「なんだ、サン」

「その~~二の丸様が体をお求めになったら、その~~そういう、おつとめをしても構わないんですよねぇ~」

「それは最初に言ってあるはずだ。我々はあるじが死ねと言えばその場で首をかき切る覚悟でこの任についてるはずだが?」

「いやぁ~ただの確認ですよぉ。下条のお屋敷でさやちゃんがあられもない姿で二の丸様に抱きついたって聞いたからぁ~」

「にゃあ!? ちょっ、サン姉!」

「それは敵を欺くため、と聞いたが?」

「うふふふ、そうですよねぇ~任務ですよねぇ~」

「はぁ~~……もういいな!散っ!」


庄司が言った瞬間、そこには誰もいなくなった。まるで最初から彼一人だったかのように。


◇◇◇


無表情1号ちゃん、あるじが私のことを影でそう呼んでいるのは知っている。

別にそれはどうでもいいし、好きに呼んでくれてかまわない。

二の丸様は私の主人で、床に這いつくばれ、と言われればそうするし、殺せと言われれば例え、それが龍帝であろうとも、勝てないまでも殺しに行くし、死ねと言われれば自分の首を切る。


もちろんそんな命令はまだされてない。


そして脱げと言われれば脱ぐし、抱かせろと言えば抱かれる。

もちろんご満足頂く自信もある。

影の房中術、四十八式を使えば男を満足させることなど訳はない。


……使ったことはないがな。


あるじのリサーチもばっちりで、朝に全裸で朝日を浴びて牛乳を一気に飲む儀式をしなくてはならないらしいことも。

その際必ず腰に手を当てなくてはならないらしい。


……子を授かる何かの儀式だろうか?


事に及ぶ時には自分から下着を外してはいけない。

れいり様はそれでお叱りを受けたらしい。……そんなことは房中術の書には書いてなかったと思うが記憶に留めておかなくてはならない。

影の館には男性を悩殺できる、妖しい衣装も沢山あるし、毎回衣装を変えれば主も飽きることなく私を抱いて下さるだろう。

そうなればいつしか私も側室の末席に収まることもできるし、異世界の君の子を身ごもれば我が影一族もついに他の貴族にバカにされることもなく表の仕事のみで生きていけるだろう。


……が、まだその命令は受けてない。


まったく、我があるじも奥手というか初心なのだ。

こんなに魅力的な私にまったく手を触れないというのは!

いや、それだけ私が大事にされているという証なのだろう。

主従を超えた愛、か……ふふふ、悪くない。


「無表情でどうした? 早く二の丸様のとこへお茶をお持ちしろ」

「はい兄上」

「ここでは取り纏め、と呼べ」


おっと妄想がはかどってしまった。仕方ない。

この仕事は待ち時間が多い。

妄想がはかどってしまうのは仕方のないことなのだ。


そんな私があるじは可愛いのだろう。

そうだ、いつかお役御免の日がくるまで、私の身体も命も主のものだ。


私には妹分がいる。

龍都の我が家の屋敷に併設されている、我が家で運営している孤児院より来た娘たちだ。

幼いころより一緒に修行して教え、教えられてきたかけがえのない、私の姉妹で名前も私の名をもじって私が付けた。

今は苦楽を共にした仲間たちと一緒に主人に仕えていることが誇らしい。

この生活を、主人との愛と仲間を守ることが私の、この龍乃影家、長女・龍乃影さきの使命であり、生き甲斐である、と自負している。




……なのに、このあるじときたら……。



「お・こ・と・わ・りだ!!」

「……加藤殿、無茶は言わないで欲しいでござる……」

「近衛隊に睨まれちゃうよ……う~~ん、ちょっと飲めない話だねぇ~」

「そんなこと言わずに頼むよ、俺たちの仲だろう? ……あ、1号ちゃん、お茶ありがとう、皆に配ってくれる?」


”1号ちゃん”も隠さなくなりやがったし!

いや、それよりもあるじが”オカッパ小隊”と呼ぶこの連中に専属警護を頼みやがった!!!


なんという鈍感!なんというにぶちん!!なんという無神経!!


私たちが陰ながらお支えしてることはとっくにお気づきだと思ったのに……

我々の今までの苦労が、努力が、まだ足りないといのか!!??

確かに、この前まではそこらの女中と変わらないような存在に見えていたろうが下条屋敷では我々の活躍は目に焼き付いたはずだ。

昨晩も私に愛のお言葉をおかけ下さったというのに。


「え~~本当に~なんて~?」

「ああ、あるじは私に『今晩も月がきれいだねぇ』とおっしゃった。これが愛の告白だ」

「にゃ~……それはただのあいさつにゃ……」

「いや、二人とも、高貴なるお方はそういう例えをする、というのを聞いたことがあるわ」

「ふふ、サナは学があるな。私は一応貴族だから、まぁ、そういう遠回しの告白もわかるのだ」

「でもさぁ~サキ姉と主様あるじさまってただの主従関係以外の何物にも見えないんだけどぉ~~?」

「サン姉の言うとおりだにゃ、あるじは他の女と繁殖するのに忙しいにゃ」

「サンもサヤもまだまだ子供だな、人前ではちゃんと主と侍女の関係に見えないと私たちの関係がバレてし

まうだろう?」

「そ、それでサキ姉、主様あるじさまと二人きりのときは……?」

「ああ、我があるじは奥手だからな、今は私の様子を伺っているみたいだ。きっと機会があれば私のことを抱いて、抱きまくるに違いない」

「サキ姉それさぁ~~」

「やめな、サン……やめときな……」

「……にゃ~……姉御……」

「ふふふ、三人にはまだちょっと早い大人の話だったな、どれ、そろそろお茶菓子をお持ちしよう」



応接間に行くとすでに話がまとまったみたいだ。

いつの間にか呼ばれたのか、兄上があるじのそばに控えている。


「約束は守ってもらうからな!」

「やれやれ、これで拙者もお城勤めでござるか……」

「まぁまぁ、二人とも、条件はいいんじゃない? 前向きにいこうよ」

「じゃあ細かい話はこの龍乃影君に聞いてね。彼が色々必要な書類を用意してくれるから。いいかい? 龍乃影君?」

「は、お任せください。お三方には今すぐにでもお部屋もご用意できるかと思います。近衛隊の方には……私から話を通しましょうか?」

「え? いいの?」

「はい、お任せください」

「ありがとう頼むよ、どうも苦手なんだよね、あの人たち。まぁ、カナエに頼めば一発なんだろうけど。彼女には、もうあまり近衛隊のアレコレには関わらせたくないし」


カナエとは例の龍之下条家の娘だがご視察の後、もう近衛も下条の家にも未練はない、とばかりにすぐに腰入れして、とっとと後宮に入ってる。

今は後宮からこのご殿に通ってる。

主な目的はあるじだが奥方様やレイリ様のご機嫌伺いのためだけにも良く来る。


「兄上、それで……」

「ああ、一応この方達にはご了承して頂いたので、これらの手続きをして、まぁお城に入ってしまえば後はなんとでもなる」


と書類整理をしてる兄と話してると、三バカと歓談してたあるじが突然振り向き、


「え!? 君らって兄妹なの!?」


と聞いてきた。え? 今更……。


「は、恥ずかしながら……愛想の無いヤツで申し訳ありません」と兄が答える。


何も恥ずかしがる必要はない。むしろ誇らしいはずだ。


「そう言えば苗字が同じだったねぇ。なんかごめんね、適当なあだ名で呼んじゃって」


あるじ……ここは少し意地悪しておこう。


「今まで通り”無表情1号ちゃん”とお呼びください」と、いい笑顔で返しておく。

「うわぁ……加藤氏、女の子にその呼び方って……」

「さすがの拙者もそれはない、と思うでござる」

「ドン引きだね」


ふふふあるじがあたふたしてる。

それにしても三バカ、話がわかるじゃないか。これからは私も心の中ではオカッパ小隊と呼んでやろう。


その後オカッパ小隊は”二の丸様お側衆”という役職がついてこの二の丸に住み着いた。

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