第26話 龍ノ下条家 弐

風呂からあがり、庭に出て涼みつつ、俺はすぐに護衛に俺のそばから離れないよう言うつもりでいたが、ヤバすぎることに気が付いた。

今日の俺の身の回りの護衛は近衛隊が行っている。

ここは近衛隊の親玉の居館だ。

つまり敵の本拠地に敵の身内を自分の身の回りに置いているようなもんだ。

これはかなり、やばい状態なんじゃないか?

あれ? あれれ? どうしてこうなった?

俺はちょっと物見遊山で帝国全土を見れるいい口実ができたと、俺頭いい! と思ってた<ご令嬢とるんるん貴族の領地巡り、観光案内もロハだしラッキー計画>がなんか、しょっぱなからコレって失敗じゃね! て気がしてきた……。

残りの日程はあと二日だ、近くの名物の湖見て、近衛の駐屯地に行って……どうする?

そうだ! 無表情侍女! 奴がいたな! あいつにずっと見張っててもらうか?

いや、あいつ無表情で常にやる気が感じられないしなぁ・・。


「お呼びですか?」

「ひっ! いたの?」


どこから現れたのか俺付きの無表情侍女がそこにいた。


「呼ばれた気がしたので参上しました」

「そ、そうか、とりあえずもう疲れたので寝床に入りたいんだが」

「では、ここのご主人にそう申されては?」

「なんかあの人たち、怖くてさ」

「では、私がなんとかしましょう」


侍女がいつも通りの無表情でパンパンと手を叩くと、いつの間にか侍女がもう一人いた。


「うわっ! いつの間に!?」

「私、ちょっとこの館の主に話してくる、主とここで待て」

「了解」


え? ちょっと話し方……お前ら本当にお城の侍女なの?


「大丈夫あるじ、私ら侍女」


無表情侍女2号が侍女らしくない話し方でサムズアップして俺に言う。不安しかねぇ。

とか思ってたらすぐに侍女1号が戻ってきた。


「二の丸様、こちらです」


無感情で俺に告げる。


「場所わかるのか?」

「伺ってきました。付いて来て下さい」


おお! 頼りになるぞ! 1号!

1号に付いていくと2号が俺の後から付いてきた。


「こちらだそうです」


と1号が襖を開けると、なぜかすっけすけのネグリジェ姿の女性が三人ほどいた。

物量できやがった。

さっきの女中、ハナもいやがる。


「お待ちしておりました。ご寝所にご案内します」


平伏して言う。どこの風俗だよ! と思ってたら無表情1号が微笑みながら答える。


「申し訳ございませんが私たちがいるのであなた方は必要ありません。お下がりください」


おお、表情が! あるじゃないか!


「ですが私たちも当家お館様にお客様のお相手をするよう……」

「我らが主はもうお疲れです。あなた方がお世話する必要はありません。重ねて申します、お下がりください」


おおお! 頼りになるぞ1号!


「ですが……」


なおも食い下がるここの女中たち、いやハニトラ要員たちに向かい、今度は2号がいきなり際どい下着姿で俺に絡みついた。


「え~、今晩は私たちが可愛がってもらう予定なんですけどぉ~~? あなた達が入り込む余地なんてないんですよぉ~? それとも私たちのお楽しみ、見学していきますぅ~?」


とかますとハニトラ要員たちは小さく「失礼します」と、すごすごと引き上げていった。


すぐに「早くお入り下さい」と2号が廊下を確認してから襖を閉める。


「はぁ~助かったよ、ありがとう二人とも」


と礼を言うと二人はいつもの無表情に戻っていた、


「いえ、これも仕事ですから」と1号。

「今晩は私たちが見張っていますからご安心してお休みください」


と、いつの間にか服を着てる2号。


「ありがとう、そうさせてもらうよ……」


と用意された布団に潜り込む。

いやぁ~なんか俺いつも城からでると情けないことになるな、反省だ。


◇◇◇


「おはようございます、二の丸様」


さて、昨晩はその後なにもなく、無事に無表情1号に起こされ、朝を迎えることができた。

その後、朝食時も向こうは普通の反応で、その日、一日市中と湖を視察するという名の観光をし、その日を終えた。

俺付きの無表情侍女は4人に増え、無表情侍従が二人追加されていて、一日中俺のそばを離れなかった。

侍従は風呂までついて来てくれて助かった。

しかし龍ノ下条家は何も反応を示さず、何も仕掛けてこないのが不気味だ。

そして、その次の日は近衛の総本山、東龍駐屯地に向かった。


近衛隊の本拠地はもちろん龍之宮市にある。

本営は龍之宮城の敷地内にあり、全ての決定はここで行われる。

市内中央区にも小規模ながら近衛の施設が存在するし、その他出張所が主要各都市に存在する。

主張所などは皇族が何らかの状況で現地入りする場合の現地調整などの任を行うために存在するのでこちらも小規模なものである。

しかしそのような機会は一年に一度あるかないかの閑職と言えるような職場でもある。

そして、その全ての近衛の兵はここ東竜駐屯地で養成・練兵・演習などをする。


「赤いなぁ~」


俺は駐屯地施設でスタジアム状に作られた、見渡しの良い貴賓室でかなえと演習の様子を見ていた。

近衛の兵たちは疾駆竜にまたがり、二組に分かれて演習をしてるが疾駆竜も近衛も皆城でも見たことのない鮮やかに赤く染められた鎧を装備してる。


「近衛の赤揃えよ。国母さまの炎の龍たるもの、赤に誇りを持ちこだわりなさい、という教えが近衛には根付いているわ」


クールビューティー・カナエが答える。

そう言えば制服も赤を基調としたものだな。近衛兵て白いイメージなんだけど。

そしてうすうすわかってたけど国母ってもしかして歴女なんじゃね?


「あ、あまり大きな竜はいないんだな」

「ええ、我々は警護が任務ですから、そんな大きな竜は必要ないわ」

「ふぅん、あの疾駆竜、嘴の形が草食のそれだな」

「よく観察してますね、この国に来たばかりで……ああ、そういえば龍之宮本営にもお行きになられたんでしたね」


なんでも良くご存じで、と、ふと下を見ると龍之下条のじいさんが兵達に怒鳴り散らかしてハッパをかけてる。元気だなあのじじぃ。


「先ほども言いましたが、我々の本分は護衛です。間違っても護衛対象にケガを負わせるわけにもいかないしパレード中に暴れられても困るわ。軍の型もよく訓練されているけど、やはり扱いやすい草食の方が護衛に使うのに向いてるわね」

「我が隊で扱う疾駆竜は第三種一型六式 風月であります!」


突然後ろに控えていた近衛の若い兵がしゃべりだした。なんだこいつ。


「控えてちょうだい」


クールビューティーが冷たい目で睨む。


「いいんだ、いいんだ、え~とあなたは……」


こいつの方が話やすそうだ。ちょっとオカッパたちと同じ匂いがする。


「はっ!自分は川ノ下条啓達少尉であります!」

「では少尉、近衛隊で使ってる竜を私にも詳しく教えてくれないか?」

「ハッ! 光栄であります! 近衛ではほぼ先ほどの三種疾駆竜と二種疾駆竜、三種長駆竜で構成されております!」

「二種っていうのは初めて聞いたな」

「ハッ! 竜の選別は一種が肉食、二種が雑食、三種が草食であります!」

「なるほど~そういう分け方をしてたのか……」

「ハッ! あと少数ではありますが二種火竜も使用しております! この駐屯地には訓練用の三頭しかいませんが……」

「一種の火竜とはどう違うの?」

「ハッ! やはりどの竜にも言えることですが一種竜の方が何事も強力であります! その分食費がかかるというか、燃費が悪いといいますか……」

「なるほど、一概にどちらがいい、ということでもないんだな。ありがとう」

「お下がりなさい」

「ハッ! 失礼します!」


少尉はカナエに言われ、持ち場のドアのそばに戻る。

ここでオカッパがいたら、きっと聞いてないことまで延々としゃべるだろうな、と思ったら少しおかしくなって思わず「ふふ」と声にでてしまった。


「なにかおかしくて?」


クールビューティーが聞いてくる。


「いや、何でもない、そう言えばあの辺の歩兵? は竜人じゃないのか?」

「目がいいのね、そうよ竜人もいます。まぁ仕事は近衛の下働きね」

「ふ~ん、近衛は貴族だけしかなれないのかと思ってたけど、貴族にも竜人ているのかい?」

「まさか、それこそ……近衛に竜人がいるのは貴族の……近衛の驕りよ」

「どういいうことだ?」

「近衛は貴族しかなれない、しかし貴族だけでは大きくなり過ぎたこの組織を維持できない。人不足を解消したいけど貴族以外は入れたくない。結果……」

「竜人か……」

「そうね、貴族様が嫌がる下働きを、彼らが受け持つってわけね。他の亜人じゃなく竜人なのは龍の眷属であり、まぁ少し身内意識もあり、そして気を使わなければならないこともない、気楽に使える人種、てとこかしらね」

「龍之宮の基地には色んな亜人がいたな、そう言えば……」

「そうね、あらゆる面で軍の方が自由だわ」


その後たっぷり演習だの練兵だのの訓練の様子を見て終わった。

駐屯地を出た後は東竜市の料亭に連れていかれ歓待を受け、帰って風呂に入り、その日は終わった。

俺は寝室に戻り、やっと一息をつく。


「やれやれ、これで明日何事もなく帰れそうだな」


と、つぶやくと無表情侍女1号ちゃんに


「お帰りになるまでご油断なく、帰宅するまでが遠足です」


と学校の先生みたいなことを言われた。

寝巻に着替え、すっかりリラックスした俺は


「え~もう何もないっしょ、後は寝るだけだよ」


と答えた時、無表情侍女2号ちゃんが襖の側に音もなく近寄り


「誰か来ました」と小さい声で告げた。まじか。


「とりあえず布団にお入り下さい」


と、1号ちゃんが小声で指図し、俺はその通りにする。

と襖の向こうで声がした。


「この館の龍之下条カナエ様がお会いしたいと」


廊下にいた無表情侍従1号君が無表情侍女2号ちゃんに伝える。


「我らが主はすでにご就寝です。お引き取り願うようお伝え下さい」


2号ちゃんが追い返す。いいぞ2号ちゃん!


「お願いします! 二の丸様!」


二号ちゃんの声が本人に聞こえたのか、カナエが大きな声でこちらに呼びかける。


「ご遠慮下さい、龍之下条様、我らが主はご就寝でございます」


1号君が応戦してる。負けるな!


「なにとぞ! なにとぞ!」


襖のスキマから様子を伺っていた2号ちゃんが俺のとこまできて報告する。


「なんかぁ~廊下で土下座してますけどぉ~どうします? 殺っちゃいます? 今、彼女一人なんで私らにご命令下されば1分で対処可能です」


おいおいなんか物騒なこと言い出したよ、この子。お前ら本当にただの侍女なの、侍従なの?

俺は布団から起き上がり二人に告げる。


「ふぅ~仕方ない。会おう」


そして2号ちゃんが


「主がお会いになるそうです」


と襖を開けると平伏した、昼間と同じ、えんじ色のパンツスーツ姿のカナエの姿があった。

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